分厚い始末書が出来上がる頃、いつもの時間に理子から通信が入った。
パパ、LCLって知ってるー? 凄いんだよ! 直接酸素を取り込んでくれるんだよ!?
どうやら理子はまた三群のビデオディスクを観ていたらしい。興奮気味に、かつ一方的に不思議な単語を羅列してから理子は通信を切った。それを思い出しながら優一郎は大きく息を吐いた。
そうしているうちに一人、また一人と研究員が出勤してくる。
「今日、脳改造を行えることになったから。執刀者を決めておいてくれないか?」
朝の挨拶をしてコーヒーをいれてくれた祥子に優一郎はそう声を掛けた。判りました、と返事をした祥子がコーヒーカップを優一郎の机に乗せる。優一郎はありがとうと礼を言ってコーヒーカップを取り上げた。
簡単な話し合いを済ませた後、祥子が脳改造の執刀者を報告する。研究員の二人が名乗りを上げ、実際に脳改造が行われることになった。初心者の彼らに丁寧に説明をしながら優一郎は脳改造についての解説も同時に行った。見学する研究員たちが熱心な顔で話に聞き入り、改造中の脳を興味深げに眺めては端末に重要項目を入力する。
脳改造を終え、特殊な容器に改造した脳をしまったところで午前の業務時間が終了する。昼時間を報せるチャイムが鳴り、研究員たちがまばらに研究室を出て行く。優一郎は彼らの後に続いて研究室を出て、食堂に向かった。
昼時間の食堂は混み合っている。優一郎は厨房との境になっているカウンターに寄り、メニューから選んだ食事を頼んだ。ほどなく出された食事をトレイに載せて空いている席を探す。テーブルの間を歩きながら優一郎はふと、聞き覚えのある声を耳にした。
「もー……どうしよおー、伊知花ちゃんも限界ってゆっててー」
ぶちぶちと文句を言いながら食事をしているのは、確か医療特殊技術部三課の白草実鈴ではなかっただろうか。実鈴は数人の女性局員と食事をしていた。
「えー……まずいんじゃないですか? ただでさえ今朝から忙しいのに」
特に気にすることもないとは思ったが、優一郎は何となく足を止めて彼女たちの会話を聞いた。実鈴がむー、と言いながら唇を尖らせる。
「せっかく写真もあげたのにー。なにが不満なのかなー」
しかめ面で言いながら実鈴がフォークで皿の中をかき混ぜる。優一郎は実鈴たちが座っている席に近付き、微笑みかけた。
「医療部の三課の方でしたよね? この間はどうも」
「ふわっ!?」
実鈴が慌てたような声を上げる。それにつられたように、同じテーブルについていた女性局員たちが目を丸くして優一郎を見る。
「あ、えっと、いえいえ、あの、どういたしましてー」
にこにこと笑いながら実鈴が言う。だがその他の女性局員たちは優一郎をしばし見てから、テーブルに身を乗り出してこそこそと話をし始めた。
「あっ! えっと、お昼ご飯ですかー!? あの、ここ空いてますからどうぞー!」
「なに考えてるんですか、白草課長!」
テーブルの一つ空いた席を示してみせた実鈴を他の女性局員が慌てて制する。優一郎は困惑して実鈴とその他の女性局員たちを見た。実鈴がでもー、と困ったような顔をして皿の中をフォークでかき混ぜる。
「だってー、私じゃもうどうにも……はにゃあ!」
涙目をして言った実鈴が唐突に悲鳴を上げる。よく見ると実鈴は隣の席の局員にめいっぱいに足を踏まれていた。優一郎は立ち去るべきか、それとも席に着くべきか判らず、困惑して彼女たちを見た。
実鈴を除く、女性局員たちが揃って優一郎を見つめ、にっこりと笑う。
「あ、良かったらここどうぞ」
「お茶とか飲みます? あ、いれますねっ」
「ほらほら、突っ立ってないでどうぞ!」
一転して、口々に女性局員たちが優一郎に席を勧める。
「ええ。あ、はい」
何がどうなっているのかさっぱり判らなかったが、優一郎はとりあえず彼女たちの勧めに従って実鈴の真向かいの席に腰掛けた。
「……みんな実は一緒に食べたかったんじゃないのー」
唇を尖らせて実鈴が不服を唱える。だがそれを制する勢いで、テーブルについていた女性局員が身を乗り出す。
「そういえば、吉良博士って水輝さんとはお知り合いなんですか?」
他の席の者に気を使ったのか、女性局員は少し声を落としている。優一郎はありがたく茶を受け取り、食事を始めつつ彼女たちの顔を見回した。一人、実鈴が不満そうな顔をしている以外は、みんなにこにこと笑っている。
「ええ。ここに来る前からの知り合いです」
頷きながら優一郎が言うと、途端に女性局員たちが歓声を上げた。その中で一人、実鈴がそっぽを向いてぶつぶつと何か口の中で言っている。
「そうですよね! やっぱりお二人はその、きゃああ!」
途中まで言った女性局員が恥ずかしがるように頬を押さえて歓声を上げる。かと思うと、誰かが優一郎にカメラを向けてしきりにシャッターを切る。一人、実鈴が横を向いて邪道だー、と不満を言う。
「水輝さんは僕の妻の父親なんです」
状況が今ひとつ飲み込めなかったが、優一郎は無難そうな説明を選んでそう話した。その途端にテーブルについていた女性局員たちが一斉に歓声を上げる。
「すごい! だぶる不倫ですね! おやこですかー! まにあっくですね!」
いつの間にか実鈴が歓声に加わっている。優一郎は食事をしながら困惑した顔で彼女たちを見回した。どの女性も何故か目をきらきらと輝かせている。
「と、とりあえず、何かお困りのようでしたが、どうされたんですか?」
「あっ」
優一郎が訊ねた瞬間、彼女たちは声を揃えて言い、乗り出していた身体を戻してもそもそと食事を再開し始めた。そんな中で実鈴が一人、慌てたように手を振ってにこにこと笑う。
「えっ、えっとですね! なんでもないんですよー? はーい、あなたはなにも覚えてなーい」
実鈴がにこにこして言った直後、隣の女性局員がそれは変でしょ、とぼそりと突っ込みを入れる。
「いちかさん? が限界だとか?」
「はうあ!」
優一郎が質問すると、実鈴が声上げて硬直する。その後、実鈴を取り巻く女性局員たちが、顔見合わせてから実鈴を見る。
「……やっぱり課長、相談しましょうよ。伊知花ちゃん、さっきぜいぜい言ってましたよ?」
「うーん……でも、デートがー……後で怒ると怖いんだもん、あのひとー」
眉を寄せて実鈴が難しい顔をして言う。優一郎は手にしていたフォークを置き、実鈴を見つめて訊ねた。
「水輝さんの監査に関係してますか?」
「うっ……監査って言うかー……デートすることにーなっててー」
実鈴が困ったような顔をして小声で言う。それを聞いた優一郎は眉を少し寄せた。そう言えば昨日、水輝は今日の夜はデートだと言っていた。もしかして実鈴がその相手なのだろうか。
「そうか、水輝さんとお付き合いされてるんですね」
佑が居なくて良かった。そう、優一郎が続けると実鈴が困ったような顔をしたままで答える。
「いえー、そんなことはまったくー。ていうか、私、男の人には興味ないしー」
「課長! 話、ずれてますよ!?」
テーブルについていた女性局員たちが一斉に実鈴に突っ込みを入れる。はにゃ、と間の抜けた声を漏らした実鈴が慌てたように手を振る。
「え、えっと、そういうことじゃなくてですねー、天の岩戸がー」
「天の岩戸?」
「はいー。うちの部屋の奥にですねー、変わった部屋があってー」
間延びした独特の喋り方で実鈴が言った直後、他の女性局員たちが一斉に立ち上がった。彼女たちは顔を見合わせて頷き合うと、テーブルに身を乗り出して言った。
「吉良博士! ちょっとうちの課まで付きあって貰えませんか!?」
「は、はい」
優一郎は彼女たちの迫力に気圧され、思わず頷いた。さあさあ、と促された優一郎は慌てて食事を片付け、女性局員たちに引きずられるようにして食堂を後にした。
エピタイは作者のもの!
医療局医療特殊技術部の三課とか覚えられないから!w