ですが、裸で木登り中なので……どうなんでしょう。
機械です。
桂は言われるままに木によじ登り、枝を踏み切って隣の木に渡った。どうやらこの木の下には踏んではいけない場所があるらしい。佑の説明に従って桂は枝から枝に飛び移っていた。
とう! という声が肩先で響く。桂は隣の木の枝に飛び移りながら肩に乗っかった佑を見た。さっきから桂が飛ぶたびに佑がそうかけ声を掛けているのだ。
確かに、佑のかけ声に従えば飛びやすいんだけど……。
そう思いつつ、桂は佑の声に合わせてまた枝を踏み切った。ちなみに荷車は裸の桂の背に木のつるで括り付けられている。そのため、桂が飛ぶたびに背中ではがたがたと耳障りな音がする。
「この木、丈夫ですね」
太い枝を選んで飛んではいるのだが、それにしても踏み切りや着地の衝撃にしなるだけで、枝が折れたりはしない。感心して言ってから、桂はまた佑の声に合わせて踏み切った。
「どう、すごいでしょう?」
桂の肩にちょこんと座った佑が、自慢げに言って胸を張る。枝に着地をした桂は何となくそんな佑を見た。佑曰く、あともう少しで目的の沼だか泉だかに着くらしい。
「もう少しだから、気を抜かないで」
真剣な顔で言って、佑が周囲を慌ただしく見回す。桂もそれにつられて周囲を見回した。
不意に足許で嫌な音がする。唐突に傾いた身体を支えようと、桂は慌てて手を振り回した。だが思うより早く、桂の身体は自動的に動き、手足を揃えて前方に突き出した。枝から落ちた桂の手と足が木の幹に突き刺さる。その直後、桂の身体は反動でぶらんぶらんと上下に揺れた。
「ふう。言ってる傍から、危なかったわね」
佑が桂の肩に腰掛けて何故か浮き浮きとした表情で言う。桂は半泣きの顔で佑を横目に見た。楽しまれている。間違いなく、佑はこの状況を楽しんでいる。地面から十メートルはある場所でぶらぶらしながら桂は情けなさに顔を歪めた。
「このまま、足と手を交互に突き刺し直して上に上りましょう」
桂ははっと我に返って慌てて頷いた。そうだ。今は格好を気にしている場合ではないのだ。それに、そもそも裸でアクロバットじみた動きをしている時点で相当妙なのだ。桂はそのことをしっかりと自覚していた。
桂はまず幹に刺さっていた手を引っこ抜き、腕を左右に広げて肘を曲げた形で手の先を木の幹に突き立てた。続いて足を抜いて左右に開き、膝を曲げて伸ばしたつま先を幹に突き刺す。その動きを繰り返して桂は木を昇っていった。
「何か、アヤシイ昆虫みたいな動きね」
桂の肩に座った佑が笑いながら言う。遠慮なく爆笑されて桂は恥ずかしさに悲鳴を上げた。いやあああ! と悲鳴を上げる桂の動きが徐々に速くなる。が、桂は自分の意志で動いている訳ではない。操られるままに桂の身体はかさこそと木を伝い昇った。
枝を手でつかんで身体を引き上げる。桂は手を額に翳して暗い森の中を見た。暗視スコープの仕込まれた桂の目には森の様子がはっきりと見て取れた。
「そろそろ湖が見えてくるはずなんだけど……」
肩の上で佑が言う。桂は前方に湖を確認して頷いた。木の枝の重なった向こう側に確かにそれが見える。
「ありました」
桂が返答した直後、桂の身体は勝手に枝を踏み切った。華麗なポーズをきめて隣の木の枝に飛び移る。続けざまに桂の足は枝を蹴り、次々に木を渡っていった。
やがて目の前に湖が広がる。
「あそこよ……」
真面目な顔をして佑が指差す。示されたところには小さな妖精がたくさんたかっていた。桂は言われるままに木を伝い降り、静かに妖精たちのいるところに歩いていった。
湖面は驚くほど静かでまるで鏡のようだった。そんな湖の岸に小舟がある。桂は暗視スコープを切って、目のカメラを通常モードに切り替えた。空には小さな瞬きが無数にあり、天には月という名前らしい白く丸いものが掛かっている。そんな空の下で見る小舟は虹色をしていた。その周囲をひらひらと妖精が舞っている。
小舟の中には純白のウェディングドレスを着た佑の身体が横たわっていた。眠るように目を閉じた佑の乗る船に桂は慌てて駆け寄った。
「佑!」
『生命反応、力素反応ゼロ。ただのしかばねのようです』
悲愴な桂の呼びかけの直後、抑揚のない一号の声が淡々と言う。桂は頬を引きつらせて自分の股間を見下ろした。だがすぐにそんな場合じゃないと慌てて首を振る。
「これは、ただの抜け殻よ。わたしを構成していた力は、今はばらばらになって散っているわ」
桂の肩に座った佑がそう説明する。周囲を舞う妖精たちが鈴の音をしきりに鳴らす。妖精の声で紡がれる言葉は桂には理解出来なかったが、その鈴の音はとても悲しそうに聞こえた。
「明日の正午、この上を太陽が通過するとき、力が全てここに戻ってくるわ。そして、虚無へとつながるといわれる湖のそこへ沈んでいくの」
じっと小舟の中に横たわる身体を見つめて佑が静かな口調で言う。
「沈めたりはしません! 佑! 私が! 私が救います!」
桂はぐっとこぶしを握って力強く言った。
佑に言われて桂は頑張ってます。
裸ですけど! 昆虫のような動きですけど!w