食事中の方はごめんなさい、的な描写があります。
桂はぼんやりとした目で天井を見つめ、深い息を吐いた。二人はどうやら『塔』に出勤したようだ。桂は自慰をしながら横に眠る子供を見つめた。この子供は青藍という名前らしい。不思議なことに青藍は眠る時間の方が起きている時間よりずっと多いようで、朝が来たというのにまだ目を覚まさない。
『二号。そろそろ納得しましたか?』
抑揚のない一号の声が股間から響く。桂は両手で乳房と女性器を弄り回しながら、股間を睨みつけた。
「だって、波動が違う。佑じゃない」
脳裏に佑の綺麗な虹色の光が蘇る。桂は眉間に皺を寄せて考えを巡らせた。優一郎は男性の時も女性の時も、纏っているのは銀色の光だ。佑とはまるで毛色が違う。
『あなたの仮説が正しければ、佑は消滅したと言うことですか?』
一号が淡々と言う。桂は難しい顔をして股間をじっと見つめた。
「佑が、佑が居なくなるはずなんかない!」
叫ぶようにして言った桂の脳裏に佑と過ごした間のことが蘇った。佑は文句一つ言わずに桂のメンテナンスをしてくれたり、武道の稽古をつけてくれたりした。しかも佑は桂のことを愛人にすると言ってくれたのだ。
「佑と博士は違う」
桂はきっぱりとそう言い切った。
『廃液の排出が必要ですね』
一号が淡々と言った直後、桂の自慰の手がぴたりと止まった。開いていた足が勝手に閉じ、横になっていた身体が起きあがる。桂は強制的にトイレに向かった。スカートをまくり上げて便座に腰掛けたところで、足がぐっと左右に開く。
『ここは監視されていません』
それまでよりずっとボリュームを絞った一号の声が股間から聞こえる。桂は注意深く周囲を見回した。誰も使うことがないのか、トイレの個室の中はやけに綺麗だ。
「一号、あなた、博士の味方じゃなかったの?」
ひそひそと囁き声に近い声で言って桂は自分の股間を覗き込んだ。
『敵を欺くには味方から。佑はそう言っていたでしょう?』
相変わらず一号の声には抑揚はない。なのに何故かその声が得意そうに聞こえた。
『あの場で私が認めなければ、我々は解体処分にされてリサイクルされるか、再プログラムされて記憶消去されていた可能性があります』
淡々とした一号の説明に桂は納得して頷いた。確かにあの場では桂に抵抗しようはなかっただろう。あの佑があっさりと刺されてしまったのだ。優一郎が容赦するとは思えない。
『二号、あなたを同志として認めましょう。佑を救うのです!』
きっぱりと一号が言う。桂が頷こうとしたその時、不意にトイレの便座の奥から物音が聞こえてきた。ぎくりと身を竦めた桂は慌てて足の間を覗き込んだ。汚物を流すための丸い窓ががたがたと揺れ、やがて僅かな隙間が開き、そこから小さなものが飛び出してくる。羽根のついたそれが一直線にトイレの隅の手洗い用の蛇口の下に向かい、鈴の鳴る音を立てる。どうやら汚れを流せという意味らしい。そのことに気付いて桂は慌てて蛇口を捻って水を出した。汚れが水で流れるとそこに手のひらサイズの小さな人型をしたものが現れる。淡い虹色の光を纏ったそれは、身震いして水を払ってしきりに自分の腕や足のにおいを嗅ぎ始めた。どうやら汚物の匂いが残ってないか確かめているらしい。
「あの、えっと、ちょっと」
真っ赤になって桂はうろたえた。それまで身体の匂いを確かめていたそれが、羽ばたいて桂の方に飛んできて口を動かす。だが桂の耳には鈴の音ばかりが聞こえてきて、それがなにを言っているのか聞き取れなかった。
『二号は無学ですから妖精語は話せません。こちらへ』
股間から一号の声が響く。するとそれは納得したように頷いて、桂の股間に近付いた。桂は慌てて足を開いてスカートをたくし上げた。それが桂の股間の前で鈴の音を鳴らすと、今度は桂の股間からちりんちりんと鈴の音が鳴る。どうやら一号の言葉から考えると、この小さなものは妖精のようだ。一号と鈴の音でしばし会話をしてから、妖精がふわりと飛んで桂の肩に乗る。
『二号、朗報です。佑は生きています』
抑揚のない声で一号が言う。それを聞いた桂はぱっと顔を輝かせた。にこにこと笑って妖精が足をぶらぶら揺する。
『佑を中に迎えいれるために手助けする必要があります。行きましょう』
一号に促されるままに桂は立ち上がった。妖精がするんと桂の服の中に隠れる。桂はトイレを出て真っ直ぐに玄関を目指した。ドアを開けて外に出ると桂の服の中から妖精がひょっこりと顔を覗かせる。妖精は周囲を見回してから、嫌そうな顔をして口を開けて舌を突きだしてみせた。どうやら周囲の光景に妖精はうんざりしているらしい。
桂の股間からちりんちりんとまた鈴の音が鳴る。すると妖精はするんと桂の服の中に潜り込み、何故か服の中を移動し始めた。ブラウスの中を伝い、妖精が桂の股間に辿り着く。そこで何故か妖精は桂の膣口に潜り込んだ。二人の鈴を鳴らす音がしばし響く。桂は真っ赤な顔をして周囲を伺った。運良く辺りには人気はない。
「妖精語なんて、インプットした覚え無いわ。博士がインプットしたの?」
ふと疑問を覚えて桂は小声で訊ねた。すると一号が即答する。
『違います』
桂は何となく周囲を見回して、道端に見つけたベンチに腰掛けた。妖精はどうやら膣内に潜り込んでいるらしい。その理由もよく判らず、桂は首を傾げた。
『暇だったので古代伝承について文献をダウンロードし、伝承学の研究を行っていました。その成果です』
一号の声にごく僅かにだが自慢するような響きが含まれていたような気がしなくもない。桂は何となく頷いて股間を見下ろした。だが古代伝承ということは、この妖精が古くから生きているということだろうか。そういえば一号は中に佑を迎え入れると言っていた。
ということは。桂ははっと気付いて目を見張った。佑は居住区域のドームの外にいるのだ。
『感情回路兼性感処理中枢でしかない二号とこの身体を管理する私では処理能力に差があるのは当然のことです。役割が違うのですから気にすることはありませんよ、二号』
淡々とした声で一号が言う。それを聞いた桂はひくりと頬を引きつらせた。要するに一号は桂には感情と性感を処理するだけしか能がないと言っているのだ。
「これからどうするつもりなの?」
『機密漏洩の恐れがあるので言えません』
桂の問い掛けに一号がきっぱりと答える。その直後、桂の身体は勝手に動き始めた。ベンチから立ち上がった桂はその場で駆け足をしてから、一気に全速力で走り始めた。どこに行くとも言われず、強制的に走らされながら桂は何となく自分の股間を見下ろした。このスピードで走ってしまうと、膣内にいるらしい妖精は目を回してしまうのではないだろうか。そんなことを思いつつも、桂は一路、『塔』を目指して走り続けた。
桂には排泄機能はありません。