料理を並べるたびに桂が嬉しそうな歓声を上げる。佑は味噌汁の入った椀を透明なテーブルに乗せて胸を張ってみせた。
「うん。大丈夫、いいお嫁さんになれるわよ!」
佑は無邪気に笑ってそう言った。するとその途端に桂がしょんぼりと肩を落とす。どうやら嫁、という単語から自分の境遇をつらつらと思い出したらしい。そのことに気付いて佑は慌てて手を振った。
「大丈夫よ。桂ちゃん可愛いし、そのうち良い出会いもあるって」
そう言いながら佑はテーブルを挟み、桂の正面の椅子に腰掛けた。桂の部屋は寮の中でも大きいらしく、キッチンとリビング、それに寝室が全て別々になっている。勿論バスルームやトイレなどは備わっており、快適に暮らせるように様々な機能が付けられている。
「私が好きになった人は、皆、奥さんがいるんです」
桂が少し俯いて小声で言う。それを聞いた佑はふむふむ、と頷きながら心の中では別のことを考えていた。
要チェックね、面白可愛くても水輝さんは渡さないからっ!
そんな佑の心の声に気付かないのか、桂がため息を吐いてテーブルの上のフォークを取る。いただきます、と行儀良く挨拶をする桂の前には純和食が並んでいる。桂はハイブリッドの研究の一環で部屋にたくさんの『下』世界の食材を蓄えていたのだ。
「料理はいつ覚えたの? きちんとしたキッチンがあって驚いた。寮に住んでるのも驚いたけど」
はあ、と返事をして桂がフォークをテーブルに戻す。
「料理は学生時代から、研究の一環で始めたんですけど気に入って。寮の部屋は表向きは、実家の援助で特別扱いしてもらってる、事になってます」
そういう人は実際にいるし。そう付け足した桂を見つめて佑は首を傾げた。
「表向きって、ことは裏があるってこと?」
感じたままに訊ねると桂が少し困ったような顔をしてから頷く。桂は名門と言われる瑞原家の生まれだ。瑞原家には莫大な資産がある。子を作れない身体の桂は家族中から疎まれてはいたが、彼らは家の名に恥じぬコースを歩んでいた頃の桂にはそこそこ資金援助はしてくれていたらしい。が、ひとたび桂が出世コースを外れた途端に瑞原家の人々は援助をぴたりと打ち切ってしまったのだという。
そんな桂に援助を申し出てくれたのは、プロジェクトを支援している『塔』上層部だった。彼らのおかげで桂を取り巻く環境は整えられた。今はそのプロジェクトも『塔』内外で話題になっており、その途端に桂の実家である瑞原家も態度をころりと変えたらしい。その話を聞いて佑はなるほど、と頷いた。
「表向き、私を機械化人とするプロジェクトはネクスジェン計画Mと呼ばれてます。ネクスジェン計画は他にもあるけど、詳細は知らないです」
小声で語りながら桂がフォークで器用に煮魚をばらす。その手元をしばし見守ってから佑は茶碗を取り上げた。
「ネクスジェン……。次世代って意味よね。なるほど、そっかそっか」
真剣な顔をして佑は考えを巡らせた。優一郎の言っていたことが心に引っかかっている。桂はディザブラだと優一郎は言っていた。そしてこの世界の出生率は年々減少している。桂だけではなく、子を作れない成人は増えつつあるのだ。
そんな中で打ち出されたプロジェクトは彼らにとっての希望だったのかも知れない。現にプロジェクトの話題は『塔』を出て、勝手に一人歩きしている感もある。
「私が機械化人だということは、機密レベルBに指定されてます。関係者以外は知りませんし、知らせたり知ったりすれば罰則があります」
そう説明しつつ、桂は味噌汁を啜った。その目が不安そうに佑を見つめている。その視線に気が付いて佑は微笑みを浮かべた。桂は恐らく佑のことを心配しているのだ。
「だいじょぶ、だいじょぶ。ほらほら」
気軽に笑って佑はスカートのポケットから身分証を取り出した。カード型の身分証には佑の顔写真が貼られ、所属部などが記載されている。佑の示した身分証の所属は作戦部とは別の部署になっている。それを見た桂が納得した顔をして何度か頷く。
「噂でしか、聞いたことありませんでした。実在、するんですね」
そう言った桂に頷き返して佑はポケットに身分証をしまいこんだ。
話をしながら食事を終え、後片付けをしてから二人はお茶を飲み始めた。桂の趣味は徹底しているらしく、いれてくれたのは摘み立ての紅茶だった。
「美味しい……。本当に……と」
いいお嫁さんに、と言いかけて佑は口を噤んだ。すると桂が困ったような顔をして微かに笑ってみせる。そんな風に笑うと桂はとても綺麗に見える。生身の頃の身体と同じ形に作ったそうだから、きっと前の桂も同じように美人だったのだろう。佑とはタイプが違い、桂の美しさはどちらかというと可愛い、というものに近い。
かといって桂が子供っぽいわけでもない。強いて言うなら人形を思わせる可愛らしさというのだろうか。だが、奈月という名の女性とは違って目を惹く派手さはない。水輝がやたらと執着する奈月のことを思い出して佑は考えを巡らせた。
桂は機械化人ですが、これまでに書いてきたヒューマノイドとは違います。