が、その手の描写みたいのはちょっとあります。
機械ですけども。
「わ、私はここで……あの、どうかお気遣いなく……」
「ほらほら、遠慮も過ぎると良くないよ。ランちゃんが淹れたコーヒー美味しいから」
にこにこと笑いながら韮山が促す。すると澄は泣きそうな顔をして何故か優一郎を見た。まるで捨てられた犬か猫のような訴えかける澄の眼差しに、優一郎は困惑した。
「多村さん、ここに座って」
「はっ、はいっ!」
優一郎が自分の隣を示して言うと、一転して澄がひっくり返った声で返事をし、いそいそと優一郎の隣に腰掛ける。
「おんや? なるほど……ねえ」
韮山が小声で言ってにやりと笑う。優一郎は不思議に思って韮山と澄とを見比べた。澄はがちがちに緊張しているのか、膝の上で手を握りしめ、俯いてしまっている。
「多村さん。もしかしてどこか具合でも悪いのかい?」
優一郎は澄を気遣ってそう声を掛けた。すると澄が慌てたように顔を上げ、首を何度も振る。
「いえ、そんなことは……申し訳ありません」
弱々しい声で答えてから澄はまた俯いてしまった。
「でも、ああやって分包されてるってことは、本当に仕様通りに造ってくれたってことだよね? 結構大変だったんじゃないの?」
「そのあたりは多村さん達が本当に頑張ってくれましたから」
韮山の問い掛けに優一郎は微笑みを浮かべて頷いてみせた。韮山がまじまじと澄を見てから優一郎に目を戻す。
「優一郎くん、あの仕様書見て、どう思った? しょーじきに、言ってみてよ」
韮山がにやにやと人の悪い笑みを浮かべて言う。優一郎は少しだけ眉を寄せ、テーブルの横に置かれた箱を見やった。
「正直なところ、あまり良い気はしませんでしたね。これで愛華さんはあなたに支配される機械人形になってしまった」
ため息混じりに言ってから優一郎はテーブルに置かれたコーヒーに手を伸ばした。カップを取り上げて口につけようとしたところで、視界の隅に妙なものが引っかかる。訝りを覚えて優一郎は隣に座る澄を見た。澄は何故かスカートをかたく握りしめ、手を小刻みに震わせている。不思議に思った優一郎が澄に話しかけようとしたところで、部屋のドアが壊れそうな勢いでばん! と開く。
「お待たせいたしました」
仏頂面をした蘭が大きなワゴンを押して部屋に入ってくる。ワゴンには色んな種類のケーキがホールで乗せられていた。テーブルの横でワゴンを止めた蘭が、ソファに腰掛ける三人をもの凄い目で見下す。
「お好みのケーキをお切りいたします!」
「ランちゃん。良かったねえ。優一郎くんもランちゃんと同じ意見だよ」
笑いながら言った韮山を凄まじい目で睨んだ蘭が、ワゴンの中から黒いケーキを取り上げる。
「課長はザッハトルテですね! かしこまりました!」
怒声を張ってから、蘭がホールのケーキにナイフを突き立て、それを韮山の前にどかんと据える。
「そちらのお客様はいかがいたしますか!?」
「ベ、ベイクドチーズケーキを……」
怖々と優一郎が言うと、今度は蘭はきちんとケーキを切り分けてくれた。カットされたケーキを皿に載せ、やっぱり蘭は乱暴な手つきで優一郎の前に皿をがちゃん、と置いた。蘭に睨まれた澄が泣きそうな顔をして優一郎を見る。
「あ、あの、吉良博士……その、私……」
「た、多村さんは、レアチーズケーキが好きだったよね? 確か?」
研究室で研究員たちがおやつと称してケーキを分けていた時のことを思い出し、優一郎はそう言った。すると蘭がぎらりと澄を睨んでから、ワゴンの中から白いレアチーズケーキを取り上げる。何故か蘭は、そのケーキのど真ん中にナイフを突き立て、澄の前にホールでどかんと載せた。
「それではごゆっくり!」
凄みのある声で言い放ってから、蘭はワゴンを押して部屋を出て行ってしまった。
「彼女はねえ、焼き餅妬いてるだけだから、気にしない気にしない」
笑いながら言って、韮山は突き立てられたナイフを取り上げ、ケーキを切り分けて口に運び始めた。澄が殆ど泣きそうな顔で自分の前に置かれたナイフ付きのレアチーズケーキを見つめる。焼き餅と言うなら、何故、蘭は澄のケーキまで韮山のものと同じ扱いにするのだろう。
「そう言えば、里中さんも、愛華さんに会うためにここにいらしたようなことを仰ってましたけど……」
優一郎は皿から落ちそうになっていたフォークを取り上げ、恐る恐るチーズケーキの端を持ち上げてみた。どうやら皿は割れていないらしい。そのことを確認してから、優一郎はケーキを切り分けて口に入れた。
「ランちゃんはねえ。愛華と親しいから。ヘンな意味じゃなくて、純粋に友人としてね」
そう説明をしつつ、韮山はナイフの先に刺したケーキを口に運んだ。どうやら彼らの皿にはフォークはつけてくれなかったらしい。澄は完全に緊張しきっているらしく、やっぱりスカートを握りしめて俯いたままだ。
「僕と同じ意見というのは?」
澄から目を離し、韮山に目を戻してから優一郎は訊ねた。すると韮山が右手に握ったナイフを軽く揺すりながら笑う。
「愛華がぼくの性玩具兼秘書になったことが、気に入らないの。ぼくが愛華を追い詰めたと思ってるみたいだねえ」
「そんなことは! ……あ、すっ、すみません、ごめんなさい、失礼しました」
それまで俯いていた澄が顔を上げて言ってから、慌てたように詫びてまた俯く。澄の反応に訝りを覚えつつも、優一郎は韮山に訊ねた。
「追い詰めた、とは?」
「愛華にねえ。駄目出ししたの。君はエージェントとしては失格だってね。仕方ないよねえ事実なんだし。まあ、その上で、自分の性癖明かした上で性玩具になるように求めてるあたりかなり卑怯な事した自覚はあるけどね」
笑い混じりに言ってから韮山が肩を竦めてみせる。優一郎は少し眉を寄せてコーヒーを啜った。
「韮山さん。愛華さんからは、あくまで工作員用のMタイプの試作品だと言う事で、お話を伺っていたんですけど」
険しい声音で優一郎は言った。聞いていた話と食い違っている。
「優一郎くんってば、真面目だねえ……」
やれやれとでも言いたげに首を振ってから、韮山は扇子を開いて自分に風を送り始めた。
「あの仕様書見れば、本当のとこナニを目的にしてるか、一目瞭然だったでしょうに? わからなかったとは言わせないよ」
すらすらと語ってから、韮山がぱちんと扇子を閉じる。確かに要求仕様書を見たときに思うことはあった。優一郎は難しい顔をして腕組みをした。
「ぼかぁねえ。心を持った機械仕掛けの性玩具が欲しかったのよ。ずっとね。そういう趣味なわけ。工作員用Mタイプの試作品も作る事になってたけど、ぼく的にはそっちはついでのおまけなんだなあ。これが」
韮山はにやにやと人の悪い笑いを浮かべている。優一郎は目を細めて息を潜め、しばし韮山を見つめてからため息を吐いた。
「はっきり、そう宣言されるとは思ってませんでした」
「あの……吉良博士……」
それまで黙っていた澄が弱々しい声で優一郎を呼ぶ。
「多村さん、何だい?」
「その……お、お手洗いに……いかせてください」
真っ赤な顔をして澄がごく小さな声で言う。優一郎は毒気を抜かれた顔をして、韮山に目を戻した。
「あの、韮山さん、お手洗いはどこでしょうか?」
「ランちゃーん」
韮山が少し大きな声で呼ぶと、部屋のドアが勢いよく開いて蘭が姿を現す。どうやら蘭は部屋のすぐ外に控えていたらしい。
「何でしょう」
機嫌の悪い顔をして蘭が言う。
「澄さんをお手洗い案内してあげて」
「かしこまりました。こちらにどうぞ」
韮山の指示を受けた蘭がぎらりと澄を睨む。澄はうろたえたような顔をしつつ優一郎を見つめる。優一郎が頷くと、澄はそそくさと席を立って蘭に連れられて部屋を出て行った。
韮山はこう……のらりくらり的な感じのキャラだった気が。