「ここで話していたら皆様のご迷惑になりますね」
どうやら佑も視線に気付いたらしい。神妙な顔をしてそんなことを言う。
「優一郎、水輝さんの所へ連れていってもらえるかしら?」
「それは、ダメだ。とりあえず、こっちに」
当たり前の顔で言った佑に首を振り、優一郎は奥の部屋に続くドアを開けて佑を促した。研究員たちににっこりと愛想をついてから佑が優一郎に続いてドアをくぐる。廊下を行った先にはドアが二つある。優一郎は水輝のいる方とは反対側の部屋のドアを開けて佑を促した。佑が部屋に入ったところで優一郎はドアを閉めて深々とため息を吐いた。隣の客室とほぼ同じ構造の部屋を佑が物珍しそうにぐるりと見回す。
「応接室なんだ。お偉い上の人たちも来たりするの? セキュリティは万全すぎるくらいね」
感心したように佑が言う。優一郎は頷きながら佑を振り返った。完全防音に加え、この部屋には盗聴などを防止するシステムが組み込まれている。水輝たちのいる隣の部屋も作りはこことほぼ同じだ。だが佑はまさかそんな話をするためにここに来たのではないだろう。とりあえずは研究室の資料などが無事だったことにほっと胸をなで下ろし、優一郎は改めて佑に向き直った。
「そんなに怖がらなくても。わたしはわたし、以前と何も変わってないわ」
それとも優一郎はわたしよりも噂を信じるの? 佑が挑戦的な目をしてそう続ける。それを聞いた優一郎はかつて暮らしていた『下』の世界のことを思い出した。あの頃、優一郎はとある学校の地下に研究用の施設を持っていた。佑はある時、その施設をつるはしでたたき壊してくれたことがあるのだ。だが優一郎はお互いの幸せのために、思い出したことは言わずにおくことにした。
「それで、本気で乗り込むつもりなのかい? 確かに君は水輝さんの妻なんだから、その権利はあるとは思うけど」
佑を水輝のところに案内したらどうなるのだろうか。考えを巡らせながら優一郎は慎重に佑の様子を伺った。それまで面白そうに部屋の中を眺めていた佑が腰に手を当てて胸を張る。
「研究のためにするっていうのが本当ならね」
笑い混じりの佑のせりふに優一郎はぎくりと肩を竦めた。いや、だが佑に嘘をついたつもりはない。優一郎は素早く頭の中で考えを巡らせてから力強く頷いた。
「確かに桂さんはそう言っていた。水輝さんは違うと判断したみたいだけど」
「ふーん。その子、ケイって言うんだ」
なにかに納得したように佑がしきりに頷く。もしかして名前を言わない方が良かったのだろうか。佑の納得振りが理解出来ず、優一郎は考え込んだ。理解出来ないといえばあの時の水輝の反応も妙だったのだ。優一郎は眉間に皺を寄せた。
「また、ヒューマノイド製作に励んでいるのかと思ったらそういうわけでもないみたいね。そのケイって娘。なんでヒューマノイドになったの? あなたからアプローチしたわけじゃあないんでしょう?」
勧める前に自分からソファに腰掛けて佑が言う。考え事に耽っていた優一郎ははっと我に返って慌てて頷いた。そう。桂は優一郎がプロジェクト案を練り上げた頃にこの『塔』にやってきた。アカデミーの次席卒業ということで一足飛びに局長補佐の座に就く予定だったらしい。が、桂は自分からそれを蹴り、優一郎のいるこの研究室にやってきた。当時のことをつらつらと思い出しながら優一郎は頷いた。
「ヒューマノイド研究については僕が為すべきところはもう無いと思っていたから。今回上に出したプレゼン資料に含めたのは理子だし、扱いもそれほど大きくないし、上や桂さんが積極的な事が逆に不思議なくらいだ」
桂は自分から機械仕掛けの身体に改造したいと言ってきた。上層部の面々は満場一致で優一郎の発案したプロジェクトを全面的に援助すると言った。その二者がどうしてここまで積極的なのか、優一郎には未だに判らないのだ。
天人世界と呼ばれるこの世界の出生率は低下しつつあるのだという。成人した男女が交わりにより子を為す、というところは優一郎の暮らしていた『下』の世界と同じだ。だが天人世界の住人たちは子孫を残そうとしても残せない体質のものが多い。それに加えて彼らは一様に性行為に関して異様な執着がある。恐らく子を為せないジレンマが種族そのものに染みついているのではないだろうか。
「彼女はディザブラだったらしいしね。多産系の名門の出なのに」
この世界では多産は繁栄を意味し、その家柄は名門とされる。生粋の血筋を残せる可能性が大きいことがその理由だ。そして桂は天人世界の住人の多くが悩み苦しんでいる体質だった。避妊治療も出来ず、遺伝子レベルで子孫を残せない体質の者をディザブラと呼ぶのだ。
それまで黙って話を聞いていた佑がなるほど、と頷く。理子の奴、自分に都合の悪いことは言わないんだから。と佑が呟くのを聞き取って優一郎は首を傾げた。
不意にドアが開く。優一郎はその音に慌てて振り返った。水輝が仏頂面をして片手を上げる。すると佑がぱっと顔を輝かせて立ち上がり、水輝に駆け寄った。
「お前は明日から仕事だろうが。何で大人しく休んでないんだよ」
呆れた顔で言って水輝が佑の額を指で軽く叩く。
「わたしもここを見学したかったのよ。それで、さっきの通信の件だけど。えらく早かったわね。もう終わったの?」
「口と指で愛撫したら失神した」
憮然とした顔をして水輝が低い声で言う。それを聞いた優一郎は何度か瞬きをした。無意識のうちに顔に血が上る。
「とりあえず確認はさせてもらうわ」
そう言って佑が水輝に抱きついて唇を寄せる。水輝は自然な動きで佑の腰を抱き、深く唇を合わせた。目を閉じて唇を触れ合わせた二人は口の中で舌を絡め合っているのだろう。時折、佑が身を震わせて小さな声を漏らす。
「ってキスして背中さすっただけじゃない……」
水輝がそっと顔を上げて唇を離したところで佑が小声で言う。何故か佑が少しがっかりしたように見え、優一郎は訝りを覚えて首を傾げた。なに期待してたんだよ、と苦笑した水輝がもう一度、佑の唇を塞ぐ。深く口づけながら水輝が佑の背中を片手でなぞる。優一郎はそんな二人をぼんやりと眺めていた。
「あの……。気絶って?」
優一郎はためらいがちにそう訊ねた。すると水輝が顔を上げて肩を竦めてみせる。
「気絶っていうか、システムダウンしたんじゃないか? キスして撫でたらあっという間に上り詰めたみたいだが」
のんびりと喋りながら水輝がさりげなく佑の尻を撫でる。佑が拗ねたように唇を尖らせたところで、水輝がまた佑の唇を塞ぐ。何度か軽い口づけをしてから、水輝が唇を少し離して口を開き、舌先で佑の唇を撫でる。すると佑は微かな吐息を漏らして水輝と同じように口を開いて舌を伸ばした。互いの唇の間で舌が艶めかしく絡み合うのを見つめ、優一郎は無意識に息を詰めた。
「機械苦手なの、直ったんじゃなかったの?」
「ばーか。壊したわけじゃねえよ」
笑い混じりに言った佑に水輝が少し不機嫌そうな顔で答える。水輝は佑の頭を片手に支え、佑の耳許に唇を落とした。佑がうっとりとした面持ちをして、時折くすくすと笑う。たぶん、水輝が佑になにか囁いているのだろう。片手に佑の頭を支えながら、もう片方の水輝の手が佑の尻を撫で回す。絡み合う二人を見つめる優一郎の頬は無意識に赤くなっていた。
「ちょっと、いつまで見てるつもり?」
佑が笑いながら首を傾げてみせる。それを聞いた優一郎ははっと我に返った。慌てて二人から視線を逸らす。
「あ、いけね。おれ、別口のバイトが入ってるんだ。佑、先に帰ってろ」
慌ただしくジーンズのポケットから端末を引っ張り出した水輝がそう告げる。すると佑は拗ねたように唇を尖らせた。
「その、そそり立った物はどうするつもり?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて佑が水輝の股間を指差す。あー、と力なく言った水輝が自分の股間を見下ろして頭をかく。
「まあいいさ。どうせそっち系のバイトだからな。……たぶん、いけねーだろうけど」
言いながら水輝がしかめ面になってため息を吐く。それから水輝がふと優一郎を見る。視線に気付いた優一郎は何となく水輝を見た。水輝がじっと優一郎と目を合わせた後、ゆっくりと視線を下げる。優一郎の股間のところに目を留めた水輝が小声で悪い、と詫びる。何のことだろう、と不思議に思った優一郎は自分の股間を見下ろして焦った。
「いえ、あの、これは!」
「……変態」
ぼそりと佑が呟く。水輝がそんな佑の頭を軽く指で小突き、苦笑した。
「なに言ってんだ、おまえは。そりゃあ、お前は元々は優一郎と同じだったかも知れないが、今は違うんだろ? 別に欲情したところで変態ってこたあねえだろ」
すらすらと言いながら水輝がジーンズのポケットに端末をしまい込む。確かに水輝の言う通り、佑はとある事情を経て優一郎から分化した存在だった。だが今ではもう完全な別人として存在している。優一郎は水輝のそのせりふに内心で安堵の息を吐いた。
「まあ、わたしが魅力的なのが罪ってことにしておいてあげるわ」
そう言って佑が意味ありげな笑みを優一郎に向ける。優一郎はその言葉にぎくりとしてから、何故自分が焦るのかと考えを巡らせた。
「んじゃ、ちゃんと帰れよ。遅くなるかも知れないから、先に寝てろ。明日早いんだろ?」
佑に向かって慌ただしく言ってから水輝がそれじゃあ、と足早に部屋を出て行く。水輝の背を見送ってから優一郎は深々と息を吐いた。
優一郎の反応が明らかに変な件w