作業を済ませて研究室に戻った優一郎は机に置かれた封筒を見て首を傾げた。集計作業をしていた祥子が優一郎に頷いてみせる。
「あ、韮山課長がいらして、それを吉良博士に渡して欲しいと仰って」
その説明を聞きながら優一郎は封筒を開いた。祥子が頬を押さえてしみじみとため息を吐く。
「あの方も疎開組だそうですよ。この分だと、疎開する人も多そうですねえ……」
「そう。韮山さんが……」
そう言いながら優一郎は封筒に入っていた紙を取り出した。折り畳まれたそれを開いて優一郎は目を細めた。紙に書かれていたのは佑の調査報告だった。
「やっぱり翠さんのところに……」
読みにくい手書きの字を解読し、一枚目の冒頭に書かれた世界番号を見て優一郎は小声で呟いた。どうやら佑は龍宝珠界にいるらしい。そのことを確かめてから紙をめくった優一郎は思わず目を見張った。
「……!」
数枚に渡って書かれた調査報告の後についていたのは通達書だった。佑の指名手配が却下されているどころか、こちらの世界で起こったことは自然現象だと書かれている。優一郎はそれを読んで思わず紙を握りしめた。どうやら韮山は何らかの方法で界の管理官になったらしい。
これで佑には手が出せないのか。優一郎は苦々しくそう吐き捨てた。
「吉良博士。本日分の集計が終了しましたので電信でそちらに送って宜しいですか?」
祥子が控え目な声で言う。はっと我に返って優一郎は紙を折り畳んで封筒にしまい込んだ。
「お疲れさま」
にっこりと笑って優一郎は頷いた。届いた電文を開いて優一郎は目を細めた。やはり危機感は『塔』内部の方が強いようだ。『塔』に所属するほぼ全員の女性が解答を寄越している。
危機感を煽るために、健康被害が出ない程度に空気を綺麗にしてみるかな。そう思いながら優一郎はにっこりと笑った。このドームの中にいる人々の身体は清浄なものにとても弱い。汚れた空気の中でなければ健康を保てない身体をしているのだ。
次に優一郎の端末に送られてきたのは機械化人の幹部候補のリストだった。リストを見ながら優一郎は納得して頷いた。祥子の人選は悪くない。機械化人化の後、仕事がスムーズに出来るようにきちんと適性のある職業別に人物がピックアップしてある。この研究室を開くときに祥子を引っ張ってきたのは正解だった。うんうん、と頷いてから優一郎はちらりと机に置いた封筒に目をやった。
それにしてもあの学校に入学申請だなんて、いったい何を企んでいるんだ。優一郎は佑の調査報告に書かれていたことを思いだして眉を寄せた。どうやら佑はあの世界で学校に通うことにしたらしい。しかもその学校は龍宝珠界の中でも随一のエリート校と言われる、ラクタート神聖王国立の魔法学校だ。調査報告には件の魔法学校の卒業生の就職率などもきっちりと書かれていた。
だがあの世界には直接手を出すことが出来ない。何しろ管理官の総本部のある界でもあるし、何より時空を司る翠がいる界でもあるのだ。
まいっか、こちらが手を出せないということは、向うも簡単にはこちらに手を出せないということだ。なんといっても直接統治が許可されるほどの危機状態なんだし。難しい顔で考えを巡らせていた優一郎は心の中でそう結論を出した。
非常事態に陥っていても『塔』内には通常勤務時間終了を報せるチャイムが鳴る。それが鳴り響くと同時に優一郎のポケットの中で通信機が震えた。優一郎はズボンのポケットを探って通信機を取り出し、耳に掛けた。
『あ、パパ? 元気にボーイズしてるかね!』
相変わらず明るい理子の声が聞こえる。優一郎は苦笑をして椅子に深く寄りかかった。
「うん。元気だよ」
複雑な気分で優一郎は答えた。すると通信機の向こうで理子の声が少し沈む。
『なんだかパパ、元気ないねー。どしたの? 変なものでも食べたの?』
珍しく理子が心配そうに言う。
「ちょっとこちらの世界は大変な事になってて。当分、そっちには戻れないと思う」
理子はいま、この世界にはいない。家は一応、『塔』の近くに建ててはあるが、実際に理子はそこには住んでいないのだ。前回、帰ったのはいつだろうと考えを巡らせて、優一郎はそのことを思い出せないことに気が付いた。かれこれもう随分と長く理子と会っていない。
『そっかー。でも理子、がんばって胎教するから! パパも頑張ってね!』
明るい声で言って理子が笑う。優一郎は目を閉じてこめかみを押さえた。
「うん。理子。頑張るよ」
『パパ。こういうの知ってる?』
ふと、理子が唐突にそんなことを言う。優一郎は目を開けてじっと端末画面を見据えた。
『何かをしたい者は手段を見つけ、何もしたくない者は言い訳を見つける。だってー。ことわざなんだってゆってたよ。近所の奥さんが』
「わかった。理子。ありがとう」
優一郎はひらめくものを感じて素直に礼を言った。理子がにゃはは、と元気に笑う。
『じゃあねー! 理子はこれからスイスイ運動するのだ! まったねー!』
そう言って理子が通信を切る。優一郎は耳から外した通信機を元通りにポケットにしまった。
佑を放置してはおけないということか。そう心の底で呟いて優一郎は薄い笑みを浮かべた。こちらから直接に手を出せないのは確かだが、他に方法があるかも知れない。そう考えながら優一郎はゆらりと立ち上がった。定刻を過ぎても研究室では変わらず研究員たちが働いている。そんな彼女たちを余所に優一郎は部屋の奥にある応接室に向かった。
ドアをそっと開く。疲れ切って眠っていた水輝が、ちょうどタイミング良く大きく伸びをしたところだった。優一郎はそれを見て取って静かに応接室に入った。ソファに横たわっていた水輝がかけ声を掛けて身を起こす。
エロシーンが入らないように切ってみました。
ページを開いた瞬間、BLが入ってくるとドン引きする人もいるかと……。
一部はどのみちそういうのが多いんですが!w