出来損ないと幼い頃から誹られた。どうして生まれて間もない赤ん坊の頃に、子孫を残せるかどうかの検査を受けなければならないのだろう。物心ついた時にはもう、周囲の者は桂のことを随分と馬鹿にしていた。
この家がある限り、この国は大丈夫だろう。かつてそう謳われた名門瑞原家の長女として桂は生まれた。出生率がどんどん落ち込んでいるこの世界で、多産の家柄はとても大切にされている。瑞原家も多産系の一族で、母は血を絶やさないことに執着し、父は何人もの情婦を抱えていた。
この世界では子孫を残すことの出来る卵子と精子が当たり前に売り買いされる。特に夫婦の片方がディザブラの場合などは、血眼になって可能性のある細胞を買い求めるようだ。瑞原家の繁栄を今も支えているのは精子と卵子の売買だ。
瑞原に生まれついた者は幼い頃から自らの細胞で金を稼ぐ。だがディザブラの桂にはそれが出来なかった。そのことから桂は家族の間で密かに穀潰しと呼ばれてもいた。
誰も見てはくれなかった。幼い頃の桂を世話したのは瑞原家に雇われた年老いた乳母だった。母は子供を作るのに忙しく、桂を産んだ後すぐに次の子を宿す準備を始めた。父は桂を見向きもせず、他の女とセックスに明け暮れていた。それは今でも変わりない。
兄弟姉妹は次々に増えた。彼らは桂とは違い、子孫を残せる体質だった。彼らは集団になって桂を苛めた。だが桂は自分の体質が悪いのだと、黙って耐え続けた。だがディザブラは治療の出来ない体質だ。どれだけ耐え続けても家に居る限りは苛めは止まない。
父母は桂を疎んでいたこともあり、桂が女子寮のある学校に通いたいと言い出した時も止めなかった。幸い、桂は頭の出来は良く、名門瑞原家の名に恥じぬ程度の学校に入学することができた。
その学校で桂は初めてハイブリッドという種族の話を聞いた。その学校ではハイブリッドのことを淫らな、触れてはならない種族と教えていた。だがハイブリッドの説明の中に桂の興味をひく内容が一つだけあった。
ハイブリッドは分裂するというのだ。ハイブリッドの子の為し方は人とは違うらしい。テキストには分裂と大雑把に記してあったが、桂はどうしても詳しいことが知りたくなった。
調べるうちに、ハイブリッドは時として分化し、別人格を形成すると判った。そのことを知った桂はなんて羨ましいんだろうと感じた。彼らはディザブラなど関係なく、好きなときに好きなだけ、子供を作ることが出来るのだ。桂はそう解釈したのだ。
だが時が経つにつれて桂の心の中でハイブリッドは忌むべき存在になった。それがアカデミーと呼ばれる学校に進学した頃だ。アカデミーが所蔵する書物などを紐解くと、ハイブリッドにまつわる話がずらりと出てくる。
ハイブリッドは元々、男娼として造られた。美貌は人を誘惑するためにあり、特殊な力は人を籠絡するためにある。『塔』の慰み者、実験動物。アカデミーの書物にはそれらの説明が当たり前に載っていた。
桂は熱心に勉強に打ち込む傍らでハイブリッドについて調べ続けた。一時でも憧れた自分が余りにも愚かに思えた。これなら自分の方がまだましだ。自分はディザブラかも知れないが名門の出で、アカデミーにも通うことが出来る。アカデミーには豊富な知識を持った優秀な教師たちが揃っており、勉強に心おきなく打ち込むことができる。だが彼らはこんな風に学校に通ったことすらないのでないだろうか。きっと勉強する楽しみも知らないに違いない。
瑞原家なのにディザブラだとさ。同じアカデミーに通う学生たちの陰口はやまなかった。あの頃、桂は他に頼るものがなく、ハイブリッドと自分の境遇を比較し、自分の方がましだと思うことで何とか精神の均衡を保っていた。書物から抜き出した情報を元に、ハイブリッドの勝手なイメージを作り上げ、それをこき下ろすことで鬱屈したものを晴らしていたのだ。
二十歳になった桂はアカデミーを次席で卒業することになった。その後、『塔』に就職することが決定していた。技術総括局の局長補佐。アカデミー出身者の中では最高の地位に就けるはずだった。
入塔式の時に桂は愕然とした。壇上で挨拶をしたのは優一郎だった。優一郎は自己紹介を簡単にした後、穏やかな口調で入塔する新入りたちに挨拶をした。話し方を聞いたり、仕草を見ればその人となりはある程度は判る。そこで桂の価値観は大きく崩れたのだ。何故なら優一郎は自己紹介の時にはっきりと自分がハイブリッドであると言ったのだ。
アカデミーとは何なのだろうか。いや、それ以前に家柄や血筋というものを桂は初めて疑った。自分が頑なに信じてきたものは、本当は幻想だったのではないだろうか。
桂は予定されていた局長補佐の席を蹴った。そして優一郎の許を訪ねた。強引に押しかけた桂を煙たがるでもなく、優一郎は穏やかに微笑んで相手をしてくれた。
一目惚れだったのだと思う。桂は優一郎の役に立ちたいと本気で思った。この人のためなら何でも出来る。そう感じた。そして改めてハイブリッドの研究をしたいと思った。優一郎はそんな桂を快く研究室に迎え入れてくれた。
桂はぼんやりとした顔をして薄く目を開けた。眩しい天井の光に思わず瞼を閉じる。どうやら自分は倒れてしまったらしい。
設定は書きながら出来るもの!
と、作者は今も昔も思ってます。