飛び級の試験を無事に合格した二人は、速やかにクラスを移った。蒼藍は飛び級して入ることになったクラスでやっぱり最初に同じ言葉を教室内の生徒にぶつけた。編入してすぐのあのクラスと違ったのは、隣に佑が立っていたことくらいだ。
「あ、ちなみに佑さんに手を出したら相手が誰であろうと殺しますので。そのつもりで」
にこにこと微笑みながら蒼藍が言った瞬間、佑が蒼藍の頭をひっぱたいた。
「蒼藍! あなた、何言ってるのよ! 冗談になってないわよ!」
憤然と叫んだ佑がころりと態度を変え、微笑みを浮かべて教室に詰めている生徒たちに向き直る。飛び級をしたせいで教室にいるクラスメイトは二人よりは若干、年上の者ばかりだ。蒼藍はぶたれた頭をさすりながら少しだけ眉を寄せて佑を見た。
冗談のつもりはないんだけどなあ。そう心の中で呟いた蒼藍を余所に、佑がはきはきと自己紹介をしてみせる。
「佑と申します。ここに入学するまでは、学習と言えば家に招かれた教師から受けただけで、学校という存在に全く縁が無かったので、浮いていたりはしないかとちょっとどきどきしています。それでは、よろしくお願いいたします」
そう言ってから佑がぺこりと生徒たちに向かってお辞儀をする。その隙に蒼藍は教室内にいる生徒たちをぎらりと睨みつけた。こんな可愛らしい自己紹介をされ、もし万が一にも佑に妙な虫が付いたら事だ。佑がお辞儀をしてから頭を上げるまでの間に蒼藍はクラスメイトたちを鋭い目で見回した。
ぱっと頭を上げた佑が生徒たちの方を見て不思議そうな顔をする。蒼藍は素知らぬ顔をしてにこりと微笑み、担任教師なる女教師を見た。
「ぼくたちの席はどこですか?」
「あ、あの」
飛び級試験の折、蒼藍は細工をして二人が同じクラスになれるようにした。その時に蒼藍の細工にまんまと嵌ったのがこの女教師だ。まだ年若い女教師はおどおどとした様子で窓際の一番後ろに並んだ空席を示してみせた。
「じゃあ、行きましょう。佑さん」
にっこりと笑みかけて蒼藍は佑の手を取って示された席に向かった。教室内にいる生徒たちは皆、怖々と蒼藍たちの様子を伺っている。
「蒼藍、わたしをエスコートでもしているみたいに見えるわよ」
苦笑を浮かべた佑が小声で言う。蒼藍はちらりと佑を振り返って肩を竦めた。
「ぼくにエスコートされるのは嫌ですか? それなら手を離しますけど」
そう言いつつも蒼藍は広々とした教室を迷いのない足取りで進み、示された一番後ろの席に辿り着いた。
「いいえ、ありがとう」
にっこりと笑った佑に微笑み返し、蒼藍は窓際の席の椅子を引いた。どうぞ、と促すと困ったような顔をしつつも佑が大人しく腰掛ける。それを見届けてから蒼藍は佑の隣の席に着いた。
「今度は、同じクラスになっちゃったわね」
担任の女教師が今日の注意事項なるものを読み上げている間に、佑が小声で言う。複雑な顔をする佑をちらりと横目に見てから蒼藍は肩を竦めた。
「佑さんはぼくと同じクラスは嫌ですか?」
ごく小さな声で答えながら蒼藍は鞄から教科書を引っ張り出し、机の中にしまい込んだ。
「そういうわけじゃないの……」
呟くように言って佑が憂いのある顔をする。蒼藍はちらりと佑を伺ってから正面を向いた。クラスメイトたちは怖々とした態度ではあるが、こちらをちらちらと伺っている。蒼藍はわざわざ振り返って二人のことを確かめようとした連中をぎらりと睨みつけた。
「あ、あの、それでは蒼藍さんと佑さんのお世話役を」
「必要ありません。注意事項及び必要事項は入寮時のパンフレットと飛び級試験時に配布される冊子で確認しました。問題があればこちらから申し出ますので」
女教師のおどおどとした言葉に蒼藍はぴしゃりと言い返した。すると隣の席に着いていた佑が慌てたように蒼藍と教師とを見比べる。
「蒼藍。どうして、そんなふうに喧嘩腰になるの? 知っていればそれで良いというものでは無いでしょう?」
困ったような顔をして佑が言う。蒼藍はじっと佑を見てからため息を吐いた。
「佑さんにはお世話役が必要ですか?」
女教師は教卓のところに立って怖々とこちらを伺っている。クラスメイトたちも似たような態度でこちらを見ている。出来れば佑を誰かに世話されたくなどないのだが、佑自身が望むなら仕方がない。蒼藍は眉を寄せて教室内の彼らを眺めてから佑に目を戻した。
「はい。よろしくお願いいたします」
佑がにっこりと笑って女教師に頷いてみせる。すると女教師は目に見えて嬉しそうな顔をした。どうやら佑にはクラスメイトの女子生徒がつくらしい。そのことを話してから、女教師は口早に今日の注意事項をまとめて教室を出て行った。
怖々とクラスメイトたちが二人を遠巻きに見る。蒼藍は面白くない気分で彼らを冷めた目で見た。その中から一人、大人しそうな女子生徒が二人の席に近付いてくる。蒼藍はため息を吐いて席を立った。
「それじゃあぼくはちょっと出ていますから」
「蒼藍……」
少し気落ちしたような顔をして言ってから、佑が女子生徒に向き直る。
「お世話になります。よろしくお願いいたします」
そんな佑の声を聞きながら蒼藍は世話役の女子生徒と入れ替わりに自分の席を離れた。遠巻きにしていたクラスメイトたちの輪が、蒼藍が進むにつれて左右に分かれる。蒼藍はじろりと彼らを睨んでから教室を出た。
次の授業は魔法工学だ。蒼藍は渋い顔をして廊下の壁に寄りかかり、腕組みをした。蒼藍が出て行ったから安心したのか、教室の中から生徒たちの賑やかな声が聞こえてくる。蒼藍はしかめ面をしてそっぽを向いた。
蒼藍は真面目に言ってるんですけども。
佑は冗談だと思ってます。