※この作品はR-18です。

再生の日   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


ぱぱとまま?

 その頃実鈴はくしゃみをしていた。

 

「いーっくしっ!」

「やだ、課長、風邪ですか?」

 

 近くの席に座っていた伊知花が眉を寄せて言う。むー、と呟いて実鈴は鼻を啜った。

 

「そんなことはー、ないとー……いーっくしっ!」

 

 立て続けに数回くしゃみをしてから、実鈴は服のポケットからハンカチを取り出して顔を拭いた。

 

 それにしても昨日のあれは凄かった……。遠い目をして実鈴は昨日の夕方に見た動画のことを思い出した。何の気なしにチェックしたサイトに新しいリアルタイム動画が上がっていたのだ。

 

「ふー。昨日は凄かったですー」

「そうですよね、仕事になりませんでしたもんね。通常勤務時間終了直前で良かったですよ」

 

 くすくすと笑いながら伊知花が頷く。そんな伊知花ににこりと笑って頷いてから、実鈴はがばっと机に伏せた。

 

 違うんだってば! 我満するのが大変だったんですー!

 

 端末の陰に隠れて実鈴は声に出さずに文句を言った。職場で見たのがまずかった。感嘆のため息をしきりに漏らす女性たちに混ざって、勃起したものを精神力のみで必死で宥めるあの辛さ!

 

「想像を絶するとはー、まさにこのことですー」

 

 したり顔で頷きながら実鈴は身を起こした。そうですよね、と周囲の女性たちが頷いてみせる。

 

 しかもその上、配信される動画はどんどん性感濃度が上がっている。獣のようなセックスというのはまさにああいうのを言うのかも知れない。

 

 しかし何で彼女たちは平然と見られるのだろうか。そんなことを思いながら実鈴はさりげなく周囲の女性たちを観察した。彼女たちはしきりに昨日の動画の話をしては楽しそうにしている。頬を染めて熱いため息を吐く者もあれば、こぶしを握ってボーイズラブが何たるかを力説する者もある。だが彼女たちは一様に、昨日の動画を見て性的にそそられて自慰に耽るということはないらしいのだ。

 

 実鈴はじりじりとした言いようのない焦れったさを覚え、そっと股間を見下ろした。下着の中でペニスがむくりと頭をもたげているのが判る。

 

 やがて午前の業務が終わり、昼休憩になる。実鈴はいつものように同じ課の女性たちと一緒に食堂に向かった。テーブルに着いて食事をしていたところにふらりと水輝が現れる。

 

「ほえ?」

 

 実鈴は水輝の隣に見慣れない子供を見つけて目を丸くした。

 

「何だよ。その顔は……って、座っていいか?」

 

 二人分の食事を乗せたトレイを手にし、水輝が訊ねる。実鈴と同じように呆気にとられていた女性たちが慌てて水輝に席を勧める。水輝は先に子供を座らせてから、自分は実鈴の隣の席に着いた。

 

「み、水輝さん。そのお子さんは?」

 

 期待に満ちた顔をして女性たちがテーブルに身を乗り出す。嫌な予感を覚えて実鈴は耳を手で塞いだ。

 

「あ、おれの子供。こいつとの」

 

 そう言って水輝が軽々しく実鈴を指差す。その瞬間、実鈴の予想通り、女性たちが一斉に悲鳴を上げた。

 

「しっ、信じられない! 白草課長! 私たちとの絆の誓いは嘘だったんですか!」

「あああ、悪夢よ、幻よ、あり得ない、あり得ないわあ!」

「いつかやるに違いないと思ったら! 白草課長の裏切り者!」

 

 ひとしきり女性が騒ぐのを待ってから、実鈴は耳から手を離した。

 

「そのテンションはどこから来るんだよ」

 

 呆れた顔をして水輝が言う。実鈴はうろんな目をして女性たちに文句を言おうとして、ふと口を噤んだ。女性たちの剣幕に驚いたのか、子供が目を丸くしている。水輝はそんな子供の口に少しずつスプーンにすくった食事を近づけて食べさせているのだ。

 

「……意外ですー。水輝さんってー、子供とか好きなんですかー?」

「は? いや、別に好きとかじゃないが」

 

 誰かが食わさなきゃまずいだろ。淡々と答えながら水輝が子供に食事をさせ続ける。その間は自分の食事は放置だ。あたたかな湯気を立てている水輝の皿の中身はどんどん冷えているに違いない。

 

「あのー、温くなっちゃいますよー? スープとかー」

 

 実鈴は何となく気に入らないものを感じて水輝にそのことを指摘した。すると水輝が自分の前の皿を見てから苦笑する。

 

「別に食えない訳じゃねえし。って、何だよ、やけに絡むな」

 

 困ったような顔をして水輝が実鈴を見る。実鈴は膨れ面をしてそっぽを向いた。どうもこの子供が自分の血を分けたものだというのが信じられない。愛着どころか特に興味もわかず、実鈴は憮然とした顔をして食事を続けた。

 

 ふと、見知った顔が寄ってくる。実鈴はそれを見て更に機嫌を悪くした。テーブルに寄ってきたのは優一郎だ。

 

「水輝さん、青藍、こんにちは」

 

 にっこりと笑った優一郎が当たり前の顔をして子供の横の席に着く。すると子供はぱっと顔を輝かせて優一郎に向かって手を伸ばした。

 

「まーま!」

 

 そう子供が優一郎に言った瞬間、ぎこちなかった女性たちの雰囲気がぱっと変化した。

 

「そうですよね! うん、そうじゃないと! ええと、せいらんちゃんって言うんですか!? 可愛いですねっ!」

「ほらほら、お姉ちゃんのデザート、食べるー?」

「やだ、吉良博士ったら! そういうことは早く言ってくれないと!」

 

 一転して明るく盛り上がる女性たちをうろんな眼差しで見つめ、実鈴は唇を尖らせた。

 

「実鈴さん、どうなさったんですか?」

 

 子供の相手をしていた優一郎がひょっこりとテーブルに顔を覗かせて言う。実鈴は膨れ面をしてそっぽを向いた。

 

「べつにっ! あー、もう、なんだか気分悪いですー!」

 

 そう言って実鈴は食事の途中で席を立った。水輝が困ったような顔をして実鈴の手をつかむ。

 

「なんだよ。なに怒ってんだ? まだ食べてる途中だろ?」

 

 気遣うような水輝の顔を見つめ、実鈴は唇を噛んで黙って席に戻った。その直後、実鈴はぞくりとしたものを感じて慌てて周囲を見回した。だが女性たちは相変わらず楽しそうに子供の相手をしているし、水輝はそんな子供の口に食事を運んでいる。まさか、と呟いて実鈴は何となく優一郎を見た。

 

「お加減大丈夫ですか? 顔色が優れませんけど」

 

 心配そうな顔をして優一郎が言う。実鈴はだらだらと冷や汗をかきながら慌てて頷いた。

 

「えーっと、大丈夫ですー。あはは、やだなー、吉良博士ったらー」

 

 きっとさっき飛んできた殺気は優一郎が発したものに違いない。そう確信しつつ、実鈴は食事を再開した。

 

「あ、そうだ。実鈴」

 

 ふと、水輝がそんなことを言って周囲を見回してから実鈴の耳許に口を寄せる。実鈴はひー! と心の中で叫んだ。ぞくぞくするような気配が猛烈に襲ってくる。

 

「おまえ、おれから抜いた卵子、どうした?」

 

 目に見えない殺気に耐えながら震えていた実鈴はそれを聞いて首を傾げた。実鈴に耳打ちした水輝は渋い顔をしている。

 

「あれー? 私、吉良博士に渡したとー、思うんですけどー」

 

 実鈴も水輝に合わせてぼそぼそと小声で答えた。すると水輝が眉を寄せて身を起こす。まあ、後で聞くか。そんなことを呟いて水輝が頷く。

 

「あ? どうした? 優一郎」

 

 水輝が訝りの声をあげる。実鈴は不思議に思って優一郎の方を見た。何故か優一郎が真っ青になっている。もしかしたらさっきの会話が聞こえたのかも知れない。それで青くなるということは。

 

「あれー? 吉良博士ー。もしかしてー、あのー、だ・い・じ・なのー、なくしたんですかー?」

 

 にやにやと笑いながら実鈴はそう言った。

 

「すみません。いろいろありましたから」

 

 青白い顔をして優一郎が詫びる。何故か水輝は軽い調子でいいっていいって、と優一郎の肩を叩いた。実鈴は面白くない気分でそっぽを向いた。

 

「せっかく採集したのにー。もういっかいー、とりますかー?」

 

 もし再採集となると、水輝の股間を生で拝めることになる。実鈴は一度だけ見た水輝の裸体を思い出してにへら、と笑った。

 

「簡単に考えない方がいいかと」

「それにおれは嫌だぞ、もう。いいじゃねえか、別に。とりあえず青藍がいるんだし。なー?」

 

 生真面目に言った優一郎の後に続けて水輝が言い、子供に同意を求める。きょとんとした顔をした子供が不思議そうに首を傾げる。

 

「えー……。それだとつまらないですー」

「白草課長から不穏なオーラが漂っている……」

「駄目ですよ、課長。境界の向こうに行ったら縁切りますからねっ」

「そうですよ!」

 

 実鈴が不服を零すと女性たちがそれぞれ言う。むう、と呟いて実鈴は唇を尖らせた。




実鈴は色々なことがバレたので半ばやけくそなのかもと思います。
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