「叩き割って終わりにしますか? それが一番楽ですけど」
頭を抱えて天井を仰いだ格好をしたまま、水輝はぴたりと動きを止めた。
「……ごめん。言ってみただけ」
ぼそぼそとそう言ってから水輝はのろのろと優一郎を見た。助けて、と訴えてみる。
「まず、一番やっかいなのが特殊警備部ですね。パワーバランスが凄まじく崩れることになる……」
考えるような顔をして優一郎が言う。ふんふん、と頷きながら水輝は優一郎の顔を何となく見つめた。既に依頼人からは写真を手に入れた。だがやっぱり生を間近で見る方がいい。ぼんやりとそんなことを考えて水輝は思わず口許を緩めた。
「水輝さんの客のうちの何人かの生殺与奪権を握ったわけですからね。どんな目的のためにそれを使うつもりなのか、探る必要があります」
「客の全員だぞ? おれが客に選んでたのはそういう奴らばっかりだし」
まあ、中にはイレギュラーもあるが。水輝は頭をかきながら何となく優一郎から目を逸らした。
「……。死に至るというのは、事実なんですね?」
「神に誓って」
水輝は片手を上げて頷いた。
「抑える薬が完成したというのは、事実なんですか? それは確認済みですか?」
「医療局医療特殊技術部三課の代表から夕方に通信が入った。予定された日程を大幅に縮めて作り上げたらしい」
真顔の優一郎につられて真面目な顔をして水輝は説明した。
「それは、継続的に投与が必要ですか?」
「実験段階では、一度の投与で飛躍的に状態は回復したらしいが、完全に治療するには複数回の投与が必要になるだろうな」
実鈴から聞いたことを思い出しながら水輝は説明をした。優一郎は難しい顔をして腕組みをしている。
「既に治験が始まってるんですね?」
「ああ。命知らずの連中の集まりなもんでな。医療局医療特殊技術部三課は」
「そこは、まだ、信用出来ますね。ある意味、研究できれば後はどうでもいいという人たちが多数集まっているようでしたし。問題は……」
そう言いながら優一郎が眉を寄せる。水輝は少し遠い目をして考えを巡らせた。確かに彼女たちは他はどうでもいいと言っていた。ボーイズラブのためなら死ねる! と目を爛々と輝かせていた彼女たちのことを思い出して水輝は疲れたため息を吐いた。
「誰が映像を流出させたかということです」
「あ、それ、おれ」
難しい顔で言った優一郎に水輝は即答した。すると優一郎がぴしりと顔を強ばらせる。
「なら良かった。ちょっとほっとしました」
すぐに真顔に戻って優一郎が言う。水輝はごめん、と何となく詫びた。優一郎は医療局医療特殊技術部三課に裏切り者がいるかもと思ったのだろう。だが実際に画像を流された優一郎には迷惑をかけてしまった。水輝は考えを巡らせてから再度、謝った。
「迷惑をかけて悪かった」
「三課の人たちには流出させることはちゃんと伝えたんですよね?」
「もちろん。て言うか、奴らの持ってたのを加工したからなあ……。そっちの詳しいことはおれはさっぱりなんでな」
そう言いながら水輝は頷いた。
「ならいいです。次は技術部ですが……」
いいのか。水輝は内心でそう呟いた。何しろあの動画は闇ルートに流した直後から爆発的な人気を呼び、あらゆるところでダウンロードされた。その中には優一郎の妻の理子もいたのだ。理子は水輝に直接通信を入れてきた。理子はまず、けっ、ぺっ、と口汚く水輝を罵り、それからこう言ったのだ。
理子は寛大だから! パパによろしく言っておいてね! 女と浮気したらコロス!
……未だに理子から預かったメッセージは怖くて伝えていない。ちなみに問題の動画は速やかに端末から消すようにと忠告はしておいたから、きっと大丈夫だろう。
「都賀は致死現象が発現する対象者なのですか?」
「奴は間違いなくこのままなら死ぬな。しかも客の中でも一番多く犯ってるし」
とりあえず理子のことを頭の隅に退け、水輝は真顔で答えた。
「彼はその線で脅したんですか?」
「いや。まだ脅してはいない。機密についてはねだったらべらべら喋っただけだ」
水輝は首を横に振ってからそう説明した。腕組みをして優一郎はずっと真面目な顔をしている。
「それは本当に機密なんですか?」
「おれに判断のしようはないが、掛け合ったら交渉成立したところをみると、本物なんじゃないか?」
考えを巡らせながら水輝は眉を寄せた。確かに都賀はやけに気前よく喋っていたような気がする。頭の出来はぼんくらだとは思うが、機密を漏らしたらどうなるかくらいは都賀も知っているだろう。
「都賀から仕入れた情報は誰との交渉材料にしたんですか?」
「本部メインコンピュータの管理部……あー……」
言いながら水輝は舌打ちをした。あのコンピュータが偽物でも管理部が本物なら、交渉してきた水輝の首を押さえたまま、偽物のコンピュータのデータにアクセスさせるくらいのことはやりかねない。うあー、と情けない声を漏らして水輝は額を押さえてうなだれた。
「偽物の偽物にアクセスしたのかもしれませんね」
笑いながら優一郎が言う。水輝は恨みがましい目で優一郎を見つめ、がっくりと俯いた。
「総務部の依頼者は、情報局特殊警備部と同様の意図だったんでしょうが、特殊警備部よりもまだ状況はマシですね。あくまで、相対的にですが」
「あー……。脅迫には変わりないってことか?」
水輝はそう言いながら顔を上げた。
「なんの目的で脅すのかにもよります」
金目当てならまだいいんですけどね。そう続けて優一郎は唇を引き結んだ。水輝はベッドに座り直し、まじまじと優一郎を伺った。
「他に何かあるか?」
「作戦部長も可哀想に……。作戦に出さなければ大人しくしてると考えたんでしょうけど……」
深々とため息を吐いて優一郎が力なく首を振る。水輝は顔をしかめて舌打ちをした。
「ペナルティ食らってんだぞ? 作戦もなにもねえだろ」
ほら、と言いながら水輝は右手を優一郎の前に差し出した。右手の五本の指には全てペナルティの指輪が嵌っている。
「馬鹿な制度を作ったものですね」
うんざりした顔をして優一郎が言う。水輝は仕方ねえだろ、と呟いてから頭の後ろで手を組んだ。
「まあ、おれの場合はこんなもんでどうにもならねえからって、宝珠抜かれたんだけどなー」
水輝はのんびりとそう言った。
「水輝さん。故郷に帰って、あまりに無防備になりすぎてませんか?」
「あー、うん、まあそうかな」
腕を戻して水輝は頭をかいた。ついついはしゃいでしまっていたことは判る。優一郎が黙って右手を翳し、手の中に青い龍宝珠を寄せる。水輝は怪訝に思って優一郎の手元を眺めた。青い宝珠が優一郎の手の中で刀に変わる。優一郎は鞘から刀を抜くと、それを揮って水輝の右手に嵌っていたペナルティの指輪を全て壊した。
「っぶねえなあ……」
砕けた銀色の指輪の欠片がベッドの上に落ちる。優一郎は刀を鞘にしまいながら指輪の破片に力をかけ、塵と化して消し去ってしまった。その場に今度は宝珠が次々に現れる。優一郎は現れた宝珠を水輝に叩き込んだ。身構える間もなく胸に宝珠を叩き込まれた水輝は衝撃に思わず咳き込んだ。
「水輝さん。特殊警備部の依頼者は? 部長ですか?」
「いや、その秘書だな」
しばし咳き込んでから水輝は答えた。優一郎が握っていた刀を宝珠に戻し、器にしまい込む。
「どっちにしても変わりませんね。ちょっと待ってください」
そう言ってから優一郎が白衣の内側から一枚の紙を取り出し、ポケットから抜いたペンですらすらと名前を十数人分ほど書き連ねる。水輝は訝りに眉をひそめ、優一郎の手元を覗き込んだ。
「最後通牒してよろしいですか?」
「あ? ああ」
「このリストにある人物を一時間以内に死体も残さないように殺してください。その後」
そう言いながら優一郎が紙を水輝に差し出す。水輝は目を細めて紙を受け取った。
「都賀に致死現象の情報を与え、脅して意図を聞き出してください。そして」
紙に書かれた名前を読んでいた水輝は目を上げて優一郎を見た。
「水輝さんを抱いて致死現象が発動する可能性がある人が漏れなく治療を受けられるように、医療局医療特殊技術部三課に手配してください」
すらすらと言った優一郎を見つめ、水輝は紙を折り畳んだ。
「いえっさー。転移は不可か?」
「許可します。総務部についてはこちらで調査後、どう処理するか決めます」
「了解」
そう答えて水輝は折り畳んだ紙をジーンズのポケットに突っ込んだ。差し伸べた右手に青い宝珠を呼びながら水輝はベッドを降りた。その直後、水輝の姿は部屋の中からかき消えた。
この辺りから優一郎が本性を出してる気がします。