「未覚醒だったり、術でなんとか隠したりしてるけど、数十人は龍神が居るわ。それに……」
そこで言葉を切って佑が少し難しそうな顔をする。蒼藍は手を伸ばして佑の手をつかみ、少し歩く速度を上げた。
「あなたのクラスの先生? あれ……」
そう言って佑が口ごもる。蒼藍はにこりと佑に笑みかけた。
「龍神は本来、十七になるまで覚醒はしませんから、この学校に生徒として紛れているなら多くが未覚醒でしょう。正確に言えばぼくも完全に覚醒してはいないわけですし」
隣を歩く佑にだけ聞こえる程度の小声で蒼藍は言った。生徒が溢れかえる廊下を進んで階段を下り、目的の棟に向かう。
「龍神が居るのは都合がいいから逆に大歓迎なんだけど。あの先生には気をつけなさい、あれ、機械仕掛けの人形だから」
「へえ。人形なんですか。道理で中身がすかすかだと思いました」
まあ、相手にするまでもありませんね。きっぱりと言って蒼藍は佑に笑みかけた。並んで廊下を行きながら佑が不思議そうに首を傾げる。
「わたし、変じゃない? 浮いてたりしない?」
不安そうにして佑が周囲を見回す。何となくつられて周囲を見てから蒼藍はああ、と呟いた。佑が不安に思っているのは恐らく生徒たちがこちらを見る目だろう。
「佑さんは制服もよく似合っていますし、美人ですから注目されるかも知れませんね」
笑顔で言って蒼藍はうんうんと頷いた。自分の制服姿を見下ろした佑が不思議そうな顔をする。
「もう、本当にお世辞が上手なんだから」
「お世辞じゃないんですけどね。ほら、着きましたよ」
苦笑する佑に言い返してから蒼藍は教室の扉を指し示した。はっとしたような顔をして佑が教科書やノートを抱え直す。
「授業が終わったら一緒に昼食に行きましょう。食堂の場所はまだご存じないでしょう?」
扉を開け、広々とした教室に入りながら蒼藍は言った。ついでに周囲を見回して、その辺りにいる生徒に佑に近付くなオーラを叩きつけておく。こちらを興味津々の目で見ていた生徒たちが蒼藍に睨まれて怯えたような顔になる。
「蒼藍こそ、かっこいいわよ。似合ってるから」
そう言って佑がにっこりと笑う。階段状に斜めに上がった席に佑を案内しながら蒼藍は少し頬を赤くした。
「そ、そうですか? ぼくは窮屈だと思ってたんですが、佑さんがそう言うなら制服も悪くないかも知れませんね」
小声で言いながら蒼藍はちゃっかりと佑の隣の席を陣取った。佑の世話役を任命されている生徒だろう。見知らぬ女子生徒が怖々とこちらを見ている。蒼藍は佑に気付かれないようにしてその女子生徒を睨みつけた。クラスが別れてしまったのは計算外だった。こんなことなら先に教師を脅迫するなりなんなりして、佑と同じクラスになれるようにするべきだった。そうすれば余計な虫を近づけなくて済んだのに。
「蒼藍、わたしの世話をしてくれることになった橘香さんよ。橘香さん、この子がさっき話した蒼藍」
明るく笑って佑が立ち上がり、近くにいたその女子生徒を引っ張ってくる。蒼藍は面白くない気分になったが、表面上は愛想のいい笑みを浮かべて橘香という名らしい女子生徒に会釈をした。
「はじめまして。蒼藍といいます。宜しくお願いします」
さっき睨みつけたからだろう。橘香が怖々と蒼藍を見てぺこりと頭を下げる。だが佑は一人、状況に気が付かないのだろう。呑気に橘香に隣の席を勧めている。
「愛想は悪いけど、根は悪い奴じゃないから」
「それはぼくのことですか? 必要なら愛想くらいは振りまきますよ」
にっこりと笑った佑に蒼藍は微笑みを浮かべて言葉を添えた。するとぎくりと橘香が身を竦める。
「もう、相変わらず口が減らないんだから」
そう言って佑が苦笑する。すると居心地の悪そうな顔をしていた橘香が、遠慮がちに言う。
「あ、あの、お邪魔のようだし、私、向こうに座りますね」
「そうですか。残念ですね」
怖々と言った橘香に蒼藍はにっこりと笑ってみせた。間に挟まれた佑が難しい顔をして腕組みをする。そそくさと橘香が遠くの席に向かった後、佑がすとんと蒼藍の隣に腰を下ろして潜めた声で言う。
「あの子。龍神よ。なかなか可愛くていいと思ったんだけどなあ」
「どこが可愛いんですか?」
あんな風に睨んだだけで怖じ気づいたりするような者を、例え女だろうが男だろうが龍神だろうが可愛いとは思えない。蒼藍は難しい顔をしてため息を吐いた。すると佑が唇を尖らせて教科書を開く。
「いきなり怖い顔して睨まれたらたいていびっくりするわよ」
「そうしておかないと後々面倒なことになるんです。ほら、鐘が鳴りましたよ」
蒼藍は学舎内に鳴り響いた鐘の音を聞きながら教科書をぱらぱらとめくった。教室に居た生徒たちがそれぞれ席に着く。
「基礎魔法って、わたし一応習ってたのね」
全部頭に入ってるし。教科書を見ながら佑が小声で呟く。それはそうでしょう、と蒼藍は苦笑をした。何しろこの学校は龍宝珠界随一のエリート校なのだ。その程度の知識は入っていなければ編入試験に合格など出来ない。幾らラスティの口添えがあっても無理だろう。
やがて教室に教師が姿を現す。やけに立体的な身体をした女教師が教室に入ったところで当番の号令に従って皆が席を立つ。蒼藍も渋々とそれに合わせて立ち上がり、礼の声に合わせて頭をさげた。
今日の午前の授業は基礎魔法学、及び応用学だ。欠伸が出そうなほど退屈な授業なのだが蒼藍は根性で寝るのを我満した。隣では佑が机に寄りかかって早速気持ちよさそうに眠ってしまっている。
淡々と授業を進めていた女教師が唐突に近付いてくる。蒼藍はそれを見て思いきり佑の足を踏んづけた。その途端に佑が慌てたように起きあがる。
「何よ! 蒼藍!」
声を上げてから佑がはっとしたように息を飲む。その時にはもう女教師は二人の腰掛ける席の真横に立っていた。
「私の授業で寝るとはいい度胸だ」
「バスト九十八、ウエスト六十一、ヒップ九十五」
女教師が佑に怒鳴りつける前に蒼藍は机に肘杖をついてのんびりと言った。その瞬間に教室内にどよめきが広がる。佑を叱り飛ばそうとしていた若い女教師が目を吊り上げてぶるぶると身体を震わせる。
「いいなあ……」
小声で呟いた佑が羨望の眼差しで女教師を見る。蒼藍ははっ、と鼻で笑って肩を竦めた。
「その膨れたバストの半分くらいは頭に栄養がいった方が身体にもいいと思いますよ?」
おまけに厚化粧だし。そう言った蒼藍の頭を女教師が長い棒で叩き回す。蒼藍は眉を寄せて叩かれた場所を押さえ、女教師を睨みつけた。
「炎の属性、魔法効果を述べよ!」
よほどかんに障ったのか、女教師がひっくり返った声で言う。蒼藍はやれやれとため息を吐いて立ち上がった。
「炎を主とする魔法は通常、ファイダ国を守護する守護神ファルサラに強く依存します。魔法効果は炎、属性を示す色は赤、他属性との相性は」
蒼藍はずらずらと基礎魔法理論と応用理論を並べ立てた。最初は怒りの目で蒼藍を睨んでいた女教師の顔が徐々に青白くなる。蒼藍は一気に喋り終えてからすとんと席に着いた。
「せ、正解」
「早く授業を再開したらどうです?」
蒼藍が愛想のない態度で促すと、女教師はすごすごと教室の前に戻っていった。けっ、と喉の奥で言ってから蒼藍はぱらぱらと教科書をめくった。この程度のこと、いちいち学ばなくても入っているのが普通だ。復習の意味も込められた授業なのだろうが退屈なだけで役に立つとも思えない。
先生可哀想w