BL警報です!
気分転換のために通信を入れたら理子に怒られた。
もう! パパ、今何時だと思ってるの! 胎教には睡眠が必要なの! おやすみ!
早口でまくし立てた理子の声が耳に残っている。切ない気分で優一郎は深々とため息を吐いた。おかげで気分転換どころか、気分は余計に滅入ってしまった。優一郎は陰鬱な面持ちで端末画面に目をやった。
例のわいせつ映像は水輝の忠告通りに消す前に調べた。そのファイルには時間が経つと自動的にマシンのデータをデリートするウイルスが仕掛けられていた。そのことを知った優一郎は自分の端末と、そして隣席の祥子の端末から問題の動画をさっさと消した。勝手に端末をいじったことは明日祥子に詫びなければならないが、ウイルスの仕掛けられた動画をいつまでも残しておくよりはましだろう。
優一郎は机に肘杖をついてぼんやりと考えを巡らせた。あの時の水輝の態度がどうも引っかかる。
「水輝さんも……。まさかね」
そう呟いて優一郎は苦笑した。そろそろ、最終結論を出さないと。そう心の中で呟いて優一郎は遠い目をしてため息を吐いた。
ドア越しに足音が聞こえてくる。その音を聞いて優一郎は眉をひそめた。慌ただしく人が何人もドアの向こうを過ぎる音がする。訝りを覚えた優一郎は立ち上がってドアに歩み寄り、少しだけドアを開いた。隙間から覗くと廊下を行く何人もの若い男の姿が見えた。ドアの隙間から見つめる優一郎に気付いた様子はなく、慌ただしく男たちが過ぎる。その中の数人の白衣の裾に赤いものを見つけた優一郎は思わず息を飲んだ。
研究室の前を男たちが走り去った後、優一郎はドアを大きく開けて駆け出した。なにか嫌な予感がする。
「あの、場所だ」
ひらめくものを感じて優一郎は男たちが来た方に向かった。辿り着いた倉庫のドアを慌ただしく開け、中に駆け込む。焦る気持ちを堪えて優一郎は慎重に中二階へのはしごを昇った。
倉庫の奥に辿り着いた優一郎は真っ青になった。床のあちこちには真っ赤な血溜まりが出来ている。飛び散った血の中央には裸の水輝が倒れていた。その傍には血に塗れた包丁が転がっている。
「水輝さんっ!」
優一郎は悲鳴に近い声で呼んで水輝に駆け寄った。血で汚れるのも構わず水輝を抱え、唇を塞ぐ。青白い顔をした水輝の唇は異様に冷たくなっていた。唇を介して治療の力を送り込むと、水輝が微かに呻く。
水輝の身体にはあちこちに傷があった。だが昨日のような打撲だけではない。中には明らかに刃物で斬りつけた跡があった。そして腹には突き刺した跡がある。恐らくさっきの連中が面白半分に水輝を傷つけたのだろう。
優一郎は水輝の唇を塞いで力を送り込んだ。少しずつ水輝の唇に体温が戻ってくる。傷は塞がったが、出血の量が多かったらしい。顔色が戻っても水輝はぐったりと優一郎に身を預けている。
優一郎は手早く水輝の身体を白衣でくるんで抱え上げ、急いで倉庫を出た。研究室の隣の仮眠室に水輝を運び込む。ベッドにそっと横たえると水輝が微かに身じろぎをする。優一郎は急いで水輝の手足から針金を取り去り、ペニスを結わえていたものも外した。すると水輝が苦しそうに顔を歪めて微かに呻く。
「水輝さん、すぐに治します」
そう囁きかけて優一郎は水輝のペニスを口に含んだ。その瞬間、水輝がぴくりと身体を震わせる。優一郎は傷ついた水輝のペニスにまんべんなく舌を這わせた。時折、水輝が苦しげな息を吐いてはひくりと身体を震わせる。優一郎は治療の力を送りながら、ペニスをしゃぶり続けた。
「う……」
微かに呻いた水輝がのろのろと手を上げて股間に顔を埋める優一郎の頭をそっと撫でる。
「水輝さん?」
優一郎は顔を上げて小声で呼んだ。だが水輝は黙っている。どうやら無意識に優一郎の頭を撫でたらしい。顔を上げた優一郎の頭の上から水輝の手が力なく落ちる。
とりあえずは、これで大丈夫かな? 水輝の傷の具合を確かめて優一郎はそっと身を起こした。
これで確定かな。もう迷う要素はない。
そう心の中で呟いて優一郎は微かに嗤った。やがて水輝が呻いて薄く目を開ける。ぼんやりとした目で天井をしばし見つめた後、水輝が優一郎を見る。そこで水輝は深々とため息を吐いた。
「悪い」
掠れた声でぼそりと言って水輝は急に身を起こした。
「水輝さん。僕はちょっと甘かったようです」
「なにが」
そう言って水輝は周囲に目をやる。どうやら服を探しているらしい。ないことに気が付くと、水輝は血だらけになった白衣を身体の下から引っ張り、それを強引に着込んだ。
優一郎はその場に力を寄せて水輝の服を再構成した。すると水輝が眉を寄せてどうも、と低い声で言って宙に現れた服を両手に受け止める。のろのろと白衣を脱ぎ、水輝は服を着始めた。
「茶番に付き合うことをですよ」
そう言って優一郎は薄く嗤った。水輝が着替えの手を止めてまじまじと優一郎を見る。
「……熱でも出たか?」
ぼそりと呟いて水輝が着替えを再開する。下着を着け、シャツを着込み、ジーンズを穿いて水輝はベッドの端に座り直した。
「水輝さんをこんな目にあわせてまで、ここを維持する必要はないと思った。それだけです」
「こんな目って大したことねえだろ。あっちにいた頃に比べたら、蚊にさされたみたいなもんだし」
ぶっきらぼうに言って水輝がジーンズのポケットを探る。携帯端末を取り出したところで水輝がまたジーンズのポケットを探ってぴたりと動きを止める。
「……やば。落としたか」
小声で呟いて水輝があちこちのポケットに順繰りに手を入れる。優一郎は背中に回していた手を水輝の前に差し出した。指の間に挟んでおいたコイン型のチップをかざしてみせる。
「水輝さん、どうされました?」
驚いたような顔をしていた水輝が眉間に皺を寄せて優一郎の手からチップをさらう。
「落としたかと思っただろうが」
「水輝さん……」
「なんだよ」
端末にチップを入れながら水輝が不機嫌な声で言う。
「水輝さんが、どういう考えがあって、動いているかは、僕にはわかりません」
「迷惑をかけてることは謝る。悪い」
仏頂面で言い、水輝が端末画面を見ながら舌打ちをする。それから水輝は無造作に優一郎に携帯端末を放った。優一郎は怪訝に思いつつも端末画面を覗き込んだ。そこには人の名前がずらりと並んでいた。
「だから、迷惑なんじゃありませんってば!」
「迷惑だろ。おれの性癖のせいで妙な噂はされるし、変な画像で醜聞は流れるしな」
指折り数えながら水輝が言う。
「そんなことは些細なことです。問題は……」
「まあ、待ってろって。そのうち、その手の噂とは無関係になれるって」
眉間に皺を寄せてから水輝はシャツのポケットに手を入れ、煙草を引っ張り出した。唇に挟んだところでふと気付いたように水輝が優一郎を見やる。
「ここ、禁煙か?」
「申し訳ありません」
「そっか」
軽く頷いて水輝がポケットに煙草を戻す。それから水輝は優一郎が持っていた携帯端末をさらった。興味ないなら別にいっか、と呟いて電源を切る。
すれ違いすぎるとさすがにキレるというか。
このエピソードではまだキレてないですね。