優一郎が言った通り、次の日の朝一番に『塔』本部から今回の件の公知があった。その話は『塔』を中心に瞬く間に世間に伝わった。
「だから、バイトはもうしてねえっての!」
うるせえ、と怒鳴ってから水輝は通信機を床にかなぐり捨てた。毛布に頭まで潜って身体を丸める。深々とため息を吐いて寝直そうとしてみるが、どうしても寝られない。水輝は仕方なくのろのろと起きあがり、裸のままでシャワーを浴びにバスルームに向かった。
手早く身体を洗い流し、バスタオルで水滴を拭き取ったところで手を止める。バスルームの鏡を覗き込んでから水輝は目を細めた。
「あーあー……」
曇った硝子を拭いて自分の顔をまじまじと見た水輝は深々と息を吐いた。宝珠が戻ったせいですっかり瞳と髪の色が元に戻っている。昨日まで右手に嵌っていた指輪ももうなくなった。冴えた青い色を纏った水輝はため息を吐きながらのろのろと服を身に着け始めた。
ただでさえ目立つのになあ……。そんなことを思いながら水輝は下着とシャツ、それにジーンズを身に着けてバスルームを出た。襟元からはみ出していたネックレスをきちんとシャツの中にしまい込みながら寝室に入り、クロゼットからジャケットを引っ張り出す。
いつもの習慣で通信機と端末をジーンズのポケットにねじ込んでから水輝は家を出た。眩しい光に思わず目を細める。地面から丸くぽつぽつと生えているこれがこの世界の一般的な住居だ。空から射し込む白い光を受けやすいよう、家と家は隣接はしていない。まばらに見える家の間を水輝は歩いて抜けた。
空は白い。この世界は人の暮らしている場所はとても狭く、その狭い場所全体は巨大なドームで覆われている。空から降りてくる白い光は日の光ではなく、人工の光だ。ドームで覆われたこの場所には雨も降らない。
ぼんやりと周囲を見回しながら水輝は街に向かった。手近な飲食店に入って飲み物だけを注文し、テーブルに着く。ほどなく運ばれてきた飲み物を水輝は無表情で飲み干した。何度飲んでもこっちの世界のものは口に合わない。諦めのため息を吐いて水輝は早々に席を立った。
いつものコースを通って『塔』に辿り着いた水輝を待ち受けていたのは、人々の奇異なものを見る目だった。水輝は彼らを無視して機械的に入り口で手続きを済ませ、さっさと目的の棟に向かった。医療局の棟に入ったところで多くの人の行列にぶち当たる。彼らは水輝を見ては目を背けるか、怒りの目で睨んできた。水輝は感慨のない目で彼らを眺めてから目的の階層に向かった。
医療特殊技術部三課は大騒動になっていた。女性局員たちが慌ただしく行き来する中を突っ切り、水輝は部屋の奥に向かった。
「あっ! 水輝さん! 駄目ですよー! いま、すごーく忙しいんですからー!」
水輝の姿を見止めた実鈴が慌てた声を掛ける。だが水輝はそれを無視して身分証をドアの横の機械に突っ込み、部屋の奥に進んだ。焦ったように実鈴が後をついてくる。
「おい、実鈴。おまえ、今日の夜はおれとデートってことにしろ」
「はー!? やですよー! なに言ってるんですかー! 奥さん怖いし、吉良博士とのらぶらぶぱっしょんがー!」
素っ頓狂な声を上げながら実鈴がついてくる。腕をつかまれ後ろに引っ張られたところで水輝は機嫌悪く振り返った。
「なんだよ」
「忙しいんですってばー! こんな時に天の岩戸はやめてくださいよぉ!」
泣きそうな顔をして実鈴が言う。水輝はうるさい、とすげなく言って実鈴の手を振り払った。だが実鈴は諦めなかったのか、今度は水輝のジャケットをつかんで引っ張る。水輝は不機嫌な顔をして実鈴を引きずったまま歩き続けた。
「計器も飛ぶし、磁場がめちゃめちゃになるし、って、聞いてるんですかー!?」
「結界張りゃいいだろが」
「あ、そうですね。伊知花ちゃんに頼んで……ってちがうー!」
ずるずると実鈴を引きずったまま、水輝は奥の扉に辿り着いた。身分証を突っ込むと静かにドアが開く。
「いーやー! 誰かー! 水輝さんを止めてー!」
「やかましい。失神させるぞこら」
「もうっ。吉良博士のらぶらぶ画像あげたじゃないですかー! なにが不満なんですかー!」
それを聞いた水輝はぴくりと眉を上げて足を止めた。半泣きの顔で実鈴が訴えるように水輝を見つめる。水輝はごそごそとジーンズのポケットを探り、携帯端末を取り出した。
「返す」
それだけ言って水輝は振り返って実鈴の手に端末を押しつけた。
「水輝さーん……」
「何なら他の画像もやるぞ。そこから勝手に抜け」
それだけ言って水輝は部屋の中央にある小さな部屋に向かった。静まり返った部屋の中で水輝は手早く服を脱ぎ始めた。
「どうしちゃったんですかー……?」
「なにが」
部屋の隅で小声で言った実鈴に水輝はぶっきらぼうに言い返した。籠の中にまとめて服を叩き込んでから小部屋の前に立つ。
「だってもう、そこには誰も」
「うっせえなあ。おれの勝手だろ、そんなの」
不機嫌に言い返してから水輝は開いた入り口から小さな部屋に入った。壁が閉じると実鈴の声が聞こえなくなる。
水輝は目を閉じて身体の力を抜いた。
『お帰りなさいませ』
いつもの声が聞こえてくる。水輝は目を開いて目の前に伸びる光の道を見つめた。光を目で辿った先には誰もいない玉座がある。ただいま、と呟いてから目を閉じた水輝の姿がかき消える。部屋の隅では実鈴が泣きそうな顔をして水輝の携帯端末を両手に握りしめていた。
拗ねまくった水輝が……あ、拗らせるって字も同じですか!w