「なんだよ」
「一昨日はすいませんでした、だから……」
どこにもいかないでください。消え入りそうな声で優一郎は続けた。眉間に皺を寄せた水輝がため息を吐いて肩を竦める。
「なに訳の判らないこと言ってんだよ」
「そーでーす。吉良博士はへんなひとー」
水輝が言った直後に実鈴がそう言いながらフォークを軽く振る。テーブルに着いた女性たちはそんな実鈴を嫌そうに見てから、一斉に優一郎に目を移した。だが優一郎はその視線に気付かず、訴えかける眼差しで水輝を見つめた。
「だって、旅に出るって……」
そう言いながら優一郎は視線を逸らして俯いた。はー? と水輝が呆れたような声を上げる。その直後、テーブルに着いていた女性の中の一人がふっ、と疲れたような笑みを浮かべた。
「無駄ですよ、無駄。吉良博士。水輝さんは課長に乗り換えたんですから」
「はー……充実したぼーいず人生よさようなら」
「まあでも、課長も見目は吉良博士には劣りますけど、可愛い系ではあるし、悪くはないんですけどねー……はー」
女性たちが口々に言って重々しいため息を吐く。
「まさか、嘘だったんですか?」
「なにがですかー?」
のんびりと食事をしながら実鈴が言う。優一郎はにっこりと実鈴に笑みかけた。
「あなたには聞いていません」
「いつまでも自分にー、束縛できるってー、根拠のない自信はー、どこからくるんですかー?」
にこにこと笑いながら実鈴が言い返す。水輝が疲れたようなため息を吐いて実鈴の頭をぽんと撫でる。
「用がそれだけならおれは行くぞ。時間がそろそろ」
そう言いながら水輝が食堂の壁にある時計を見る。
「自信、なんて! 自信なんか、あったら……」
震える声で言って俯いた優一郎の目に涙が浮かぶ。あらら、泣いちゃった。呑気に言って実鈴が肩を竦める。テーブルに着いていた女性たちがめいっぱい顔をしかめて力なく首を振る。
「仕事だ仕事。じゃあな」
そう言ってから水輝がテーブルを離れる。
「はい……。水輝さん、また!」
遠く離れていく水輝の背中に向かって優一郎は声を張り上げた。水輝が手を振って食堂を出て行く。実鈴がふっ、と笑って肘杖をつく。
「無理じゃないのー? まあ、吉良博士はー、私たちと違ってー、長生きですからー、もしかしたら会えるかも知れませんねー」
「かちょー……言いたくないですけど、もっと素直になった方が可愛いですよ?」
女性の中の一人が小声で言う。すると実鈴はけっ、と喉の奥で言った。
「実鈴さん、それって、どういう意味?」
「何でもー、長期の作戦みたいですよー。これだけかかるんですってー」
そう言って実鈴が手を開いてみせる。
「そんな話、聞いてないっ!」
「私に怒鳴らないでくださいよー。作戦部の正式な依頼みたいですよー? 水輝さんがー、そう言ってましたもんー」
眉を寄せて実鈴が言う。すると何故かテーブルに着いていた女性たちが温い笑みを浮かべてふっ、と笑う。だが優一郎は焦っていて彼女たちの様子を見ていなかった。優一郎は椅子を鳴らして立ち上がり、慌ただしく食堂を駆け出した。総管理局のゲートを越えて廊下を走る。作戦部の部屋に辿り着いた優一郎は乱暴にドアを開けた。
「……あ、ええと、吉良博士? でしたっけ?」
部屋の奥にいた中年の男性が困惑した顔をして言う。
「それ以外の、誰に見えますか?」
にっこりと笑いながら優一郎はずかずかと部屋の中に入った。声を掛けた男性が困ったような顔をして頭をかく。
「ああ、まあそうですが……何かご用ですか?」
「ちょっと、現在のこちらで取り扱ってる任務の状況を教えていただけますか?」
「ええ、まあ構いませんが……」
男性が訝る顔をして言ってから、どうぞ、と席を立つ。優一郎は勧められるままにその男性の席に着いた。男性が端末を操作して画面に任務状況を表示させる。
「あー……部外秘については勘弁してもらえますかね? 一応、こっちにも事情が」
「これで全部では、ないですよね?」
素早く画面に目を通してから、優一郎はにっこりと笑って男性を見た。男性が難しそうな顔をして頭をかく。
「例のプロジェクトに関係あるんですかね?」
「いえ、僕、こういう副職も持っていますので」
そう言ってから優一郎はスーツの内ポケットからIDカードを取り出した。それを見た男性がうわあ、と呟く。
「まあ、そういうことでしたらお見せしますよ。……これが、今現在の作戦状況です」
男性が操作すると画面にはずらりと作戦内容が表示された。進行具合も同時にチェック出来るように表になっている。優一郎は忙しくその表に目を通した。
「この作戦。僕が預らせていただきます」
こんな作戦に五百年もかけるなんて計画書いたのはどこのどいつだ。怒りを覚えながら優一郎は画面を指差した。すると男性がああ、と頷く。
「それね。水輝くんに頼んで、さっきゲートに向かいましたよ。彼」
頷きながら男性が言う。優一郎はがたん、と席を立って机から少し離れた。
「五分ください」
「は?」
男性が不思議そうな顔をする。だがそれを余所に優一郎はその場に力を導き、鏡を展開した。
「ちょっと、割ってきますね」
優一郎がこぶしを固めてにっこり笑うと、男性が慌てた様子で優一郎を引き留めた。
「待った! 割らないでくださいよ! そういうのは彼女だけで十分ですから!」
優一郎の腕をつかまえた男性が声を張り上げる。
「わたしはわたしだから」
そう言って優一郎は嗤いを浮かべた。するとそれまでのんびりと二人のやり取りを見ていた、傍の席の若い男性が言う。
「あのー。水輝君なら今から行けば捕まえられると思いますけど? ゲートキーパーがちょっと揉めてたみたいだから」
椅子に逆に座り、背もたれを腕で抱いた若い男性がそう言って床を指差してみせる。
「そうね、そのほうが確かに、割るよりも建設的な気がするわね」
優一郎はうんうんと頷いて、若い男性に投げキッスをした。
「ありがと」
「あ、いえ……うわ、似てない……」
意味不明のことを呟く男性を余所に、優一郎は鏡を消してその場を駆け出した。慌ただしく廊下を走り、エレベーターの現在位置を確かめてから、階段に向かう。
水輝さんっ! 行かせませんからっ!
優一郎は心の中で叫びながら階段を駆け下りた。
優一郎なのかそうでないのか判らなくなってます。
作者もです……。