ホテルの部屋の中央に立っていた鏡が静かに消える。その前で腰に手を当ててふんぞり返っていた佑はほっと息を吐いて額に浮いた汗を拭った。
「一週間、居なかっただけなのに……」
しょんぼりと肩を落として佑は小声で呟いた。この一ヶ月というもの、ろくな情報も入ってこなかったため、メンテナンスで遊びまくっていたつけでも回ってきたのだろうか。それとも他に何か原因があるのだろうか。そう考えた佑はふと気付いた。そういえばこれまで、水輝が一人で任務にあたり、佑が一人であの世界に残っていたことはあるが、逆はなかった。
「あの、佑。私のせいですか?」
佑が気鬱な顔をしていることに気付いたのか、桂が慌てたように言う。
「あなたは関係ないと思う。うん」
そう言ってから佑はベッドに腰掛けた。戸惑った顔をして桂が佑の様子を伺っている。
「あの、もし私のせいなら。解体されて、燃えないゴミの日に捨てられても、かまいませんからっ!」
胸のところで手を組み合わせ、目を潤ませた桂がそんなことを言う。佑はまじまじと桂を見つめた。一ヶ月の間に慣れたつもりではいたが、やっぱり桂の仕草は妙に可愛らしく見える。
『パーツの九割以上はリサイクル可能です。解体して廃棄する場合はリサイクルゴミに出すべきでしょう』
桂の切ない訴えに続いて、一号が抑揚のない声で言う。
「燃えないゴミにもリサイクルゴミにも出さないわよ。っていうか、水輝さんはあなた一人くらいでどうのこうの言うような器の小さい人じゃないってば」
一号の指摘を受けて顔を歪めていた桂に、佑は苦笑をしてみせた。桂のことを訊いた時も、水輝は特にやきもちを妬いている風ではなかった。事情を知らないから、桂が裸で突っ立っていたことが気になっただけだろう。
「やっぱり、わたしだけじゃダメなのね。解ってはいたけど、こうして現実突きつけられるとちょっと悔しいかも」
佑は抱えた膝に顎を乗せてため息を吐いた。出かける前から嫌な予感はあったのだ。遠い目をする佑を伺っていた桂が困惑した面持ちになる。
「でも、子供までは予測してなかったわ……これが、想定外って奴ねっ!」
眉を寄せて佑は険しい顔をした。たかが一週間でまさか子供が出来て、それが産まれているなんて予想はしていなかった。しかも水輝は何故か自分で子供を抱えていた。佑が産んだ理子でさえ、自分では抱いたことがなかったあの水輝がだ。佑はそのことを考えてこぶしを握り固めて震わせた。
「水輝さんにマトモに子供の世話ができるわけないし。早く帰らないと」
そう言ってうんうん、と佑は頷いた。その時、部屋のドアがノックされた。桂が慌てたようにバスルームに飛び込んだのを確かめてから、佑は部屋のドアを開けた。
「あー、やっと見つかりましたよ、例の」
ドアの外に立っていたのは、同じ作戦に当たっている仲間の一人だった。
「ナーイスタイミング! とにかく、世界征服を企む悪のハイブリッドを倒せばいいのよね! 居場所さえわかれば終わったも同然っ!」
「声大きいっすよ、佑さん。ええと、潜伏先はここです」
手にしていたメモ帳を一枚千切り、男が佑にそれを手渡す。男は被っていた帽子の向きを直しながら渋い顔をしてみせた。
「どうも動きがつかめないと思ったら、地中を移動していたらしくて。もぐらですね、まるで」
「こんなのが地中をうろつき回ってるの? 道理で地震が多いと思った……」
難しい顔をして佑はため息を吐いた。ここについてからというもの、やけに地震が多く、最初のうちは夜中に揺れて慌てて目覚めることも多かったのだ。
「一応、地中に結界打ちましたから、目標はこの街からは出られませんが」
そこまで言って男が声を潜める。
「あの……一応……言いますけど……捕獲ですからね?」
「わかってるわよ。こいつがイレギュラーに関する情報を持ってるって言うか、こいつがイレギュラーを造った可能性が高いのよね?」
「そうらしいですね。まあ、俺らが出張ることがないように祈ってますよ」
ははは、と情けない顔で笑ってから男が去っていく。男は作戦部の中でも特に処理班として動いている。万が一、作戦が失敗した際に色んなことを片付ける役目を持っているのだ。
「地下の主か……。可動式の城を持ってる分、優一郎より上よね……」
眉を寄せて佑は呟いた。バスルームのドアをノックすると、桂がひょこっと顔を覗かせる。
「ターゲットが見つかったから、これから直ぐに強襲をかけるわ。支度しなさい」
佑が指示すると、桂が慌てて部屋に戻って着替えを始める。
「ちょうどメンテばっちし終えたばっかりだし、タイミング良かったわよね」
佑はしみじみと呟いて頷いた。桂が身支度を整えて佑のところに駆けてくる。桂は不安そうな顔をして佑を上目遣いに見た。
「佑、私、足手まといになりませんか?」
「大丈夫。桂、自信持って良いわよ。あなたはとても優秀な弟子だから」
佑は桂の肩に手を乗せて力強く頷いてみせた。この一ヶ月、何もずっとメンテナンスだけをしていた訳ではない。その間に佑は桂に自分の持つ武道の技を叩き込んだ。素直で、しかも覚えのいい桂はぐんぐんと腕を上げたのだ。
「身体もチューンナップしてプログラム設定も煮詰めたし、並のハイブリッド相手なら、一泡ふかせてやれるくらいの力はあるわよ」
そう言って佑はぽんぽんと桂の肩を叩いた。不安そうにしていた桂が少し明るい顔をする。
二人はそれからすぐに知らされた場所に向かった。メモに書かれた場所が示していたのはどこかの学校だった。装着した通信機から流れてくる仲間のガイドに従い、佑は学校のグランドに向かった。今日はどうやら休日のようで、グランドには誰もいない。
『九時の方向、六十秒後に出ます』
通信機から緊張した男の声が流れてくる。彼らが目標を取り囲んだ結界を少しずつ縮め、目標を地上に引きずり出すという作戦なのだ。
「交渉の必要性は無いのね? 捕獲していいのね?」
『捕獲が目的ですね。その他の素材については回収班が回収を行い、捕獲成功後に即時撤収です』
「尋問はそちらでやってくれるの?」
『作戦部に連行しろということですので、尋問などは戻ってからということになりますね』
そんな会話をしているうちに地面が激しく揺れ始める。地響きがして、やがて立っていられなくなるくらいに地面が大きく揺れ始める。佑は自分と桂の足許に力を固定し、地面から少し浮いたところで指示された方角を睨みつけた。
「素材ってどういう意味よ?」
『こちらでは何とも……。医療局から出張ってるようですから』
グランドの一部分が少しずつ盛り上がる。
「桂、指示があるまで、本気モードで待機」
佑は傍に立つ桂に言ってから、盛り上がりつつある地面を睨みつけた。やがて地面が割れて巨大な黒いドームのようなものが姿を現す。どうやらこれが地中を蠢くものの頭頂部らしい。
『各自、作戦開始』
合図を受けた佑は現れたドームに向かって駆け出した。ドームの壁の一部が開き、中から大勢の女性たちが駆け出してくる。
「女の子!?」
「佑、指示を!」
少し後ろにいた桂が声を張り上げる。
「戦闘モードに落として、待機! とりあえず、力量を確かめてくる」
そう言って佑は飛び出した。駆けてきた女性たちが次々に地面を蹴って空に舞い上がると、上空から佑目掛けて銃弾を放つ。女性たちの背にはとんぼのような金属の羽根がついていた。どうやらあれで空に浮いているらしい。佑は腰に下げた刀を抜き、飛んできた銃弾を悉く打ち払った。
「この波動は……!」
はっと息を飲んで佑はドームの方をちらりと見てから、空に浮く女性たちを見た。
「桂、本気モード。指弾であの子達の羽を狙える?」
通信機を介して佑は桂に訊ねた。
『はい。佑』
そう桂が返事をした後、空に浮かんでいた女性たちの羽根が次々に砕けた。バランスを崩した女性たちが地面に落ちていく。佑は自分に降り注ぐ銃弾を刀で弾きながらドーム目指して駆けた。
がしゃん、と耳障りな音がして佑の間近に一人の女性が落ちる。頭から地面に落ちた瞬間、女性の首が折れ、金属の擦れる特有の音を立てる。どうやら空に浮いている女性たちは生身ではないらしい。
ここから五章です。
佑のバトルシーンは久し振りな気がします。
桂は初めてかな?