「蒼藍、寝てたわたしが悪かったんだから……」
ぼそぼそと小声で佑が言う。蒼藍はふん、と鼻で笑って教卓の前にいる女教師を顎でさした。
「退屈な授業を行っている方が悪いんですよ。佑さんに罪はありません」
きっぱりと言ってから蒼藍は佑ににこりと笑みかけた。周囲の生徒たちが奇異な目で蒼藍を見ていたが、気にしないことにする。
「確かに、言霊を使ったアドリブでの呪文の編み方とか、実戦で役に立つことを完璧に無視してるのはおかしいし。この教科書」
佑が教科書をめくりながら小声で言う。蒼藍はもっともだ、と頷いた。
「状況は常に変化しますからね。型通りに魔法を展開しても効率は悪いです。素早く状況を読んで呪文が組めるようにならないと」
「そ、そこのふたり。頼むから邪魔しないで」
急に弱々しい声が聞こえてきて蒼藍は何となく教室の前に目を向けた。慌てたように佑が教科書をつかんで何度か頷く。泣きそうな顔をしている女教師を睨み、蒼藍はけっ、と喉の奥で言った。
「ごめんなさい。反省して自主的に廊下で立ってますっ!」
行こう、と佑に促されて蒼藍は素直に立ち上がった。女教師がほっとしたように頷く。佑に腕を引っ張られながら蒼藍はぎらりと女教師を睨みつけた。今度、佑を叱ろうとしたら殺す。その意味を込めて睨むと、女教師は目に見えて青ざめた。
教室を出て廊下に並んで立ったところで佑が嬉しそうに笑う。
「えへっ、一度廊下に立たされてみたかったの」
「立たされた、というのは微妙に違う気がしますけど」
小声で言いながら蒼藍はにこりと笑った。何はともあれ、退屈な授業から解放されて佑と一緒に居られるのはありがたい。
「スキップできるのよね? わたしたちには一年しかないんだし。さっさと申請しましょう」
「え? いいんですか? ぼくは構いませんけど」
だが飛び級するには試験に合格しなければならない。そのことを蒼藍は小声で説明した。するとえへんと佑が胸を張る。
「大丈夫よ。こんどは実技でしくじったりしないから」
しくじったつもりはないんだけどね。佑が続けるのを聞いて蒼藍は思わず口許を引きつらせた。指定された魔法以外の方法で対象を撃ち落とすのはまずいから。蒼藍が小声で指摘すると佑が唇を尖らせてそっぽを向く。
「最適な方法をとっただけよ。それがまずいってこと知らなかっただけだもの」
「剣圧で攻撃は基本的に駄目です。あれは魔法じゃなくて力業です」
身体の後ろに手を回し、きっぱりと蒼藍は言い切った。確かに佑の刀さばきは惚れ惚れするほど見事なのだが、試験官たちは口を揃えて駄目だと言った。
「よし、わたしの勝ち」
そう言って佑がくすりと笑う。
「剣を媒介に使って、呪文省略で剣圧に魔法の力ちゃんと乗せてたわよ。実戦では役に立つから、あなたも使えるようになりなさい」
「だから……風の魔法って……ああもう、いいです。ぼくが悪かったです」
諦めのため息を吐いて蒼藍は疲れたように首を振った。それから蒼藍は伏せていた顔を上げて佑をまじまじと見た。
「学校と言うところは酷く退屈なところですよ? ぼくと佑さんなら、スキップを繰り返せばこの学校を一年未満で卒業できます。それでは約束は果たせないでしょう?」
どの学年にいたところで退屈さは同じだ。蒼藍は説明するうちに難しい顔になった。
「でも、四年からは模擬戦とか、そういう授業もあるみたいじゃない? けっこう、手応えありそうな先生居たし」
そう言って佑がやけに楽しそうに含み笑いする。蒼藍はやれやれとため息を吐いて首を傾げた。
「佑さんは要するに戦いを楽しみたいんですか? 確かに破壊将軍ならそういう気質かも知れませんが」
蒼藍は困ったような顔をして佑をじっと見つめた。
「人聞きの悪いこと言わないでよ!」
怒ったように言って佑がぷいとそっぽを向く。蒼藍は苦笑をして判りました、と頷いた。
「佑さんはぼくに多くの人と触れ合うために学校に行けと言いましたよね? つまり、今の学年では佑さんの言った触れ合うべき多くの人が居ないということですか?」
それならスキップにも意味があるかも知れない。蒼藍は佑を見つめたままで言葉を継いだ。すると佑が難しそうな顔をしてちらりと蒼藍を見る。
「そう思う。あなた、やけに大人びてるし」
「そんなことはないと思うんですけどね。年相応だと思いますよ」
そう答えて蒼藍はにこりと笑った。学年が下手に進むと佑に色目を使う輩が増えそうで、もっと厄介なことになりそうな予感がする。そうは思ったが蒼藍はそのことは言わずにおいた。
「結局、出会いだから。これだけの人が居るんだもの。あなたが見下したりできないような誰かが、必ずいるはずよ」
真面目な顔で佑が言う。それを聞いた蒼藍は少し目を細めてそっと息を吐いた。
「誰も見下しているつもりはないんですが」
そう言ってから蒼藍は渋い顔で言葉を継いだ。
「佑さんはぼくにお見合いでもさせる気ですか」
「その前に、友達作らなきゃ」
びしりと蒼藍を指差して佑が言う。蒼藍は何度か瞬きをして苦笑した。
「そんなもの、必要ありませんよ。何のためにですか」
「わたしもわからない。何のため、とか、そういうものでも無いと思うし」
と言いつつ、よく考えたらわたしって殆ど友達いない。寂しいやつかも……。そう続けて佑がしょんぼりした顔をする。しばし考えを巡らせてから蒼藍は佑の手をそっと握った。
「じゃあまずはぼくとお友達からはじめませんか」
友達というのがさして必要だとは思えないが、佑と一緒に居られる口実に出来るなら悪くない。蒼藍はそう考えを巡らせてにこりと笑った。
「そうね」
「一年後には恋人に自動昇格しますけどね」
にっこりと笑った佑に蒼藍は笑みを浮かべたままで付け足した。その途端に佑が眉を寄せて唇を尖らせる。佑は蒼藍が友達と言い出したことで安心していたらしい。
「とりあえず、飛び級試験の申請出しましょう。三年飛ばしくらいが適切だと思うんだけど、どう思う?」
「佑さんと一緒ならぼくはどの学年でも構いませんよ」
ぎゅっと佑の手を握って蒼藍はにこにこ笑いながら言った。それからふと思い出して蒼藍はそうだ、と言葉を足した。
「ぼく、数年経ったら今よりずっと見栄えのする男になると思いますよ。今のうちに買っておくのがやっぱりいいと思うんですが」
「今でも充分かっこいいわよ!」
そう言って佑がそっぽを向く。蒼藍は唇に指を当てて天井を仰いだ。木で出来た廊下の天井は年季の入った色をしている。
「そういう意味じゃなくて、佑さんの好みの顔により近付くと思いますよ、という意味なんですが」
繋いだ佑の手がぴくりと震える。蒼藍は何となく繋いだ手を見下ろして首を傾げた。
「もしかして怒りましたか?」
「あなたは水輝さんの代わりじゃないわ。あなたはあなた。水輝さんは水輝さんよ」
「別に身代わりにしろと言ったつもりはなかったんですが、不快な思いをされたのならすみません」
蒼藍はそっと佑の手を離してぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。わたしのほうが過剰に反応しすぎたかも」
だめねやっぱりわたしって……。落ち込んだ様子で佑が呟く。そんなことありませんよ、と答えて蒼藍はにこりと微笑んだ。が、腹の底では怒り狂っていた。
要するになにか。あいつの身代わりなんて到底考えられないってことだよな。つまりオレなんか歯牙にも掛けてないって意味かよ。
心の底で呟いて蒼藍はこっそりとため息を吐いた。
魔術って発音し辛いじゃないですか……。
この世界観では魔法です!w