優一郎がやけに軽い足取りで部屋を出て行ったのを確認してから、水輝は深々とため息を吐いた。さっきまで泣きそうだった桂はけろりとした顔で茶を啜っている。
「どういうつもりだ」
ぶっきらぼうに言って水輝は茶を啜った。
「博士って、水輝さまの事を本当に嬉しそうに話すから、妬いていたんです。話を合わせて素敵な人ですね、とか言ってたらいつの間にか憧れていることにされていたんです」
ほっとしたような顔をして桂が真っ直ぐに水輝を見る。
「って、読んだのでしたら解るでしょう?」
「まあな」
そう言ってから水輝は顔をしかめた。
「どうでもいいが、様付けは止せ。別に呼び捨てでいい」
気持ちの悪さにうんざりした顔をして水輝はそう言った。
「では、水輝。私の気持ちを博士に言わないでくれてありがとう」
「どーいたしまして。これに懲りたら二度と迂闊なことは口走らないようにするんだな」
どうせお前らにはおれなんて虫けらと同等だろうが。そう付け足して水輝は茶をさっさと飲み干した。桂の言った通り、ハイブリッドと呼ばれる種はその特性から色眼鏡で見られることが多い。それだけならまだしも、水輝に喧嘩を売ったあの若い連中のように実験動物に見ている者もある。
「卑屈すぎるわ。確かにそう思っていた時期があるのも認めます。今日も最初は好奇心が勝っていたわ。でも水輝、本当に私はあなたに感謝しているから」
「卑屈もなにも、事実だろうが。でも安心しろ。本当の意味でのハイブリッドはおれだけだからな。優一郎は違う」
水輝はそう言ってソファにごろんと横になった。てきとうな時間になったら出れば問題ないだろう。そう思いながら目を閉じて顔を腕で覆う。
「水輝、こんな茶番に付き合わせる事になって、ごめんなさい。何か埋め合わせできればいいんだけど」
「別にあんたにゃなにも期待してないから気にするな」
すげなく言って水輝は身体の力を抜いた。寝の体勢に入った水輝を桂が戸惑ったような目で見つめる。だが水輝は知らん顔をしていた。
「私達が水輝を虫けらのように見ていると言ったけど、水輝もそうじゃないかしら? 私達の事を塵屑か何かのように思っていない?」
「まさか。あんたたちが居なけりゃ、おれは食いぶちに困るんでね」
少しだけ笑って水輝は顔から腕を退け、桂を見やった。アカデミーの次席卒業ということだからきっと桂の出来はいいのだろう。
「私は、水輝から見ればとても愚かに見えるでしょうね。好きなら告白すればいいとか、思っているでしょう?」
「言うか言わないかはあんたが判断することだろ。せいぜい理子に殺されないようにするんだな」
ぶっきらぼうに言ってから水輝はまた目を閉じた。優一郎は多分、二人が交わっているくらいに思っているだろう。どのくらい経ってから部屋を出ようかな、と考えていた水輝の視界が急に暗くなる。水輝はため息を吐いて目を開け、傍に立った桂を見上げた。
「水輝。もし、良かったらだけど……」
そう言って桂がちらりと視線を動かす。
「勃たなくても、弄ることはできるわよね?」
「何だよ。マジで抱いて欲しいのか?」
眉を寄せて水輝は呆れた顔で言った。
「水輝は信用できそうだから。私が人じゃない、機械化人になった事は博士から聞いているかしら?」
「波動が違うから聞かなくても判る。それに」
そこまで言ってから水輝は顔をしかめて寝返りを打った。ソファの背もたれの方を向き、桂に背を向けてぶっきらぼうに言う。
「勃たねえってのは嘘だ、嘘」
「波動……オーラね。私にも水輝のオーラが見えるわ。綺麗なあお」
「ふーん」
小声で言って水輝は身じろぎをした。そんな水輝を桂がまじまじと覗き込む。
「水輝。私のオーラはどんなふうに見える?」
「意地っ張り。頑固。泣き虫。けっこうわがまま。時々、変な勘違いをする」
ずらずらと並べ立てて水輝は肩越しに桂を振り返った。不思議そうな顔をした桂を少しの間見つめてから、顔の向きを戻す。腕を頭の下に敷いて枕にしながら水輝は不機嫌な顔で付け足した。
「あんた、女にしか見えねえから抱くのは却下。うちの嫁はその辺り、すげえうるせえんだ」
「機械になっても女は辞められないから」
自嘲気味に言った桂をちらりと見てから水輝は深々とため息を吐いた。
「おれは餌を食うつもりだったからなー……。さすがに計算外だったな、これは」
まるであの時と同じような気がした。かつて由梨佳という名のヒューマノイドに出会った時のことを思い出して水輝はそっとため息を吐いた。
「餌になるの? 食べるところなんか無いと思うけど。水輝、あの……」
そこで言葉を途切れさせて桂がほんのりと頬を染め、少し悲しげに言う。
「私、あの部分も機械なの……。だから……」
「そういう意味じゃなくてな。処女を食うっていうだろ? あれ、比喩じゃなくておれにとっては本当の意味で餌になるんだよ」
そう説明してから、水輝はかけ声をかけて勢いよく身体を起こした。どうも傍に桂の気配があると寝にくくて仕方ない。
「あんた、ハイブリッドの生態研究してるんだっけ? 今なら質問あれば答えてやるぞ」
水輝はさりげなくソファの左側に寄り、あぐらをかいた。目で勧めると桂がためらうような顔をしつつも水輝の横に静かに腰掛ける。
佑が前に言っていたマテリアルというのが桂です。