TS注意報ですかね!
実鈴から聞いた件を問うと、理子は明るい声で教えてくれた。
そうなのっ。理子ね、実鈴さんたちとまぶだちなんだよっ。パパもだから頑張ってボーイズするのだー!
どうやら理子も医療特殊技術部三課の女性たちと同様に、趣味と恋愛はきっちりと分けているようだ。優一郎が水輝といちゃいちゃするのは全然構わないと笑いながら言っていた。
理子との通信を思い出して優一郎は感慨をこめてため息を吐いた。やっぱり理子は元気でいい。そんなことを思いながら優一郎は機嫌良くまな板の上でねぎを切り始めた。
澄の手術は予定通りに終了した。提出された仕様書に応じて、各種機材や部品も発注は既にされている。新しい企画案も提出済みだ。その案が通れば近いうちにこの世界全域を対象にした調査が行われるだろう。今日一日の仕事を思い出しながら、優一郎は小口切りにした葱を皿に移した。
優一郎は女性の姿で水輝の家の台所に立っていた。この家の合い鍵は先に水輝から貰っている。気合いを入れて買ってきた食材がテーブルに並び、その中にはちゃんと水輝の好物らしい桃の缶詰も入っている。味噌汁に煮魚に、野菜の炊き合わせ、大根のサラダと優一郎は次々に料理を作っていった。
やがて玄関で鍵を開ける音がする。優一郎はエプロンで手を拭きながら玄関に向かった。
「ただいまー……っても、誰もいないっと」
玄関を開けた水輝が俯きながら言った後、頭を上げて驚いた顔をする。腕に赤ん坊を抱いた水輝は、両腕にたくさんの買い物袋をぶら下げていた。
「おかえりなさい」
にっこりと笑って優一郎は言った。すると水輝が怪訝そうな顔をしてまじまじと優一郎を見る。
「えーと……何でここに?」
そう言いながら水輝が玄関を通って寝室に向かう。優一郎はそんな水輝の後をついて歩いた。
「お風呂になさいますか、それともお食事になさいますか? それとも……」
微笑みを浮かべたまま優一郎は言った。すると水輝が廊下の途中でぴたりと足を止めて振り返る。
「いや、待て。おれはおまえが何でここにいるのか、その理由を訊いてるんだ」
渋い顔をして水輝が訊ねる。水輝が抱えた大量の買い物袋の中には、ミルクやおむつなどが詰め込まれている。どうやら水輝は『塔』の帰りに子供用のものを買い集めていたようだ。
「とりあえず、青藍さんのお世話をしましょう」
にこにこと笑いながら優一郎は言った。何かを言いたそうに口を開きかけた水輝が、機嫌の悪そうな顔をして口を閉じて寝室に向かって歩き出す。
寝室についたところで水輝はベッドにそっと赤ん坊を乗せた。腕にぶら下げていた荷物を探ってミルクの缶と哺乳瓶を取り出し、水輝が黙って寝室を出る。しばらくして戻ってきた水輝は白いミルクの入った哺乳瓶を持っていた。
「それで? 何しに来た」
仏頂面でベッドに腰掛け、赤ん坊を腕に抱いた水輝が低い声で訊ねる。水輝が口許に哺乳瓶の乳首を寄せると、それまで目を閉じていた赤ん坊がぱっちりと目を開けて乳首に吸い付く。
「水輝さんの傍に居たいって理由で来てはいけませんか?」
優一郎が答えると水輝が怪訝そうな顔をする。その後、水輝は乾いた声で笑った。
「阿呆。振った男の家を訪ねて何が楽しいんだよ」
そう言ってから水輝がほら、零すな、と渋い顔をして赤ん坊に言う。水輝は赤ん坊を抱いた手で器用に哺乳瓶を支え、ガーゼで零れたミルクを拭いた。
「誰が! 何時!?」
「こういうのやめとこうって言ったら、その方がいいっつったじゃねえか」
驚いて訊ねた優一郎を怪訝そうに見てから水輝がそう言う。優一郎はそれを聞いて今日の応接室でのやり取りを思い出した。その後、水輝がゲートで騒ぎを起こした件も優一郎の耳には入ってきている。
「だから、僕から逃げるのを辞めてくださるんじゃないんですか?」
「は? なに言ってんだよ。おれは、こういう関係は混乱するからやめようって言ったんだぞ?」
眉を寄せて言ってから、水輝が赤ん坊に目を落とす。それに、と言葉を続けて水輝がちらりと優一郎を見る。
「実鈴に聞いたぞ。おまえ、ノーマルでストレートなんだろ? いいじゃねえか、もう」
疲れたように言って水輝が優一郎から視線を背ける。
「実鈴さんの言うことは信じるんですね」
拗ねた顔をして優一郎はぼそりと言った。実鈴はきっと、あれから水輝に会って色々と話をしたのだろう。水輝がため息を吐いて優一郎を見る。
「好かれてたのかと思えば直前に逃げてみたり、やめとこうっつったらその方がいいっつったり、なに信じろって?」
ミルクを飲ませ終えたところで水輝が哺乳瓶をベッドに転がし、赤ん坊を胸に抱いて背を軽く叩く。けぷ、と赤ん坊がげっぷを出した後、水輝は静かにベッドに赤ん坊を横たえた。優一郎はエプロンをかたく握りしめ、じっと水輝を見つめた。
「僕は、水輝さんが好きです。だからこそ、いろいろ混乱したりします。好きだから悩むんです」
赤ん坊のおむつを替えようとしていた水輝が驚いたような顔で優一郎を見る。しばし優一郎を見つめてから、水輝はため息を吐いて赤ん坊に目を戻した。慣れた手つきでおむつをかえながら、水輝は呻くような声で言った。
「まあ……好きだって言われるのは嬉しいが……」
「嬉しいが、何ですか?」
「明日、佑が帰ってくるらしいぞ」
ぼそりと答えて水輝は顔を上げた。ゆらりと立ち上がって歩き出した水輝に優一郎は静かについて歩いた。リビングに移動したところで水輝が煙草に火を点ける。
「そうですか」
優一郎はソファに腰掛けた水輝の傍に立ち、口許に嗤いを浮かべた。余所を向いて煙草を吸っていた水輝が疲れたような顔をしてため息を吐く。
「とりあえずだな。おれが優一郎を好きなのは変わらないが、佑と結婚してるのも事実なんでな。その辺りの話はつけるつもりではいたが……」
そこまで言ってから水輝は自分の隣をぽんぽんと手で叩いてみせた。どうやら座れということらしい。優一郎は大人しく水輝の隣に腰掛けた。
「水輝さんが手を汚す必要はありませんよ。僕は、まだ佑でもあるんです」
優一郎は嗤いを浮かべて言った。すると水輝がしかめ面をしてうなだれる。
「いや、とにかく修羅場はよしてくれ。おれはあれを連れてここを離れようと思ってるんだ。佑は愛人つかまえたらしいし、寂しかねえだろ」
そう言いながら水輝は灰皿に手を伸ばして灰を落としてから、煙草を唇に挟んだ。
「佑はついていきますよ」
「ゲートを向こう側から壊せば来れねえだろ。来れたとしても、ゲートが直る頃にはあれも成長してるだろうし……」
そう言って水輝が少しだけ笑う。灰皿に煙草をねじ込んでから水輝はぽんと優一郎の頭に手を置いた。
「まあ、おまえは理子と仲良くしてろよ。な?」
優一郎は水輝を見つめて色んな意味を込めて笑みを浮かべた。すると水輝が怪訝そうな顔をして優一郎の頭から手を離す。
「……なんだよ」
「水輝さんの一番は僕ですよね?」
優一郎が問うと、水輝は渋い顔をして目を逸らした。シャツの袖を引くと水輝が嫌そうな顔をして優一郎を見る。
「何で女の格好してんだよ」
水輝が嫌そうにして低い声で言う。優一郎は目を細めて水輝の腕を引っ張った。
「別にどちらでも」
にっこりと笑ってから優一郎は自分の胸に手を潜らせ、さっさと男性に変化した。すると水輝が呆れたような顔をする。
「ノーマルのストレートだろ? いいからもう帰れよ。おれはここに荷物を取りに寄っただけだ」
ぼそぼそとした声で言ってから水輝が立ち上がろうとする。優一郎はそこで水輝の腕を引っ張った。腰を上げかけた水輝がうわ、と声を漏らしてソファに逆戻りする。
「逃がしませんよ」
「何なんだよ一体。避けたかと思ったら寄ってきてみたり」
うんざりした顔をして水輝がそっぽを向く。それから水輝はぶつぶつと口の中で文句を並べ立てた。
「大体なあ。あれからおれがどれだけ悶々としたと思うんだ。あそこは治まらねえし、オナニーしても抜けねえし、遊びに行っても大して気持ちよくないし」
愚痴を吐きながら水輝がうなだれる。どうやら週末に放置されたことを根に持っているらしい。
「ごめんなさい」
「まあ……腹にあれが居たんなら仕方ねえけど……」
消沈した顔で優一郎が詫びると、水輝が困ったような顔をしてぼそぼそと聞き取りにくい声で言う。
「もう一度、質問していいですか? 水輝さんの一番は僕ですよね?」
優一郎は水輝の腕をつかまえたまま、にっこりと笑って訊ねた。水輝が嫌そうに優一郎を見てから、やがて諦めたようにため息を吐く。
「ああ、そうだよ。くそ、負けた気がする」
そう言って水輝が素早く優一郎の顎に手をかけ、口づけする。優一郎は触れるだけの軽い口づけを受けて口許に笑みを浮かべた。舌打ちをした水輝がそっぽを向く。
「それなら、僕の一番も水輝さんです」
優一郎は体重をかけて水輝をソファに押し倒した。水輝が目を見張って唖然としたような顔で優一郎を見つめる。
「ちょ、ちょっと待て。おまえ、理子は!? 理子が一番だろうが!」
組み敷かれた水輝が慌てた声で言って身を捩る。
「二番のままでは駄目だって、気付いたから」
「はっ!? 別におれは二番でも三番でも……って、こら! 待てってば!」
組み伏せた水輝が身体の下でもがく。優一郎はするりと手を動かして水輝の股間を服越しに撫でた。水輝のペニスは服の上からでもはっきりと判るほど勃起している。
「すみません。水輝さん。予想以上に彼女の動きが速かったみたいです」
出し抜いて旅に出るなんて無理でしたね? そう言って優一郎はちらりとリビングの端に目をやった。息を飲んだ水輝が慌てたように優一郎の視線を追いかけてそちらを見る。
長かったので切りました。