ただし機械です。
「システムの再起動が完了しました」
股間から流れた抑揚のない自分の声に桂は思わずびくりと身を竦めた。そうだ。自分は機械仕掛けの身体になったんだった。そのことを思い出した桂はぼんやりとした顔で天井を見つめた。
見覚えのない天井を見つめながら記憶を辿る。確かここは優一郎の研究室の奥にある客室のはずだ。そしてここで水輝という名のハイブリッド種に会ったのだ。そこまで思い出してから桂はのろのろと周囲を見回した。
「水輝にキスされて……」
思い出しながら呟いて桂は真っ赤になった。初めてしたキスは何だか不思議な感じがした。唇が触れたと思った後、口の中に水輝の舌が入ってきた。その感覚を思い出した桂は耳まで赤くなった。
「ふうん。キスしたんだ」
間近で知らない女性の声がする。桂はぎくりと肩を竦めて慌てて声のした方を見た。ソファに横たえられていた桂の傍に知らない女性が立っている。見覚えのない女性はとても綺麗な顔立ちをしていた。どことなく雰囲気が優一郎に似ている気がする。桂は慌てて身を起こそうとして、身体に何かがかけられていたことに気が付いた。硬い手触りのジーンズ生地のジャケットを思わずつかむ。
「らしいわねえ」
まじまじと桂を見た女性がくすくすと笑う。桂は慌ててジャケットを見下ろした。そういえばこのジャケットには見覚えがある。確か水輝が着ていたものだ。
「虹色。凄く眩しい……」
のろのろと顔を上げた桂は女性の纏うものを見つめ、目を細めた。すると女性が首を傾げて微かに笑う。きっとこの女性は彼らと同じハイブリッド種なのだ。
「いい目してるね。優一郎が造ったの?」
真っ直ぐに桂を見つめて女性が言う。桂は戸惑いながら首を横に振った。
「お手本になるサンプルの設計図は頂きました。ですけど、実際に組み立てたのは私です」
小声で答えてから桂はソファに座り直した。ジーンズのジャケットを畳んでそっと脇に退ける。キスの後でシステムがダウンしてしまったことは判る。あんな風に急に停止したシステムを再起動するのは自分では無理だ。恐らくこの女性が助けてくれたのだろう。
「もしかして、あの対話式のトラブル対処機能を考案したのもあなた?」
女性がまじまじと桂を見ながら言う。女性に礼を言おうとしていた桂は慌てて頷いた。
「ちゃんと、機能しましたか?」
「機能したから、あなたを再起動できたんじゃない。ただ、ちょっとしみじみと恥ずかったけど」
少し頬を染めて女性が難しい顔をして言う。桂はスカートを握りしめて身を縮こまらせた。女性の言った対話式トラブル対処機能は股間を覗き込んで機体を操作しなければならないのだ。
「音声認識で、緊急システムと会話しながら復旧させるってアイデアはいいのよ。ただ、ちょっと、ね? わかるでしょう?」
桂は試しに足を開き、股間を覗き込みながら会話をする光景を思い浮かべた。確かに実際に運用しているところは間が抜けているかも知れない。
「お目汚し、申し訳ありませんでした」
しょんぼりと肩を落として桂は小声で詫びた。システムを載せた時にはいいアイディアだと思ったのだが、実際にそうなったところを想像していなかったことはまずかったかも知れない。
「優一郎が使ってたらどうする気だったの?」
淡々と女性が指摘する。それを聞いた桂は真っ青になった。考えただけで倒れてしまいそうなショックに襲われる。ふらりとよろけてソファに寄りかかった桂を女性が不思議そうに見る。
「優一郎の侵入を阻止したのは正解、かな?」
女性が桂の様子を見ながら言って頷く。桂は慌ただしく何度も頷いた。足を開き、間抜けに股間から声を出す自分の姿を優一郎に見られるところなど、考えるだけでも恐ろしい。
「本当にありがとうございます。あなたは恩人です」
深々と頭を下げて桂は礼を言った。ゆっくりと頭を上げた桂はふと気になって女性を見た。そう言えばこの女性は誰なのだろうか。優一郎を親しげに呼ぶところを見ると、知り合いなのだろう。が、佑の面立ちはどことなく優一郎に似ている気がする。
「あの……、もしかして、博士の身内の方ですか?」
桂は思ったことを素直に問い掛けた。すると女性がぴくりと眉を動かしてから桂を見つめ、にっこりと笑う。
「身内と言えば身内ね。アカデミーの教科書にハイブリッドの殖え方が書いてあったでしょう?」
ハイブリッドの殖え方。口の中で女性が言ったことを呟いて桂ははっと目を見張った。確かアカデミーの書物の中に、ハイブリッドは分裂すると書いてあった。まさかこの女性は優一郎が分裂したものなのだろうか。つらつらと考えながら桂は頭を抱えた。
「嘘だらけの教科書でも、少しは本当の事も書いてあるのよ。わたしは優一郎から分かたれて造られた存在よ」
優一郎の身体が横長に伸び、二倍の幅になったところで真ん中から千切れ、千切れた固まりが女性になるところをずらずらと想像していた桂はその声ではっと我に返った。女性はにっこりと微笑んでいる。
「プラナリアじゃないんだから」
少し低い声で言った女性が微笑みつつも頬をひくりと引きつらせる。それを見た桂は慌てて詫びた。
「思惟が凄く明瞭なのね。油断していたら無意識的に読んじゃう。きちんと防御したほうがいいわよ」
少し困ったような顔をして女性が言う。桂は身を縮めてすみません、と詫びた。そう言えば水輝にも似たようなことを言われた。もしかしたら彼らは無意識に相手の心を読んでしまうのかも知れない。
佑が楽しそうです。