あ、キスシーンはあります。BL警報です!
「こねええええ!」
頭を抱えて水輝は何度目かの叫びを上げた。ぜいぜいと肩で息をしてから枕元の時計をつかんで時間を読む。もうとっくに通常勤務時間は過ぎているはずだ。
「くそ、もしかして残業かー?」
眉を寄せて水輝はがりがりと頭をかいた。そうしている間にも腹の虫が鳴く。うー、と呻いて水輝はため息を吐いた。
不意に目の前に何かが現れる。水輝は慌てて宙に現れたそれを手で受け止めた。封筒だ。不思議に思って水輝は封筒を開けて中身をベッドに落とした。封筒には手紙が一枚と小さな瓶が入っていた。
『水輝さんへ。匿名希望の方からの提供品です。実験成功おめでとうございます。急な業務が入ったので今日は行けません。ごめんなさい』
どうやら優一郎かららしい。うあー、と顔を歪めて水輝はがっくりと肩を落とした。
「いや、実験成功したのは嬉しいよ、嬉しいんだけどな」
ぶつぶつ言いながら水輝は小さな瓶を取り上げた。まじまじと中身を見てから訝りに眉を寄せる。
「は? これ、こないだ見たやつじゃねえか」
見覚えのある薄青い光を見つめて水輝はじっと考え込んだ。さっさと廃棄しておけと言ったのに、なんで実鈴はこれを捨てていなかったのだろう。いや、それ以前にどうして優一郎はこれを実験成功と言うのだろうか。しばし考えを巡らせてから、水輝は首を捻った。
「……卵子……?」
そう言えばあの時、実鈴が卵子を寄越せと言っていた気がする。口許を手で覆って水輝は考え込んだ。しばし考えを巡らせてから、水輝は舌打ちをした。
「あの馬鹿!」
水輝はベッドを飛び降りて、慌ただしく服を着始めた。下着とジーンズとシャツを身に着け、ジャケットをつかんでから小瓶を握る。
「許せ! 優一郎! 緊急事態だ!」
口早に断ってから水輝は『塔』に一気に転移した。転移しつつ、見覚えのある気配をつかまえたところで水輝はその気配の間近に姿を現した。
「実鈴!」
水輝が声を張り上げるのと、『塔』内に警報が鳴るのは同時だった。
「ほえ!?」
廊下を歩いていたらしい実鈴が水輝に突然、腕をつかまれて驚いた顔をする。そうしている間にも『塔』の建物内にはけたたましい警報が鳴り続けた。
「あわわわわ! ど、どーしたんですかー! 水輝さんー! 禁止区域ですよ、ここー!」
「いいから来い!」
実鈴を抱きかかえて水輝は走り出した。横抱きにされた実鈴がわたわたと手を振り回す。水輝は駆けつけた保安部の連中を片手で殴り倒し、廊下を走った。
「こら! 待て! 止まれ!」
「止まれって言われて、止まるかよ!」
背後から駆けてくる連中に怒鳴り返して水輝は強引にその場から転移した。ひゃあああ、と実鈴が悲鳴を上げて身を縮こまらせる。次の瞬間、水輝は優一郎の研究室の隣の仮眠室に仁王立ちになって現れた。
「説明しろ!」
ベッドに横たわっていた優一郎に怒鳴りつけ、水輝は実鈴を優一郎に向かって放り投げた。
「ふええ! ひどいですー!」
手をわたわたと動かした実鈴が優一郎の身体の上にダイビングする。
「ちょっと、いったい何が、うわっぷ」
「よし! 二人まとめてご招待! 跳ぶぞ!」
早口で言ってから水輝はその場から二人を連れて一気に自宅まで転移した。元通りに寝室に現れたところで、強制的に転移させた二人がベッドに落ちる。
「ふえええん! 水輝さんがー! ひどいですー!」
「おれは! 腹が減って猛烈に気が立っている! 説明は判りやすく簡潔に! なおかつ、おれが納得するようにしろ!」
指を鳴らしながら水輝はベッドに落ちた二人を睨みつけた。
「美鈴さんに聞いて下さい。僕は虚偽申請の指摘をしただけです」
そう言って優一郎がぷい、と横を向く。すると実鈴が慌てたように手を振り回して優一郎の肩をばしばしと叩く。
「吉良博士、ひどいですー! 拗ねてないでー!」
「やーかーまーしーいー! おい、優一郎! 説明しないとおれとお前がセックスしてる画像を三課の腐れ女にばらまくぞ!」
腹の底から怒鳴ってから、水輝はびしりと実鈴を指差した。
「こらそこの腐れ女1! 実験経過を偽って報告した件、どう説明つけてくれる!?」
「ですから、美鈴さんが隠していたのを僕が預かったんです。美鈴さんは退職されるそうなので」
ぷくっと頬を膨らませて横を向いた優一郎が拗ねた口調で言う。それを聞いた水輝はなにいぃぃ、と叫んで実鈴を睨んだ。
「てめー、おれが頼んだ件、放ってばっくれるつもりか!」
「いやー、あのー、えっとですねー! ……ちょっと鈍いと思うんだけど……いえ、そういうつもりはー、ですけどー、もう! 吉良博士ってばー! 女の子みたいに拗ねてないで何とかしてくださいよー!」
実鈴が慌ただしくまくしたてて優一郎の服をつかんでがくがくと揺する。水輝は腕組みをして二人を睨みつけた。
「……よし、判った。おまえらがその態度なら」
そこで水輝は深々と息を吸った。
「当分、雲隠れしよっかなー、おれ。流浪の旅に出ようかなー。二百年くらい」
横を向いて水輝は軽い口調でそう言った。
「やめてくださいっ!」
ベッドに座っていた二人が同時に叫ぶ。水輝はよし、と頷いてから二人に目を戻した。
「吐け。洗いざらい、全部吐け」
水輝が剣呑に言うと、二人は顔を見合わせてから仕方なさそうに話をし始めた。
「ですからー……私がー……実は男だってことー、吉良博士にバレてしまいましてー」
「僕の過去の話をしつつ、隠していた実験成果の件の話をしたら、美鈴さんが切れて」
「そうそうー。売り言葉に買い言葉ってー、ああいうのを言うんですよねー。駄目ですねー、ボーイズ熱が足りない証拠ですねー、修行がー」
二人が代わる代わるに言うのを聞いて、水輝はため息を吐いた。
「まあ実鈴が男ってのはちょっと驚いたが……」
そう言ってから水輝はベッドに大股で寄り、実鈴の腕をつかんだ。はえ? と間の抜けた声を上げた実鈴の唇を強引に塞ぐ。硬直した実鈴の唇から治療の力を送ってから、水輝はぱっと手を離して実鈴を解放した。
「それで?」
何事もなかった顔で水輝は二人を睨みつけた。
「はうあー……。水輝さんにー、キスをされてしまいましたー、休み明けにー、半殺しですー」
泣きそうな顔をして実鈴がぶるぶると震えてみせる。それで、と水輝が低い声で促すと実鈴は何故か優一郎の背に隠れてしまった。
二百年くらいというのは水輝にとっては大した時間ではないというか。
でも脅しにはなるというw