青藍を託児所に預け、水輝はいつものコースを通って『塔』に向かった。入り口のゲートを越えたところでいきなり監視役の男にひやかされる。適当にあしらって水輝は作戦部のある総管理局の棟に向かった。ゲートを越えて作戦部に顔を出した水輝はまばらにいた作戦部員たちに挨拶をした。
「おはよーっす」
「あれ? めっずらしい。呼び出しないのに来てるし」
傍にいた部員の一人が話しかけてくる。滅多に座っていないと評判の自分の席に着いてから、水輝はけっ、と喉の奥で笑った。
「そういえば佑さんは? まめに来てたのに」
また別の部員に問われて水輝は笑って答えようとした。その瞬間、凍り付く。だがすぐに水輝は質問した部員に今は休んでるからと適当に答えた。
佑のことがよく思い出せない。水輝は端末を立ち上げながら眉をひそめた。確かについこの間までは佑と一緒にいたはずなのだ。なのに脳裏に浮かんだ佑の姿はやけにおぼろげではっきりしない。
変だな、と呟いて水輝は頭をかいた。もしかして優一郎に夢中になる余りに、その他の者のことが判らなくなっているのだろうか。そう考えてから水輝はおれならありそうだ、と心の中で呟いて苦笑した。何しろこれまで随分と色んな者を泣かせてきた。
「あれ……?」
水輝は端末画面を見つめて眉を寄せた。画面にはごく普通に依頼人募集の作戦内容が表示されている。水輝が訝ったのは画面に映された内容ではなく、自分の考えにだった。
思い出せない。かつて三群と呼ばれる世界で関わってきた者たちのことを思い出そうとしても、どうしても思い出せないのだ。一昨日は確かに一人一人思い出せたはずだ。
「おいおい……」
まさか健忘症か? そんなことを呟いて水輝は難しい顔をして口許を手で覆った。水輝は深く息を吐いてから胸のポケットから煙草を取り出した。咥えて火を点けてから深く息を吸う。
落ち着いて考えると少しずつ思い出せるようになってくる。だが名前などは判るのにその姿などがどうしても思い出せない。なのにあそこであった出来事だけはきっちり覚えているのだ。
「おーい、池田! 手が空いてるのか?」
ずかずかと部屋を横切りながら一人の男が声を張る。はっと我に返って水輝は男を見た。作戦部の部長がしかめ面をしながら水輝のところに近付いてくる。
「はよっす。手は空いてるけど、時間のかかる仕事はなしだぞ?」
「まったく、騒ぎも人一倍起こすし、相変わらず口の減らない奴だ」
ぶつぶつと文句を言いながら部長が一枚の紙を水輝に差し出す。水輝は眉を寄せてそれを受け取った。
「調査あ? 何だよ、これ」
「ついさっき入った仕事だ。お前がここにいるとろくなことにならん。ぱっと行って調査してこい」
「ひでえ。追い出すためかよ」
呆れた顔をして水輝は依頼内容をざっと確かめた。どうやら珍しくドームの外の調査らしい。道理で紙面に極秘のマークがついているわけだ。あのドームの外に出たら死ぬ、というのがこの世界のごく一般的な者の認識だ。
「依頼料、少ねえだろ、これ」
「一日で済む仕事だぞ。文句を言うな」
「まあいっか。ゲートの通行許可書、寄越せ」
ぞんざいに言って水輝はひらひらと手を振った。凄まじく嫌そうな顔をした部長が自分の席に行って机の引き出しから紙を取り出して戻ってくる。水輝は渡された通行許可書を胸のポケットに依頼書と一緒にしてしまいこんだ。
「カメラ持った、通信機持った、端末持った、後は……」
一つずつ確認しながら水輝は必要な道具をポケットにねじ込んだ。簡単な調査ということらしく、必要人員は一人とされている。これなら誰にも気を遣うことなく仕事を終えることが出来るだろう。
「んじゃ、いってきまーす」
「くれぐれも! いいか、騒ぎを起こすな! 判ってるだろうな!」
「判ってるって。あんまりうるせえとここから跳ぶぞ」
しかめ面で部長に言い返してから水輝は作戦部の部屋を出た。地下に降りてゲートフロアについたところで水輝は訝りに眉を寄せた。ゲートキーパーたちが水輝を見た瞬間、もの凄く嫌そうな顔をする。どうやら先日の騒ぎのことを思い出したらしい。
「あー、今日は仕事だ仕事。ほら」
そう言って水輝は通行許可書を傍のゲートキーパーにみせた。案内に従って水輝はドーム外に続く扉に向かった。佑が作り出した二重扉をくぐって水輝はドームの外に出て大きく伸びをした。
「あー、やっぱり気持ちいいなあ」
青い空が見える。水輝はよし、と呟いてふわりと宙に浮いた。まずは森の上空写真を撮らなければならない。水輝は依頼書を見てから頷き、森に向かって飛んだ。
作戦部の部長かわいそうww
大人しくさせようと思えば思うほど、水輝が厄介になるというw