初めて通う学校は何もかもが新鮮だった。着たことのない制服、同じ年頃の子供たち、そして教科書、ノート、学習するための机に教室、学校の先生も佑には珍しくて仕方なかった。
なのに佑は廊下に立って少し落ち込んでいた。隣に立つ蒼藍はどうも周囲に険悪な雰囲気を撒き散らしているようで、同じ年頃の子供は蒼藍に近付こうとしない。その上、蒼藍は授業を担当する教師にまで喧嘩を売る始末だ。
でも、それにほっとしてる自分が一番いやかも……。
心の中で佑はぽつりと呟いた。蒼藍が色んな女性とこれまで関わってきたというのは、蒼藍自身からも聞いている。密かにラスティに訊ねたところ、蒼藍にはどうやら人を無作為に惹きつける不思議な力があるらしい。そのために異性は特にその力にやられ、ふらふらと蒼藍に寄ってくるのだそうだ。ラスティや常磐たちはそのことを知っているために、あらかじめ蒼藍のその力に対する防御は完璧にしているらしい。ある程度の力を持った奴にはかからない、というのがラスティの説明だった。
この学校には多くの女性がいる。教師を含めれば子供から大人まで、色んなタイプの女性が存在する。
「じゃあまずはぼくとお友達からはじめませんか」
佑の落ち込んだ様子をどう思ったのか、蒼藍がにこりと笑って言う。はっと我に返って佑は微笑みを返した。
「そうね」
よし! お友達まで後退成功! そう佑が思った矢先に蒼藍がにこにこと微笑みながら言葉を足す。
「一年後には恋人に自動昇格しますけどね」
それを聞いた佑は思わず眉を寄せた。やっぱり、蒼藍には、同い年くらいの子ではだめなのかも。だからといって年増もだめみたいだし。さっき蒼藍が喧嘩を売った女教師のことを佑は思い出した。さっきの先生、スタイル良かったのに……。佑は心の中でそう呟いた。蒼藍は相変わらず佑の手をしっかりと握って笑みを浮かべている。
「とりあえず、飛び級試験の申請出しましょう。三年飛ばしくらいが適切だと思うんだけど、どう思う?」
気を取り直して佑はそう提案した。可愛い子を見つければきっと蒼藍もころっと態度が変わるに違いない。
蒼藍がぎゅっと佑の手を握りしめる。佑はどきりとして蒼藍を見つめた。
「佑さんと一緒ならぼくはどの学年でも構いませんよ」
そう言って蒼藍が微笑みを浮かべる。それを聞いた佑は心の中で困った声を上げた。あああ。わたしなんか口説いてどうするのよ。だがそんな佑の心境には気付かなかったのか、蒼藍がふと思い出したようにそうだ、と言う。
「ぼく、数年経ったら今よりずっと見栄えのする男になると思いますよ。今のうちに買っておくのがやっぱりいいと思うんですが」
蒼藍は自分がどれだけ魅力的に見えるのかわからないのかしら……。そう思って佑は心の中でため息を吐いた。
「今でも充分かっこいいわよ!」
そう言って佑はふいとそっぽを向いた。すると蒼藍がしばし黙る。佑はその間に考えを巡らせた。ラスティから聞いた不思議な力を除いても、蒼藍は十分に魅力的に見える。なのに何故、蒼藍はあんな風につんけんした態度を取るのだろう。
「そういう意味じゃなくて、佑さんの好みの顔により近付くと思いますよ、という意味なんですが」
どういう意味かしら? 蒼藍が言ったことの意味を考えてから佑は思わず目を見張って息を詰めた。無意識に繋いだ手が震える。
「もしかして怒りましたか?」
佑は蒼藍が言わんとしている意味に気付いてびしりと顔を強ばらせた。以前ならともかく、最近は蒼藍と水輝を重ねたことは一切無かった。蒼藍は蒼藍として眩しく見えて、だからこそ自分には不釣り合いだから、蒼藍に相応しい出会いを探してるのに! そう思った佑の声は無意識に荒くなった。
「あなたは水輝さんの代わりじゃないわ。あなたはあなた。水輝さんは水輝さんよ」
「別に身代わりにしろと言ったつもりはなかったんですが、不快な思いをされたのならすみません」
少し沈んだ声で言ってから蒼藍が静かに佑の手を離す。佑は急に蒼藍が手を離したことに驚き、何となくそちらを見た。蒼藍がぺこりと頭を下げる。
わたし……。
佑は胸の中でぽつりと呟いた。蒼藍は気を使ったのか、佑から少し離れて身体の後ろに手を組んで立ち直す。静かな蒼藍の横顔を見つめて佑は少し俯いた。
「ごめんなさい。わたしのほうが過剰に反応しすぎたかも」
だめねやっぱりわたしって……。そう続けた佑に蒼藍がにこりと笑みかけて、そんなことありませんよ、と言う。だが佑は蒼藍を直視できず、そっと視線を逸らした。
自分の気持ちがわからない。一年という中途半端な期限を区切ったのも、無意識にでも蒼藍を手に入れるチャンスを求めてのことではないだろうか。そう考えた佑の顔は暗く沈んだ。蒼藍は静かに前を見て立っているだけだ。そんな蒼藍をちらりと伺ってから佑は壁に寄りかかった。
「すみません。佑さんの気持ちを考えずに少し調子に乗ってしまったみたいですね」
相変わらず前を向いたまま、蒼藍が小声で言う。それから蒼藍は佑を見ていつもの人好きのする微笑みを浮かべた。
「わたしは……」
どう答えていいか判らず、佑は唇を引き結んだ。すると蒼藍が苦笑をして首を傾げる。
「とりあえず飛び級の申請はぼくがしておきますよ。一人分も二人分も同じですから」
早い方がいいかな、と呟いて蒼藍が授業をそっちのけで歩き出す。
「ここで、待ってるから……」
「はい。すぐに戻ります」
振り返って佑に微笑みかけてから蒼藍が静かに廊下を歩いて行く。佑は寂しい気持ちで遠ざかっていく蒼藍の背中を見送った。やがて廊下を折れた蒼藍が見えなくなる。それを見届けてから佑はため息を吐いて壁に背中を預けた。
佑は学校に行くのは初めてです。