「まあ、水輝さんは貴重な検体ということになってますからね。僕らを代表してるんですから、がんばってください」
「げー」
機嫌良く言った優一郎とは正反対に水輝が心の底から嫌そうな顔をする。水輝ががっくりとうなだれたところで天井のスピーカーから滑らかな女性の声が響く。
『ハイブリッドタイプの定期検診を行います。該当者は速やかに医療局の窓口で受付を行ってください』
「げー……」
喉の奥から声を漏らして水輝がのろのろと立ち上がる。そこでふと気付いたように水輝が優一郎を見る。優一郎はその視線に気付いて顔を上げた。
「そういえば理子が妊娠したって?」
どこから聞いたのか、唐突に水輝がそんなことを言う。理子というのは優一郎の伴侶の女性だ。
「そういうことだけは耳が早いんですから」
「そんな嫌そうな顔すんなよ。おめでとうって言おうと思っただけだろうが」
呆れたように水輝が言ってやれやれとため息を吐く。そんなに嫌そうな顔をしたつもりはなかったのだが、どうやら水輝にはそう見えたらしい。優一郎は意識していつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「まあ、検診も嫌なことだけでは無いと思いますし。終わったら当分暇なんでしょう?」
「んー」
曖昧な笑いを浮かべて水輝が首を傾げる。まあ、そういうことにしとくか。と独り言のように呟いて水輝が頷く。釈然としないものを覚えて優一郎は少しだけ眉を寄せた。
「とりあえず、上のほうはそのうちなんとかしますから、今は我慢してください」
にっこりと笑って優一郎は頷いてみせた。水輝が意味ありげに笑って肩を竦める。
「今は今でけっこう楽しめてるけどな」
さて、アルバイトアルバイト、と笑って水輝が片手を上げる。
「アルバイトなら、うちでも募集中ですので」
「あ? あー、そういえば優一郎のところも手が足りないのか」
ふと考えるような顔をして水輝が上げていた手を下ろす。しばし黙してから水輝はそうだなあ、と呟いた。それからテーブルに乗りだして顔を近づけたところで水輝が小声で言う。
「一発これだけとどっちが時給いい?」
真面目な顔をして水輝が指を二本立ててみせる。それを聞いた優一郎は呆れた顔で水輝を見た。
「一発あたりの単価はどうしても安くなりますね。あと、時間給制ではありませんので」
「あ? 何だ。優一郎のところも女日照りなのか?」
身を起こした水輝が不思議そうな顔をして言う。それを聞いた優一郎はのろのろと考えを巡らせた。徹夜の仕事をしていたからなのか、どうも頭の巡りが今ひとつ遅い。
「いえ。逆、なんじゃないかなあ」
「女は間に合ってるぞ、おれは。佑が居れば十分だし」
腰に手を当てて自慢そうに言って水輝が胸を張る。佑は水輝と同じ作戦部に所属しているだけではなく、水輝の伴侶なのだ。そうか、水輝さんが駄目か、どうするかなあ。優一郎は難しい顔をして口の中で呟いた。
「何だよ。女相手なら優一郎がしてやりゃいいだろ」
眉を寄せた水輝が静かに椅子を引いて座り直す。どうやら定期検診の受付を後回しにする気になったらしい。
「僕には理子が居ますから」
にっこりと優一郎が笑うと水輝がけっ、と喉の奥で笑う。そういう水輝も佑以外の女性とはそういったことはしていないようだ。
「まあ、女相手のセックスなら他の奴を当たったらどうだ? 女に飢えててそれなりの男なんてごろごろいるだろ、ここは」
のんびりと言って水輝が周囲を見回す。優一郎はつられて食堂の中を見回した。昼時間の食堂の中は大勢の人で賑わっている。
「口が堅くて信用できて、技術や持久力にも優れているとなるとなかなか……」
「持久力なんか関係ねえだろ。大抵の女なら突っ込んだら一発で昇天するぞ?」
けろりとした顔で水輝が言い切る。それを聞いた優一郎は深々とため息を吐いた。
「男性の多くも同様らしいですね……」
「仕方ねえだろ。ハイブリッドはそういう作りになってるんだし」
当たり前の顔をして水輝が言う。そう。ハイブリッドと呼ばれる種は、他の種と交わる時に相手に性的な刺激を与えやすい。そのために水輝の言うようなことは当たり前に起こる。
「しかし、それを知っているということは水輝さんは試したってことじゃないですか」
笑い混じりに言うと、水輝はしかめ面をして優一郎の皿に乗っていたさくらんぼを奪い取った。止める間もなくさっさと口にさくらんぼを放り込んだ水輝が肘杖をついて余所を向く。
「おれの場合は、『下』でさんざっぱらやったからなー。まあ、ここでも何回かは試したけど」
ぼそぼそと聞き取りにくい声で言って水輝がさくらんぼの種と軸を吐き出してテーブルの下のごみ箱に放り込む。
「僕が浮気したら、理子になんて言われるか」
佑はそのあたりは文句言わないからなあ。優一郎は疲れた顔をしてそう続けた。すると水輝が困ったような顔をして頭をかく。
「佑も文句を言わないだけで、バレたらヤバイって。ものすげえ目で睨みながらにこにこ笑われてみろ。背筋凍るぞ、マジで」
その経験があるのか、そう言ってから水輝が身震いしてみせる。
「そうですか、よかった」
「よくねえ。何でそこで笑う」
にっこりと笑った優一郎に水輝が憮然と言い返す。水輝は深いため息を吐いてからどこか遠くを見るような目をした。
「男相手のアルバイトはやっても別段なにも思わないらしいんだよなー。まあ、おれも特に気持ちいいって訳でもねえけど」
やれやれと水輝が呟いて力なく首を振る。優一郎は食事を終えた皿をテーブルの端に寄せた。開いた窓に空になった食器が飲み込まれる。
「ノーマルでストレートじゃ無かったんですか?」
「あー……。最近、あんまりそういうこと気にしなくなったな」
笑い混じりの優一郎の問い掛けに水輝が珍しく真顔で答える。不思議に思った優一郎はまじまじと水輝を見た。横を向いたまま、水輝がぼそぼそと言葉を継ぐ。
「元々、後ろは突っ込むための器官でしかないし、男に突っ込まれて幾らだからなー。まあ、相手がいっちまうだけでおれはちっとも良くないのが難だが」
確かに水輝を始めとするハイブリッドと呼ばれる種は、食事を摂っても排泄することがない。水輝の言っていることはあながち間違いでもないのだ。
「僕は水輝さんみたいには割り切れません」
「まあそれはそれでいんじゃねえか? セックスしなきゃ死ぬわけでもねえし」
苦笑を浮かべた優一郎に水輝が真顔で言い返す。優一郎は神妙な顔をして考え込んだ。
「そうでも無いかも知れませんよ。覚醒期は極端な状況だとしても……」
優一郎は無意識に難しい顔になって口の中でぼやくように言った。すると水輝が顔の向きを戻してまじまじと優一郎を見る。
「なんだ。飢えてんのか? 何ならさせてやろうか?」
知り合いだしサービスしとくぞ。水輝が拘りもなにもない口調であっさりと言う。優一郎は困った顔をして水輝を見つめた。
「だから、僕には理子がいますってば」
「じゃあ、理子にさせてもらえばいいだろ」
呆れたような顔をして水輝が言う。それを聞いた優一郎は額を覆ってうなだれた。何でこういう話になってしまったのだろう。
「そういえば、今回は誰か拾ってこなかったんですか?」
とにかく話を他に逸らしてしまおう。そう考えた優一郎はさりげなく別の話題を振った。どうやら水輝も優一郎の意図には気付いたらしい。何度か瞬きをしてから素直に話に応じてくれる。
「一人、研究畑の奴を拾ったみたいだな。おれたちが引き上げる前に技術開発部の連中が拉致ってた」
水輝がそう答えたところで天井のスピーカーから女性の声が流れる。二度目の呼び出しに今度こそ水輝は腰を上げた。じゃあな、と片手を上げて水輝がその場を去る。優一郎は疲れた肩を手で揉みほぐし、食後のお茶を飲みに食堂から喫茶室へと移動した。
いきなり水輝が開き直っています。