※この作品はR-18です。

再生の日   作:伊駒辰葉

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再生の日、始まりました。
エロシーンはありません。


第一部 檻の中から
はじまりは喧嘩から 1


 食堂の一角がざわめく。疲れた身体を引きずるようにして歩き、食堂のカウンターにカードを置こうとしていた優一郎は、声に惹かれて何気なくそっちを見た。『塔』の二階にあるこの食堂は一日中営業しており、どんな時間帯でも食事が出来るようになっている。丁度、昼時間ということもあって食堂にはたくさんの人がいる。優一郎は何となく気になってざわめいた食堂の隅に近付いた。

 

「殴ることないだろう!?」

「うっせえ! こら、離せよ!」

 

 悲鳴混じりの声に続いた怒声を聞きつけた優一郎はぴたりと足を止めた。やっぱり、と呟いて思わず呻く。どうやらざわめきの原因は誰かの喧嘩にあるらしい。しかもその喧嘩をしている片方の人物を優一郎は嫌というほどよく知っていた。

 

 周囲にいる者たちはいつものことと楽しんでいるのだろう。ざわめきの端ではどちらが勝つか、賭けまで始まっているようだ。娯楽の少ない仕事場で、彼らが気晴らしを出来るいい刺激になってしまっているらしい。やれやれ、と呟いて優一郎は人の間を縫って問題の騒ぎの中心になっている二人に近付いた。

 

 さっき悲鳴を上げたらしい男は白衣を身に着けていた。殴られたらしい頬を押さえる若い男の周囲には、やはり白衣を着た数人の若い男がいた。どの顔も優一郎には見覚えがなかった。どうやら新しく『塔』に配属になった新米の研究者たちらしい。

 

 もう一人の方は周囲の者たちに身体を押さえられ、我満ならないという風に暴れようともがいている。優一郎に覚えのある声で喚いたのはこっちの人物だ。青い双眸に青い髪が特徴的なこの若い青年の名は水輝と言う。

 

「親が上にいるのがそんなに偉いかよ!? あ!?」

 

 唾を飛ばしかねない勢いで水輝が叫ぶ。それを聞いた優一郎は額を手で押さえて呻いた。どうやら床にへたり込んでいるこの若い連中が、水輝に一方的に喧嘩を売ったらしい。確かに水輝はここではやたらと目立つし、気が短いのでこうした諍いも絶えず起こる。その上、下手をすると水輝は十代半ばの少年にも見えるのだ。水輝のことをよく知らない者が舐めてかかって喧嘩になる、ということがこれまでに何度もあった。

 

「くそ。実験動物の分際で生意気なんだよ」

 

 よっぽど水輝に殴られたことに腹を立てていたのか、若い男が憎々しそうに顔を歪めて吐き捨てる。あー、と優一郎が力ない声を漏らすより早く、水輝の姿がその場からかき消える。

 

 次の瞬間、水輝は床にへたり込んでいた三人の目の前に突如現れ、もの凄い速さで三人を次々に蹴り飛ばした。さすがにさっきの男の言葉に周囲も呆れたのか、そんな水輝を止めようともしない。

 

「保安部は何をしている! さっさと止めんか!」

 

 唐突に別の方向から鋭い声が飛ぶ。まだ殴り足りなかったのか、再度三人に殴りかかろうとしていた水輝を周囲の者が慌ただしく止める。ざわめく人の輪をくぐって現れたのは、白衣を着た一人の男性だった。

 

 男性に命じられて現れた保安部の連中が慌ただしく駆け寄り、三人を次々に捕らえる。男性がそんな三人を呆れたような眼差しで眺め、次いで離せと暴れている水輝に目を転じる。

 

「少し騒ぎすぎではないかね?」

「うるせえよ! てめえの息子だろうが! あれ!」

 

 しかめ面で言った男性に水輝が怒声を叩きつける。水輝を聡そうとした男性は『塔』本部技術総括局、技術開発部をとりまとめる役職についている。その相手に向かって平然と喚く水輝を周囲の者たちが怖々と見る。

 

「血の繋がりに大した意味はなかろう」

 

 男性が水輝にそう答えてから視線をずらす。人に紛れるようにして立っていた優一郎は男性とまともに目を合わせて、しまったと心の底で呟いた。

 

「おや。吉良博士。いらしたんですか」

 

 穏やかな笑みを浮かべて男性が言う。するとその場にいた人々の視線が一気に優一郎に集中した。水輝を押さえている数人の助けてくれ、と言わんばかりの視線に耐えられず、優一郎は仕方なく人の輪の中心に一歩出た。

 

 穏やかな風貌の男性の名は都賀という。優一郎は都賀に軽く会釈をしてから水輝に目をやった。すっかりへそを曲げてしまっているらしく、水輝はふて腐れた顔でそっぽを向いている。

 

「吉良博士からも言ってやってくれませんか。近頃の彼の行動は目に余る」

 

 困ったような顔をして都賀がため息を吐く。すると水輝が剣呑な目で都賀を睨んだ。元々、技術局と管理局に属する作戦部はあまり仲がよくない。上層部でもいざこざが絶えず、そのためか下に就く者たちも事あるごとに意見を衝突させる。こんな風に派手に喧嘩をしないまでも、陰湿なちょっかいの出し合いは今に始まったことではないのだ。

 

「あっちが先に絡んで来たんだろうが。んだから保安部の連中にしょっ引かれたじゃねえか」

 

 この食堂に限らず、『塔』の内部には至る所に監視用のカメラが備え付けられている。そのため、こうした喧嘩などが起こると素早くデータが解析され、保安局が問題ありと判断した者が逮捕される。先の三人組はそれほど長く拘留されはしないだろうが、ペナルティを食らうだろう。勿論、暴力を揮った水輝にもペナルティは課せられる。

 

「どちらが悪いと言っているのではなく、騒ぎを起こすなと言っているのだがね」

 

 まるで子供に諭すような口調で都賀が言う。優一郎が思った通り、水輝が嫌そうな顔をして都賀を睨む。水輝は少年のような年頃の姿はしているが、この『塔』ではかなりの古株なのだという。その話を優一郎はここに来て色んな者たちから聞いた。

 

「はいはい、判った。判りましたよ。すみませんね、おれが悪かったです」

 

 ため息を吐いてそう言ってから水輝が身体を押さえていた数人を振り返る。水輝がこれ以上暴れないと判ったのだろう。動きを抑えていた数人が頷いて手を離す。

 

「以後、気をつけたまえ」

 

 どうやら納得したらしい。都賀は水輝にそう言ってからその場から離れていった。周囲に集まっていた者たちが離れていく。水輝がけっ、と喉の奥で言って傍のテーブルにつく。

 

「別に見てて楽しかねえだろ」

 

 ぼそりと言って水輝が傍にいた優一郎を見る。

 

「そうですか?」

 

 笑い混じりに言って優一郎は水輝の前の椅子を引いた。怪訝そうな顔をした水輝が食事の手を止め、まじまじと優一郎を見る。だがすぐに水輝は目の前の皿に目を戻した。水輝の前にある皿は少し深く、中には珍しい食べ物が入っていた。この『塔』に来てからしばらく経つが、ラーメンをここで見たのは初めてかも知れない。懐かしさに思わず感嘆の声を漏らした優一郎を水輝が上目遣いに見る。




この話はアップしようかどーしようか迷いました……。
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