「後、これを見ていただけます?」
そう言って女が胸元に手を入れ、服の中から折り畳んだ紙を取り出す。差し出された紙を仏頂面でさらい、水輝は急いで紙を開いた。そこには人名と所属が手書きで記されている。
「何だ、これ。おれの客リストかよ」
「ここ二週間、足を棒のようにして調査した結果ですわ」
そう言って女が胸を張る。よく調べたな、と一応は誉めてから水輝は紙に目を戻した。だがどうやら客の全部が記されているわけではないようだ。並んだ人名のリストの中に載っていない者も水輝はこれまでに相手をしたことがあった。
「といっても、わたくしは調査は苦手ですの。つい先日、エージェントとしては失格を言い渡されましたわ」
そう言った女が少し複雑そうな顔をする。ふうん、と答えて水輝は紙を元通りに折り畳んだ。差し出すと女がそれをまた服の中にしまい込む。
「で? それが何だよ。結局、何が言いたいんだ?」
「もうひとつ、こちらのリストを見ていただけます?」
女が今度は服の中から一枚のカードを取り出す。女がカードを端末にセットし、操作すると画面に表が現れる。さっきの紙と同様にそこには人名と所属の書かれたリストが表示された。さっきのリストと一部重複しているが、画面に表示されたリストには水輝の知らない名前も多く並んでいた。中には『塔』の重要なポストに就いた客の名もある。
「これが何のリストかわかるかしら?」
「さあね」
すげなく言いながら水輝はリストに表示された名前をじっと見つめた。
「ハイブリッド排斥派。まだ、具体的に活動を行っているわけではありませんけど、そういう思想を持っている者達のリストですわ」
「なーるーほーどー……」
間延びした声を漏らして水輝は目を細めた。リストの中にはあの都賀の名前もある。あのおっさん、涼しい顔してそんなこと考えてやがったのか。心の底で呟いて水輝は女に目を移した。
「それで? あんたはわざわざ忠告するためにおれに話しかけてきたのか?」
「いいえ。警告ですわ」
「これ以上、派手な行動は控えろってか?」
屈めていた身を起こして水輝は低い声で言った。そう言えば昨日、優一郎も妙なことを言っていた気がする。アルバイトをしないと約束しろとか何とか言っていなかっただろうか。
「リストに重複のあった者は、ハイブリッドには人権は必要ない。本来の用途、性の玩具として扱うべきだと主張しておりますの」
脳が膿んでるとしか思えませんけど、主張するのはとりあえず自由と言うことになってますから仕方ありませんわね。そう言って女が肩を竦める。水輝は傍の椅子を引いて腰掛け、微かに笑った。
「いや? 別に変じゃないさ。元々、そういう用途で造られたんだしなー」
だがそれは最初の個体だけだった。水輝は端末画面を眺めながらそう続けた。すると女が頭を抱えて深々とため息を吐く。
「いや、どうしてやろうかとか思われてもなあ。最初はそうだったってだけで、今はそうじゃないのは判るんだけどな」
女が強烈に流してくる思考を読み取り、水輝は眉間に皺を寄せて言った。女がのろのろと顔を上げて横目に水輝を睨むように見る。水輝は肩を手で揉みほぐしながら首を回した。
「そもそも三群ってのは、ハイブリッドを捨てるごみ箱として造られたんだよ。奴ら、造ったはいいが玩具にするのに飽きて、しかも変な力持ってたし、怖くてハイブリッドを捨てることにしたわけだな」
当時のことを思い出しながら水輝は話した。問題の三群に放り込まれた瞬間にこの『塔』にいた頃の記憶は封じられた。そのために三群にいた頃の水輝にはここの記憶はなかった。
「あなたはそれを知っているでしょうし、わたくしも、わたくしの上司もそれを知っていますわ。ですけど……」
そう言って女がリストを指差す。
「ま、そいつらも当のハイブリッド種も知らんわなー」
間延びした声で言って水輝はため息を吐いた。何でこう、ここの住人たちは同じことを繰り返そうとするのだろう。
「このリストの中にある者の中には、あなたとの関係を吹聴してまわることで、自説に説得力を持たせようとしているものがおりますの」
「なるほど。で? 結局何なんだよ。おれにアルバイトするなってことか?」
のんびりと言って水輝は頭の後ろに手を組み、背もたれに身体を預けた。そうなると餌がなー、とぼやいた水輝を女が嫌そうに見る。
「客を取るときに、その主張を調べるとか、信用できる相手のみを選ぶとか、そういう防御策を講じてらっしゃったなら文句を付けることもありませんわ」
「いや、おれの場合は調査を兼ねてたんでな。相手は選べないんだな、これが」
よっ、とかけ声を掛けて水輝は身体の向きを戻した。やれやれとため息を吐いてポケットを習慣的に探る。煙草を切らしていたことを思い出して水輝はめいっぱいに顔をしかめた。
「何か、考えがあっての行動でしたら、協力はするとうちの上司は申していますの。同僚にも、ハイブリッドがいます。わたくしなんかと違ってとても優秀な調査員ですわ」
「んー」
眉を寄せて水輝はジーンズのポケットを探った。端末が入っている方とは反対のポケットを探ってカードを二枚取り出す。怪訝そうな顔をした女の手に水輝は二枚のカードを押しつけた。
「こっちが医療局の、で、こっちが情報局」
説明しながら水輝は二枚の身分証明カードを指差した。どちらの名義も水輝のものになっているが、所属部署が全く異なる。
「これは……」
そう呟いて女が服の中から小型のカードチェッカーを取り出す。それを見た水輝は思わず眉を寄せた。どうでもいいが、この女は服の中に幾つの道具を入れているのだろう。
「両方、本物ですの? まさか……」
カードチェッカーにカードをかざした女が呟く。水輝は女の手からひょい、とカードを取り上げた。
「あと二枚くらいあったかな? 全部本物に決まってんだろ」
「なるほど、わかったですの。そういうこと……。晃一さまのおっしゃっていた仮説の通りだとするなら……」
女が神妙な顔でぶつぶつと口の中で呟く。それを聞きながら水輝はさっさとカードをポケットにしまいこんだ。
「もうしわけありません。今のは聞かなかったことにしていただけますかしら?」
「いや、別にいいけど? それより、あんたの服には三群の煙草とか入ってないか?」
上目遣いに伺う女の胸元を水輝は無遠慮に覗き込んだ。
「一つ星でしたら」
「セブンスター希望」
水輝はにっこりと笑って要求した。すると女が少し眉を寄せて首を傾げる。女はカードチェッカーを服の中にしまい込み、ごそごそと胸元を探った。取り出された煙草は水輝がよく見る銘柄の箱とほぼ同じデザインだった。
「幾ら? 買うけど」
そう言いながら水輝はポケットからチップを取り出した。
「お金はいいですわ。代わりに今日の事は忘れていただくというのはどうかしら?」
「あー……それはどうかなー」
煙草をありがたく受け取りながら水輝は口許に微かな笑みを浮かべた。すると女がぎくりと肩を竦める。煙草を咥え、火を点けて煙を吐き出したところで水輝はにやにやと笑って女に目をやった。
「というか、忘れなければならないのはわたくしのほうですわね」
神妙な表情をして女が言う。水輝は面白いものを見る気分で女を眺めた。
「いや、大したこと喋ってねえから、おれ。それにあんたの喋ったことも触れ回る気、ねえし」
のんびりと言いながら水輝は机に肘杖をついた。今日の最初のバイトがふいになってしまったのなら、もう少しこうしている時間はある。
「もし、今回の件が原因で、うちの上司を殺さなければならなくなったなら、わたくしも一緒に」
真面目な顔をして女が言う。それを聞いた水輝は思わず吹き出した。
「殺しなんて物騒なこと、滅多にしないって。処分を下すのは上だからな。それにあんたの上司は結局、おれと寝てねえんだし、処分のしようもないだろ」
くすくすと笑いながら水輝は女の顔を覗き込んだ。女はすっかり萎縮しているのか、困惑した顔をして水輝を見る。
「ほんとうに、とぼけた方ですのね。ですけど、あとひとつだけお願いがありますの」
「別にとぼけてるつもりはないんだけどなあ……。で? 何だよ?」
水輝は人の悪い笑みを浮かべて顎をしゃくった。すると女が唐突に振りかぶって水輝の頬を平手で打った。
「あんたの行動のせいで、謂われない中傷を受けて悔し涙を流したマブダチの代わりだよ!」
「いてえなあ……。最初からそうやって殴れば良かったろ」
切れてしまった唇を押さえ、水輝はため息を吐いて立ち上がった。憤然とした顔をして女が立ち上がる。
「理性と、感情は別ですの。ただの自己満足ですわ」
だからこそ、諜報員失格なのですわね。きっと。女が小声で続ける。ふうん、と呟いて水輝は唇に挟んでいた煙草を床に落として踏みつぶした。
「まあ、そのマブダチとやらに言ってやったらどうだ? もうじき、ハイブリッド種って呼ばれることはなくなる」
そんじゃ、と手を上げて水輝は踵を返した。
「期待して待っています」
にっこりと笑う女に背を向けたまま、水輝はへえへえと返事をした。部屋を出たところでしかめ面をして唇を指で拭う。噛んで切れてしまった唇を舐めてから水輝は歩き出した。
愛華、キレるw
水輝の態度にはキレてもいいと思う!