「この方、羽振りがいいんですね」
後ろから水輝の端末画面を覗き込んだ優一郎はにっこりと笑った。水輝が端末をポケットに戻しながら頷く。
「あー。しょっちゅうこいつには抱かれてるしな。それなりに金持ってんだろ。おれ、安売りはしてねえし」
淡々と言いながら水輝は立ち上がった。
「本当に受けていただけるんですか? 確かに本人の名誉のためにも処女であることは保証しますけど……」
歩き出した水輝に並んで歩きながら優一郎はそう言った。すると水輝が軽く頷く。
「佑にぶちぶち言われたからなー。処女なら何でもいい」
難しい顔をして水輝が深々とため息を吐く。どうせ気持ち良くねえしなー、とぼやくように言った水輝を見やり、優一郎は困ったように笑った。確かにさっきの都賀とのやり取りを見ても、水輝が感じたのは挿入時のほんの一瞬だけだったようだ。
「あと、本人が必要としているかどうかもわかりません。無駄骨になる可能性もあります」
その場合ももちろんお金はお支払いしますけど……。小声で言った優一郎に水輝が苦笑に近い笑みを向ける。
「知り合いだからサービスしとくって。金はいいよ」
意外なことを言われて優一郎は驚きに目を丸くした。水輝が大きく伸びをして首を鳴らす。
「水輝さん、数軒の料理屋につけがたまってるんでしょう? 大丈夫なんですか? 結構、時間拘束されると思いますよ?」
「ツケは身体で払う。……って、何でそんなことまで知ってんだよ」
当たり前の顔で答えてから水輝が優一郎の脇腹を小突く。優一郎は困ったような顔をして水輝を見た。水輝は呑気に鼻歌を歌っている。
「お金の動きを追ってるんです」
「相変わらずだなあ。って、お前、ここに何しに来たんだ? まさか情事の観察ってわけでもねえだろ?」
にっこりと笑った優一郎に呆れた顔で言って水輝が足を止める。そこで優一郎は本来の目的を思い出して頷いた。
「不法侵入者はそちらですよ。ここはパーツ置き場です」
「あー、ここって人がこねえから便利なんだよ」
ばつの悪そうな顔をして水輝が頭をかく。どうやら水輝は頻繁にここを使っているようだ。そのことに気付いて優一郎は少し眉を寄せて首を傾げた。
「そういえば、セキュリティシステムはどうやって?」
「あの都賀っておっさんがこっそり解除してるっぽいな。保安部にばれたらしばきかな」
優一郎は目的の箱を見つけて中から必要な機材を取りだした。水輝が優一郎が取り出したパーツを次々に抱えていく。無言で荷物持ちをしてくれることをありがたく思いながら、優一郎は必要な機材を集めて回った。
「なるほど。水輝さん、ありがとうございます」
「いや、このくらいは別に。用が済んだなら行くか」
にっこりと笑ってみせた優一郎に事もなげに頷き、水輝が倉庫の入り口に向かって歩き出す。優一郎は身軽に飛んで中二階のフロアから降りた水輝の後を追った。
「そういえば理子が子供にかまけてるって?」
倉庫を出て、廊下を歩きながら水輝がふとそんな話をする。優一郎は理子のことを思い出して少し眉を寄せた。妊娠したと判った直後から、理子は熱心に毎日胎教に励んでいる。
「ええ。よっぽど嬉しいみたいで。早く産んで佑に見せてやりたいって」
「怒るだろなー、あいつ……。おばあちゃんとか言われたら理子とつかみ合いの喧嘩しそうだ」
その図を想像したのか、水輝が声に出して笑う。優一郎は一緒になって少しだけ笑ってからそっとため息を吐いた。
理子はこの『塔』では働いていない。ここから少し離れた場所に構えた家で胎教に励んでいる。……のだが、妊娠したと判った直後から理子は優一郎とのセックスを頑として拒むようになった。毎日、栄養のある食べ物を食べ、熱心に妊婦の情報を集め、熱心にビデオディスクを観ている。そのことを思い出して優一郎は遠い目をした。
「……なんだ。ご無沙汰で機嫌悪いのか」
水輝が廊下を歩きながらごく小さな声で指摘する。優一郎ははっと我に返って慌てて水輝を見た。
「いいえ、そういうわけでも。最近は覚醒直後のことを考えたら嘘みたいに安定してますから」
「ふうん。欲求不満ならやらせてやろうか? ま、嫌なら無理強いはしないけどな」
そう言いながら水輝が足を止めてドアを見る。優一郎はそこで自分の研究室にたどり着いていたことに気が付いた。
「本当に全然。例えば以前ならヒューマノイドの開発にも、邪念というか、性的な欲望が混ざっていましたけど。今はきちんと研究対象として、節度をもって接することができるようになりました」
そう言いながら優一郎は研究室のドアを開けた。中にいた研究員が優一郎にまばらに会釈をする。優一郎は彼らに目で答えてから部屋の奥に進んだ。水輝がその後をのんびりとついて歩く。
「ま、そういうことならおれはお呼びじゃねえか」
小さな水輝の呟きに気が付いて優一郎は何となく振り向いた。両腕に機材を抱えた水輝は物珍しそうに研究室を眺めている。優一郎のこの研究室には数名の研究員がおり、彼らは優一郎の作業を手伝ったり、データを集めたりといった雑務を引き受けてくれているのだ。
「さまざまな層からスタッフを集めることができました。四つの研究プロジェクトを同時進行できるのも、彼らのおかげです」
「ほーん……。おれはそっち方面はさっぱりだからなあ。前線でがんがん戦ってる方が気が楽でいいや」
軽く笑って水輝が頷く。優一郎は奥の部屋に続くドアを開けてどうぞ、と水輝を促した。細い廊下を行ったところにもう一つドアがある。そのドアを開けて優一郎は水輝を促した。部屋の中にいた一人の女性が慌てたようにソファから立ち上がって頭を下げる。白衣を着たその女性に水輝が軽く会釈をする。優一郎は静かに奥の部屋のドアを内側から閉めた。
建物の構造を作者が把握していない件w
何となくふわっとはあったのですが……今は思い出せない……(汗)