※この作品はR-18です。

再生の日   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


そこは妖精の国

「今度こそ、天国かなあ……」

 

 見知らぬ森の中を歩きながら佑は小声で呟いた。周囲にはうっそうとした木々が茂っており、時折、どこからともなく鳥らしい低い鳴き声が聞こえてくる。

 

 森を歩く佑は十歳程度の容姿に変わっていた。

 

「やられたわ……。完敗……」

 

 しょんぼりと肩を落として呟いてから、佑は空を見上げた。木の葉の隙間に微かに見える空は青い。そのことから佑はあの世界とは違うところにいると認識した。あの世界はドームに覆われていて、昼間でも空は白く、こんな風に青くはないのだ。

 

 消沈した顔で歩きながら佑はやられた時のことを思い出した。優一郎が本気で、しかも命がけでかかってきたからこそ不覚をとってしまった。これまでの優一郎ならあそこでいきなり斬り掛かったりはしなかっただろう。それだけ優一郎も覚悟をきめていたということだ。

 

「……清香!?」

 

 不意に目の前を横切ったものを見止めて佑は思わず声を上げた。背中に薄い羽根のついた小さな妖精がふわりと佑の前を横切って森の奥に消えてしまう。佑は目をしばたたいて慌てて駆け出した。道のないところを走る佑は、木の根に何度も足を取られそうになった。だがそのたびに佑は器用にバランスを取り、先を急いだ。

 

 生きてるってことは、まだ挽回のチャンスがあるってこと。そっちが覚悟を決めたなら、こっちも遠慮する必要は無い。そう思いながら走った佑の視界が唐突に開ける。明るい陽射しの降り注ぐそこには小さな泉があり、その泉ではたくさんの妖精が水浴びをしていた。鈴を鳴らすような音が一斉に立ち、妖精たちが現れた佑に注目する。

 

「こんにちは」

 

 佑が声を掛けるとしゃらしゃらという鈴の音が響く。どうやらこれが妖精の声らしい。だがなにを言っているのかは佑には聞き取れなかった。泉に身体を浸していた妖精たちの中から、一人が飛び立って佑に近付く。それは佑が清香と呼んだ妖精だった。清香がにこにこと笑いながら佑の周りを飛び回る。

 

「やっぱり清香ね? わたしの言ってることわかる?」

 

 清香はかつて佑がとあるきっかけで作り出した妖精だ。清香は佑の顔の前で宙に止まり、微笑みを浮かべて何度も頷いた。妖精の言葉は聞き取れないが、清香には佑の言葉は理解出来るようだ。

 

「こっちに来たら居なくなっちゃって、探したんだからっ!」

 

 佑が声を荒らげると、驚いたように清香が身を震わせてしきりに頭を下げる。どうやら謝っているらしい。

 

「いいの。いいの。でもちょっとおしおき」

 

 そう言って佑は指先で清香の小さな乳房を捏ね回した。鈴の音を立てて清香が真っ赤な顔をして身を捩る。それまで二人のやり取りを面白そうに見ていた妖精たちが一斉に鈴を鳴らす音を立てる。どうやら笑っているらしい。

 

「清香ってば相変わらずえっちなんだから」

 

 悪戯っぽく笑って佑は清香の乳房から指を離した。全身で息を吐いた清香が泣きそうな顔をして胸を腕で庇い、佑を涙目で見る。

 

 佑はそれから素足になって泉のほとりに腰を下ろして足を膝まで冷たい泉に浸した。妖精たちの言うことは判らないが、彼らは佑の質問には仕草で答えてくれた。どうやらここは佑のいた世界に間違いはないらしい。佑はそのことを確認してから空を仰いだ。泉に明るい陽射しを送る空は青く澄み切っている。

 

「つまりここは外なのね?」

 

 そう佑が訊ねると、妖精たちは鈴の音を鳴らして一斉に頷いた。佑の肩にちょこんと座った清香も同じように頷く。

 

「勘違いしてたわ。汚れていたのは、外じゃ無くて中だったのね。隔離されてたのは中だったんだ」

 

 佑は唇に指を当ててそう呟いた。あのドームの中に暮らす人々の数は、かつて佑が暮らしていた世界に比べると驚くほど少ない。彼らは決してドームからは出ようとはせず、ドームの外は汚染されていると信じ切っている。だが佑が見る限り、この森も、そして足を浸した水も、空もどこも汚れている様子はないのだ。

 

「いや、そうか。彼らはこの清らかな空気や水の中では生きられないんだわ」

 

 考えを巡らせた末に佑はぽつりと呟いた。ふと、清香が佑のブラウスの袖を引く。我に返った佑は泉から次々にあがる妖精たちを見て首を傾げた。彼らは空を指差して鈴の音を鳴らしてから、佑の身体のあちこちをつかんで引っ張った。どうやらこっちに来いと言っているらしい。そのことに気付いた佑は、急いで泉からあがり、元通りに靴を履いて彼らに従って歩き出した。

 

 森に入った妖精たちに連れられて佑は巨大な樹の洞に入った。次々に妖精たちが洞に入ったところで、唐突に雨が降り始める。どうやら彼らはこの雨が来ることを先に読んでいたらしい。

 

「ありがと」

 

 佑がにっこりと笑うと妖精たちが笑顔で頷く。中の一人が洞の奥から何かを抱えて飛んでくる。妖精が両腕に重そうに抱えていたのは赤い林檎だった。佑の差し出した手の中にぽとりと林檎を落とした妖精がぜいぜいと息を吐く。どうやら相当重かったらしい。

 

「くれるの? 重かったでしょう? ありがとう」

 

 微笑みを浮かべて言ってから、佑は遠慮無く林檎にかじりついた。ほんのりと甘酸っぱい林檎の味を噛みしめながら、佑は雨の注ぐ森の中を見やった。うっそうと茂る木々の上から雨が静かに降り注ぐ。

 

 あのドームの中には雨は降らない。太陽の光もなく、雨もなく、そして風もない世界があの世界の住人にとっては当たり前なのだろう。

 

「なんだか、とても懐かしい味……あっ」

 

 小さな声を上げた佑の身体が目に見えて成長する。ぶかぶかだった服が少しだけ身体に合ったような気がする。佑はまじまじと自分の身体を見下ろした。妖精たちがそんな佑を見て一斉に鈴を鳴らす。

 

「ありがとう」

 

 そう言って微笑んでから佑は森の中に目を戻した。

 

「ここに来たの初めてじゃない気がする……」

 

 なにもかもがとても気持ちがいい。佑は胸一杯に森の空気を吸い込んで、そっと息を吐き出した。妖精たちの声も少しも耳に触らないし、居心地の悪さも感じない。佑はしばしぼんやりと雨の降る森の中を見つめた。雨を避けているのか、鳥の声なども今は聞こえない。

 

「清香、わたし、もともとここで生まれたの?」

 

 肩に乗っていた清香に佑はそっと声を掛けた。すると清香が少し困ったような顔をしてから、洞の中で雨宿りをする妖精たちに視線を投げかける。すると妖精たちはまばらに鈴の音を鳴らした。それを聞いてから清香が佑に目を戻し、こくんと頷く。

 

「そうか、やっぱり、わたしは優一郎じゃなかったんだ」

 

 うしっ、と気合いの声を発して佑は握りこぶしを作った。清香が戸惑ったようにそんな佑を見つめる。どうやら気遣われているらしい。

 

「ありがとう。やさしい子ね」

 

 よしよしと言いながら佑は清香の身体を撫で回した。ついでに指先で乳房をこねこねと弄り回す。すると清香は真っ赤な顔をして身悶えながら鈴の音を鳴らした。そんな二人を見て妖精たちが一斉に鈴の音を鳴らして笑う。

 

 やがて雨が上がり、佑は洞から這い出した。雨上がりの独特の水気の含まれた空気を胸一杯に吸い込む。

 

「みんな、ありがとう。わたし……」

 

 妖精の鈴の音のような声を聞いているうちに、佑には何となく彼らの言っていることが判るようになってきた。彼らはどうやら佑に頑張れと声援を送っているらしい。清香が佑の周りを飛び回ってから、ちょこんと佑の肩に座る。

 

「うん。頑張る」

 

 優一郎! 見てなさいよ!

 

 気合いの声でそう言ってから佑は握ったこぶしを天に振り上げた。




清香というのは、ひとつ前の話で出てきた克人が元になってたモノです。
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