※この作品はR-18です。

再生の日   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


澄の願いと優一郎 3

「澄さんも可哀想にねえ……」

 

 二人が消えたドアを見つめて韮山がごく小さな声で呟く。訝りを覚えて優一郎はまじまじと韮山を見た。

 

「優一郎くんさあ、自分の経験が絶対だって思うのは辞めたほうがいいよ。歳いくつだっけ?」

 

 眉を寄せて韮山が優一郎を検分するように見つめる。

 

「どういう意味ですか?」

「おじさんにみたいに、支配することを辞められない人もいるわけ。それでね、愛華や、澄ちゃんみたいに、支配されることを望むコもいるわけよ」

 

 韮山がすらすらと語ってケーキをナイフで切り分ける。優一郎は驚きの目で韮山を見た。

 

「ぼかぁねえ。まあSMで言えばサド、あの麗しき医療特殊技術部三課のお嬢さん達の用語で行けば攻めにあたるわけ。掛け算の左側ね」

 

 それを聞いた優一郎は、実鈴の率いるあの女性局員たちのことを思い出した。彼女たちはいつも元気に騒いでいるが、その話の殆どの意味を優一郎はよく理解出来なかった。

 

「優一郎くんの話聞いたときにね、これこそぼくが求めていたモノだと思ったの。それでまあ、いろいろ状況の変化があって、愛華との関係もいろいろ煮詰まってたし、ちょうど良い機会だと思って改造してもらうことにしたの」

 

 のんびりと語りながら韮山がケーキを口に運ぶ。優一郎は緊張した面持ちをしてじっと韮山の様子を伺っていた。

 

「もちろん。建前のほうだって嘘じゃないよ。評価のために試作機を造ってもらう必要があったのは確かだし、愛華には秘書としてもきっちり働いてもらうつもりだしね」

 

 話を聞きながら、優一郎はふと祥子の言っていたことを思い出した。『塔』に務める者の多くがそうした性癖を持っているのだと祥子は言っていた。他人を傷つけ、玩ぶことによって欲求を満たされる性癖を持つ者には、確かに機械化人は便利だろう。何しろ壊れても部品はすぐに換えられるし、生身と違ってその手の行為で死ぬことはない。最悪、身体がばらばらにされても脳のユニットさえ残っていれば、機体を修復すれば元通りにすることが可能だ。

 

「こう、相手を支配するって意味で、機械化ってある意味究極な感じするでしょ? そしてマスター登録、いい響きだよね。ハマってたんでしょ?」

 

 にやりと笑って韮山が優一郎を見る。優一郎はその視線を受けて少しだけ目を細めた。

 

「僕は……」

 

 ヒューマノイドを何体も作り、彼女たちを機械的に支配することに執心していた頃のことを思い出し、優一郎は顔を歪めた。結局のところ、優一郎はコンプレックスからくる心の隙間を埋めるためにヒューマノイドを作っていた。だが、彼女たちをどれだけ作っても、優一郎の心は満たされることはなかった。

 

 マスターと呼ばれ、何体ものヒューマノイドに傅かれても、それは代替行為でしかなかったと今なら判る。だが当時の優一郎は女性たちを支配することに明け暮れていた。

 

「君にとってはそこが終点じゃなかったのかもしれない。だから飽きてあっさり捨てる事もできたんだろうけど。君の研究成果見てさ、これこそが求めて理想だって思っちゃう人間もいるわけ」

 

 これまでもそういう経験無い? 韮山に訊かれて優一郎はふと、とあるヒューマノイドのことを思い出した。優一郎の作ったヒューマノイドの中には、本来ならマスター登録が必要ない機体なのに、ヒューマノイド自身がマスターを選んでしまったケースがある。そしてヒューマノイドにマスターになってくれと頼まれた人物は、快くそれを引き受けた。今でももし彼らが生きているなら、互いが互いを必要とする関係を続けているのではないだろうか。

 

「まあ、相思相愛的に、互いの趣味が上手く一致するのが一番理想だよね。ぼくと愛華はまさにそうなんだけどさ」

 

 そう言って韮山がにやりと笑う。だが機械化人化が既に終了してしまった今、愛華の本音を確かめる術はない。それに韮山がこの段で嘘を吐く理由もない。優一郎は唇を引き結び、無意識に肩にこめていた力を抜いた。

 

「あとさ、報われない趣味の子もいるよね。どう足掻いても振り向いて貰えないって解ってても全てを捧げて、支配されても放置されたりして、そういう可哀想な自分に酔っちゃったりとか」

 

 それを聞いた優一郎は、胸にぐさりと何かが刺さったような気がして思わず息を詰めた。忘れよう忘れようとしていたことを思い出した優一郎は、苦渋の滲んだ顔になった。

 

 かつて作ったヒューマノイドの中に韮山の言ったような立場の女性がいた。彼女は最初はとある事情から優一郎の手元にヒューマノイドとして転がり込んできた。彼女を手に入れた後、優一郎は自分が支配するために彼女の機体を作り替えた。

 

 最初は恋人のはずだったのだ。だが優一郎はその後に別の女性に心惹かれ、彼女とは別の関係になった。マスターと玩具。それが優一郎が選択した彼女との関係だった。彼女は快くそれを受け入れ、優一郎に全てを捧げ、やがて放置された。

 

「もしかして、こっちも心当たりあった? でも気に病む必要は無いって、そう言う子は報われなくても思い続ける健気で可哀想な自分に酔うことで生きていけるから」

 

 笑いながら韮山が軽い口調で言う。いつの間にか苦しい顔をして俯いていた優一郎は、のろのろと顔を上げて韮山を見た。

 

「そうでしょうか? 僕は……」

 

 小声で優一郎が言葉を継ぎかけた時、もの凄い勢いで部屋のドアが開く。けたたましい音を立てて蘭が開けたドアから、澄が俯いて頼りない足取りで部屋に戻ってくる。澄は優一郎と韮山にそれぞれ頭を下げてから、困惑した顔をして優一郎を見た。

 

「あ、あの……すみません……」

「多村さん……? 大丈夫かい? もしかして体調崩した?」

 

 心配になって優一郎が訊ねると、澄は恥ずかしそうに顔を赤くして黙って首を振った。どうやら身体の調子が悪いわけではないようだ。澄は物問いたげな目でじっと優一郎を見ている。

 

「ちょっと、ぼくもトイレいってくるかな。澄ちゃん。後悔の無いようにね」

 

 呑気に言って韮山が立ち上がってさっさと部屋を出て行ってしまう。優一郎は困惑した目で韮山を見送り、澄に目を戻した。澄はもじもじとスカートを指先で玩んでいる。

 

「……多村さん? どうしたの? 黙ってたら解らないよ」

「あっ、はい! す、すみません、ごめんなさい、あの……それは命令ですか?」

 

 慌ただしく詫びてから澄は上目遣いに優一郎を見た。

 

「言いたい事があるなら言って」

「……私……機械化人に……でも……」

 

 消え入りそうな声で澄が言う。優一郎はしばし考えを巡らせてから眉間を強く指先で押さえた。韮山の話では、澄も愛華と同じ性癖を持っているということだった。

 

「機械化人になりたいのかい?」

「はい……。でも、申し訳ありません……。吉良博士は……その……お嫌いなんですよね?」

 

 俯いた澄が弱々しい声で言う。

 

「嫌いも好きも無いけど。機械だし」

 

 優一郎は嗤いを浮かべて言った。すると澄が驚いたような顔をして優一郎を見る。やがて澄は弱い息を吐いてからぺこりと頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした。何でもありません。お忘れ下さい」

 

 震える声で告げて澄は静かにソファの後ろを回り、荷台に積まれた箱を床に下ろし始めた。

 

「対外的なデモンストレーションや、研究室で教材に使える機械化人が研究機材としてあったらいいなと思ってたんだけど」

 

 のんびりと澄を見やって優一郎は嗤いながら言った。澄がちらりと優一郎を見やってから、そうですか、と小声で言う。

 

「多村さんをそれに改造していいよね?」

「あっ!」

 

 嗤いながら優一郎が言った瞬間、澄が切ない声を漏らして床にへたり込む。ぺたんと座り、床に手をついた澄が身体を小刻みに震わせている。澄は研究室では大人しく目立たない存在だ。だから今回の件で澄が名乗りを上げた時、優一郎は正直驚いた。澄は誰に言われるでもなく、熱心に愛華の改造作業を行っていた。

 

「僕の命令が聞けないなら、辞めてもいいよ。他から素材は調達するし」

「い、いやです! ごめんなさい、申し訳ありません、あの、させてください! 玩具にしてください!」

 

 悲鳴に近い声で澄が訴える。それから澄は顔を手で覆って泣き始めた。

 

「仕様書は君が書いて。僕は他にも仕事があるから」

「は、はい」

 

 泣きながら澄が弱々しい声で返事をする。それから澄は顔を拭ってふらふらと立ち上がった。

 

「脳摘出は月曜日に予約しておくよ。もう取り消しは利かないからね」

「はい……ありがとうございます……」

 

 そう言ってから澄がぺこりとお辞儀をする。優一郎は遠慮のない目で舐めるように澄の身体を見た。美しく長い黒髪に人形のように整った顔、すらりと長い手足。これまで意識して見たことがなかったから判らなかったが、澄は生身の今でさえ人形のようななりをしている。

 

 結局、この業からは逃れられないのか。優一郎は嗤いを浮かべて心の中でそう呟いた。




めでたい? のかな?
澄は願いが叶うぽいです。
優一郎はアレですけども!w
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