「それは、普通に公開情報として閲覧できますね?」
「まあ、公然の秘密、というやつですね。ハイブリッドの祖が出来たのがあそこだというのは、割と知られている話ですから」
蘭が渋い顔をしているのはそういう理由かららしい。優一郎は紙面に目を戻してなるほど、と呟いた。
「そういえば、先日納入した機材の調子はどうですか?」
優一郎が訊ねた瞬間、蘭の顔がぴしりと凍り付く。
「問題ないと思いますがなにか?」
少しの間を置いて蘭が抑揚のない声で言う。優一郎は封筒に紙を戻しながら穏やかな口調で訊ねた。
「そういえば、愛華さんがなぜ機械化されることを決意したか、きっかけはご存知ですか?」
「いいえ。個人的な事情はなにも」
感情の読めない表情のない顔で蘭が言う。優一郎は封筒を脇に退けてゆったりと足を組んだ。
「少し前までハイブリッド性玩具化論者が活発化し、主張を大々的に行っていたのは覚えていますよね?」
例の事件である程度頭のまわる者はいなくなり自然解消してしまいましたが。優一郎が続けると蘭がぴくりと眉を上げる。
「……ええ。彼が動いていた件ですね」
そう言って蘭が少しだけ表情を緩める。
「愛華さんは調査員として自分よりも全てにおいて勝っているある親友の事をとても気に掛けていたようです。そこで、身体を張って主張したいと考えたのですよ」
優一郎はにっこりと笑って告げた。その瞬間、蘭の顔が凍り付く。蘭は優一郎を凝視してしばし黙り込んだ後、まさか、と呟いた。
「愛華さんは仰っていました。性玩具が必要なら、その適性を持つものがなるべきだと」
「そんなことは……いや、でも」
口許を手で覆って蘭が苦しそうに顔を歪める。優一郎は蘭の表情の変化をじっと見つめていた。いつもは完全に内側に塞いでいるのだろうが、動揺しているからか蘭の感情がほんの微かに読める。
焦りや驚きに混ざって、言いようのない切ない感情が見える。優一郎はのんびりと足を組み替えて蘭を見つめた。
「そこで、この前納入した機材の話に戻るのですが、動作状態が思わしくないのですよ。精神的にかなり参っているみたいで」
優一郎は少し疲れたような顔をして大きなため息を吐いた。ぎくりと肩を竦めた蘭が怖々と優一郎を見る。
「そ、そんな話は、聞いてないが」
「里中さん。性玩具を嫌悪するのも結構ですが、あれが、性玩具である以前に愛華さんであることを、忘れないであげてください」
しっかりと蘭を見据えて優一郎はにっこりと微笑みかけた。すると蘭が愕然とした顔になる。その場に凍り付いたように身動きせず、蘭が息を詰める。やがて蘭は諦めたようなため息を吐いてのろのろと立ち上がった。
「それでは、失礼します。追加調査依頼がもしありましたら、ご連絡ください」
「ありがとうございます。韮山さんにもよろしくお伝えください」
優一郎が言うと、蘭はぺこりと頭を下げて応接室を出て行った。その後ろ姿を見送ってから優一郎は研究室に戻った。どうやら澄は実験台で研究員に弄り回されているらしい。その様をちらりと見てから優一郎は自分の席についた。封筒の中身を改めてみる。
「まずは多村さんのお兄さんのほうに接触してみるかな。さてと」
小声で呟いて優一郎は端末の電源を入れた。端末が立ち上がると同時に電信が届いたことを報せるアイコンが点滅する。優一郎は何気なく届いた電信を開いた。
先日、企画が通ったあの性格テストのデータがずらりと表示される。優一郎は静かな面持ちでデータを丁寧に読んだ。優一郎は最後まで目を通して思わず哄笑した。研究室内にいた者たちが優一郎の笑い声を聞いたのか、びくりと身を竦めて驚いたような顔をする。
まさか、こんな結果が出るとは。優一郎は額を押さえて笑いながら画面を見つめた。
両性具有体化も視野に入れれば、男性の五パーセント、女性の全てがMタイプ化可能。表示されたデータはそのことをはっきりと示していた。優一郎はデータの中の祥子のテスト結果を眺めながら、かつて作ったヒューマノイドのことを思い出した。
「あ、あの……吉良博士? お身体の具合でも……?」
不安そうな顔をして祥子が話しかけてくる。
「いえ。そうだ、脳改造を外部に頼まなくても可能するための設備はいつ頃揃うのかな?」
「あ、はい。一週間後には遅くても揃います」
祥子が頷きながら答える。
「もっと早くできないかな。いろいろと物事がスムーズに進みそうになる気配があるんだ」
そう言って優一郎はにっこりと笑った。すると祥子がお待ち下さい、と言ってから端末を操作し、真剣な顔で画面を見てから優一郎に目を戻す。
「……どんな手を使っても構いませんか?」
祥子がじっと優一郎を見つめて小さな声で言う。優一郎は机に肘杖をついて祥子を見つめた。優一郎は軽く頷いてから、机の引き出しを開けて一枚の仕様書を取り出した。
「こんな仕様のMタイプを考えているんだ」
祥子が不思議そうな顔をして紙を受け取り、じっと見つめて目を見張る。祥子に渡した紙にはメンテナンス工具や他の機械化人を制御するための機能を盛り込んだ、中間管理タイプの機械化人の仕様が書かれている。
「あ……」
ほんのりと頬を染めて祥子が優一郎を見つめる。それから祥子は唇を引き結んで頷いた。
「最速で二日。これ以上は短縮出来ません」
「わかった。その後に、これを僕自身が製作する。あとは、まずここの部員全員をMタイプにする。休日返上で、来週までにはできるね?」
「お任せ下さい。必ず期日には間に合わせます」
きっぱりと言ってから祥子は仕様書をそっと優一郎に戻した。それから祥子がこっそりと優一郎に耳打ちをする。
「ありがとうございます。楽しみです」
そう言って祥子がにっこりと笑う。
「それじゃあ、僕は昼食に出るから」
優一郎はそう言って席を立った。判りました、と祥子が頷くのを見てから優一郎は研究室を出た。
エロシーンはないのですけども……。
機械的にはそれぽい表現があります。