机についた優一郎はがっくりとうなだれていた。頭を抱えてしきりに呻く優一郎を気の毒そうな顔をして研究員たちが見る。電信で回ってきた指令の内容は彼らも知っているのだ。
それでなくても昨日は寝られなかったのに。水輝が去った後、何度仮眠室で寝ようとしても優一郎は朝まで寝ることが出来なかった。仕方なく寝ないままでシャワーを浴び、支度を整えて研究室に戻った優一郎を待ち構えていたのは上の指令だった。
「桂さんの出勤予定はどうなってる?」
のろのろと顔を上げ、優一郎は傍の机についた女性研究員に話しかけた。研究員たち全員のスケジュール管理をしている女性が頷いて端末画面を覗き込む。
「今朝は通常勤務になっていますから、そろそろ来ると思うんですが」
そう、女性が言った時、タイミングよく研究室のドアが開いた。入ってきた桂に自然と研究室にいた全員の目が集まる。挨拶をしようとしていたのだろう。入り口のところで立ち止まった桂が怖々と彼らの顔を伺う。
「桂さん、ちょっと話したいことがある。ミーティングルームBへ行こう」
席を立った優一郎は入り口のところで固まっていた桂を促しつつ、研究室の奥の扉に向かった。慌てたように頷いた桂が足早に優一郎に近付く。優一郎は黙って扉を開け、廊下を進んで二つ並んだ部屋の片方のドアを開けた。戸惑った顔をしている桂を促してから優一郎は部屋に入ってドアを閉めた。
「総管理局から、辞令が届いている」
桂をソファに促してから優一郎は緊張した面持ちでそう言った。ソファに腰掛けた桂が戸惑いつつも頷く。優一郎は静かに桂の正面の位置に腰を下ろした。
「作戦部に出向し、本日より開始される第三群二百六十七番界での作戦に従事すること。ただし、当該作戦への参加の可否は技術部下第二十三研究室および本人の判断に委ねる」
すらすらと優一郎が辞令を口にすると、桂があんぐりと口を開けてその場に硬直する。桂が驚くのも無理はない。何しろ技術総括局に所属する者が急に総管理局に出向になるなどという例は今までに聞いたことがない。
「君がいずれ現場のほうにも出たい。幅広い経験を積みたいという志望を持っていることは最初の面接の時に聞いている」
あくまでも冷静さを保ちながら優一郎は説明を続けた。が、内心気が気ではなかった。何しろ参加するようにと辞令が出されたのはあの三群なのだ。三群は龍神と呼ばれるハイブリッドが当たり前に存在する世界だ。
「はっきり言おう、僕は君が作戦に参加するのは時期尚早だと思う。確かに君の動作は安定している。訓練メニューも順調にこなしている。しかし……」
そこまで言って優一郎は口を噤んだ。桂は緊張した面持ちで優一郎の話に聞き入っている。
「実際に作戦に耐えられるとは、思えない」
特に第三群では。そう続けて優一郎は渋い顔をした。自分が長く暮らしていた三群だからこそ、優一郎にはその環境が今の桂には耐え難いことが判っていた。三群と呼ばれる世界はハイブリッドが大量にいるためか、どこもかしこも危ういバランスを辛うじて保っている状態だ。おまけにやれ魔法だ何だと、人智を超えた力が当たり前に存在する。しかもその力の使い手は世界のバランスなどに目もくれず、したいことをしたいように、わがままに突き進む性格の者が殆どだった。つらつらと自分の体験を思い出しながら優一郎はぐっ、とこぶしを握りしめた。
「博士。私、やってみなければ、わからないと、思います」
それまで黙っていた桂がはっきりとそう言う。優一郎ははっと我に返って俯きかけていた顔を上げた。凛とした表情で桂は真っ直ぐに優一郎を見つめている。
「確かに。ミッションによっては楽に終わる可能性もある。だけど君はパートナーの問題もある。機械化人と組んで、緊急時に対処できる人材はまだ居ない」
優一郎は難しい顔をして食い下がった。白衣のポケットから携帯端末を取り出し、作戦にあたる他の参加者の項目を手早く表示させる。そこに佑の名前を見つけた優一郎は仰天して目をむいた。
「いったい……どうして?」
困惑して優一郎は思わず呟いた。佑が水輝と一緒に作戦にあたらないのは判る。今の水輝は作戦部からの仕事を満足に請け負える状態ではない。が、この作戦の内容は極秘とされ、どうも掃除が目的ではないらしいのだ。そんなところになぜ佑が派遣されるのだろう。
「私、参加したいです。許可をお願いします」
少し身を乗り出して桂が真剣な顔をして訴える。優一郎は端末画面と桂を見比べて眉を寄せた。確かに佑ならヒューマノイドの知識はあるし、非常時にも対処は出来るだろう。
「まさか、佑が……いや、彼女にそんな権限やコネは一切ないはずだし」
独り言のように優一郎は口の中で呟いた。その間にも桂が懸命な顔つきで優一郎にお願いしますと訴える。
「わかった。ただし、くれぐれも無茶はしないように。以上」
かたい声でそう言ってから優一郎は立ち上がった。ぱっと明るい顔をして桂が立ち上がって頭を下げる。優一郎は釈然としない気分に陥りつつ、その部屋を後にした。作戦を引き受けるとなった以上、急いで支度をしなければならない。優一郎は桂に支度を整えて作戦部に向かうように言ってから自分の席に戻った。
行ってきますと挨拶した桂が慌ただしく研究室を出て行く。そんな桂を見送ってから優一郎は深々とため息を吐いた。うなだれた優一郎の視界にふと、コーヒーカップが割り込んでくる。
「どうぞ」
気遣うような表情をして女性研究員が小声で言う。優一郎はありがたくコーヒーカップを受け取り、濃いコーヒーに口をつけた。
「逆に良かったかもしれないね」
優一郎はほっと息を吐いてから小声で言った。コーヒーを出してくれたのは矢野祥子という名の女性研究員だ。祥子はこの研究室に詰める研究員たちのスケジュール管理もしているが、こうして優一郎にコーヒーなどを入れてくれる秘書的な役も務めている。
「そうですね。三群はハイブリッドが大勢いますし、彼女の研究にも良かったのかも知れません」
穏やかな口調で言って祥子が微笑む。何となく優一郎が微笑みを返した時、研究室のドアがノックされた。優一郎が返事をすると静かにドアが開き、見慣れない女性が姿を現す。
一応、ここから二章です。
部と章で分けさせてくれると嬉しいんですけどね……。