「申し訳ないんですけど、それを家まで運んでおいて貰えますか? ぼく、ちょっと散歩に行ってきますから」
口早に言って蒼藍がその場を駆け出し、森の奥に走っていく。佑は置き去りにされた籠と蒼藍を見比べて慌てた。
「それなら、学校に通うときには、わたしがそこの街までついて行ってあげるわよ! それで文句ないでしょう?」
遠くなっていく蒼藍に向かって佑は声を張り上げた。すると蒼藍がぴたりと足を止めて振り返る。それから蒼藍はゆっくりと佑のところに戻ってきた。
「なんでそんなにむきになるんですか。ぼくが学校に通おうがどうだろうが、佑さんには関係ないでしょう?」
にこりと笑って言ってから蒼藍が籠を抱え上げる。
「行った方がいいと思うから……。特定の人間だけに囲まれて育ったら、どうしても、視野が狭くなってしまう気がするの」
歩き出した蒼藍を追いながら佑は小声で言った。自分の育った環境を思い出す。佑はこれまでに一度も学校というものに通ったことがない。佑がたしなみとして覚えたあらゆる技能は全て、とある屋敷に呼ばれた講師から習ったものだ。
「何でしたら佑さんも通ってみますか? ぼくよりあなたの方が学校に興味がありそうだ」
蒼藍がくすりと笑って少し後ろを歩いていた佑を振り返る。
「そうね。学校に行きたいのはわたしなのかも。でも、こんな年増ばばあが今さら学校なんて、おかしいでしょう?」
「年増ばばあって連呼しないでください。自分に腹が立つので」
自嘲気味に言った佑に蒼藍が厳しい声で言い返す。それから蒼藍はちらりと佑を見てからぺこりと頭を下げた。
「さっきはすみませんでした。失礼なことを言って」
そう言ってから、蒼藍は前を向いて言葉を継いだ。
「身体の時を遡らせればいいだけですから、佑さんが学校に通うのは可能だと思いますよ。それにあの……破壊軍師の方の勉強は最低でも一年はかかります。その間、佑さんが学校に行くのも悪くないのでは?」
すらすらと言ってから蒼藍がにこりと笑う。さっき見せていた意地の悪い態度はすっかりとなりを潜めている。
「あなたも行く? それならわたしも行くわ。その代わり、ひとつ約束して」
「なんですか?」
そう言って蒼藍が真面目な顔をして佑を見る。
「あのね。あなたが、わたしなんかに一目惚れしちゃったような気になったのは、あまり人と接する機会が無かったからだと思うの」
そうでなければおかしいわ。そう続けて佑はうんうん、と頷いた。
「好きな娘ができたら、血迷って告白したことなんか忘れてきちんと教えて、全力で応援するから!」
きっと蒼藍が自分のことを好きだと言ったのは、余りにも世間知らずで女に飢えていて、誰でもいい状態になっているのでは。そんな危惧から佑は真剣に蒼藍に告げた。
「……あなたはぼくを馬鹿にしているんですか」
ぼそりと小声で蒼藍が言う。それから蒼藍は疲れたようなため息を吐いてから微かに笑った。
「迷惑だということはよく判りました。もう、二度とさっきのようなことは言いませんからご安心を」
感情のこもらない声で言って蒼藍が急に早足ですたすたと歩き始める。佑は慌ててその後を追いかけた。
「だから、迷惑なんてことは無いってば! わたしは分をわきまえているだけよ」
「あなたに心配されずとも、ぼくは女性にはそこそこもてますから。適当に相手を選んで契ることにします。これで納得しましたか?」
追いついた佑を静かな目で見つめて蒼藍が言う。
「だから、適当はだめだってば! 自暴自棄にならないで!」
「仕方ないでしょう。誰も好きになれないんですから」
さらりと言い返して蒼藍がため息を吐く。
「蒸し返すとまた告白しますよ? そもそも好きになるのに理由なんてないでしょう?」
呆れたような顔をしてから蒼藍がふい、と佑から目を逸らす。
「一年間、よね? 一年間、一緒に学校に通って、それでもわたしが好きだって言うなら、あなたのものになってあげる」
そんなことはあり得ないはずだ。そう思いながら佑が言った途端、蒼藍がぴたりと足を止めた。
「言いましたね? 約束しましたよ。一年後が楽しみです」
蒼藍が微笑みを浮かべて真っ直ぐに佑を見つめて言う。
「ええ。世の中には可愛い女の子がいっぱい居るもの」
腕組みをして佑はうんうんと頷いた。すると蒼藍が意味ありげに笑ってまた歩き出す。佑は蒼藍に並んで歩き出した。
「ぼくがこれまでにどれだけの女性に言い寄られたと思いますか? あなた以上に可愛い人は見たことがありませんよ」
さらっと言って蒼藍がにっこりと笑う。佑は隣を歩く蒼藍をまじまじと見た。くすりと笑って佑は言った。
「お世辞ってわかってても、ちょっと嬉しいかも」
「まあ、今に判ります」
意味ありげな笑みを浮かべたままで蒼藍が言う。ふと、左の手に何かが触れ、佑は目を落とした。片腕に籠を抱え直した蒼藍がぎこちなく佑の指を握っているのだ。
「ちょっと待ってね」
十二歳、十二歳、えいっ。佑は念じながら力を放った。その直後、佑の身体がどんどん縮み、身長が低くなって胸のサイズが変わる。ぶかぶかになってしまった服を見下ろして佑はちょっとショックを受けた。ブラジャーのカップの中で胸がすかすかになってしまっているのが判る。
「服を縮めないと」
そう呟いて蒼藍が何事かを呟いた直後、今度は佑の着ていた服が身体の大きさに合わせて縮む。
「うう。ただでさえ、貧しい胸が……」
涙ぐんだ目で自分の胸元を見下ろし、佑は呟いた。すると蒼藍が不思議そうな顔をして首を傾げる。
「胸くらい別にいいと思いますけど? もしかして身体のサイズを気にするタイプですか?」
身長が同じくらいになったからだろう。さっきまで小さく見えた蒼藍が、それほど小さく見えない。まじまじと胸元を見られ、佑は思わず腕で胸を隠した。
「それは、一応、わたしも女だから……」
奈月さんに比べたらぜんぜんスタイル良くないし……。めりはりの利いた奈月の体型を思い出しながら佑は沈痛な面持ちでため息を吐いた。すると蒼藍が難しい顔をして首を捻る。
「あの人の凶悪なボディスタイルと比較するのがそもそも間違いだと思いますよ?」
そう言って蒼藍が今度はしっかりと佑の手を握る。佑は何となく繋いだ手を見下ろした。もしかしたら蒼藍はとても緊張しているのではないだろうか。繋いだ手が汗ばんでいる気がする。
「そうね。自分に女として魅力が欠けてるからって、いじけていてもしかたないものね」
佑はにっこりと笑ってそう言った。すると何故か蒼藍がもの凄く嫌そうな顔をする。
「それはぼくのことを馬鹿に……いえ、もういいです。一年後を楽しみにするとします」
何かを諦めたようなため息を吐いて蒼藍が佑から目を背ける。佑は不思議に思いながらも蒼藍と手を繋いだまま、森の中のあの家に戻った。
そして年増呼ばわりがトラウマになる佑w
というか、トラウマということもないのかな。
佑ってそういうもの、というか?
こういうのを好きになる蒼藍も大変だなー(棒読み