今朝の理子はいつもに増して元気だった。
あっ、パパ! ナイスだったよお! この調子でがんばってね!
昨日のことを真っ先に誉められた。そのことを思い出して優一郎は微笑みを浮かべた。始業時間から少し遅れて応接室から戻ってきた優一郎に研究員たちが挨拶する。優一郎は笑顔で挨拶を返して自分の席に着いた。
応接室で水輝は熟睡している。ソファに移して毛布もかけておいたから、そのうちに目を覚ますだろう。優一郎は乱れた服をきっちりと直してはいたが、首筋には赤いキスマークがついていた。それが気になるのか、研究員たちが時折ちらちらと優一郎を見ては頬を染める。
「おはようございます。今日のスケジュールですが」
祥子がいつものようにスケジュールを読み上げる。
「早いわね。夕方には多村さんの起動試験ができるんだ」
「はい。発注した部品などは昼までには全て揃いますので」
優一郎の問い掛けに祥子が頷いてみせる。なるほど、と頷いて優一郎は端末の電源を入れた。
「それと例のプロジェクトですが、本日の会議にかけられるようですね」
そう言ってから祥子が感心したように頷く。どうやら優一郎が出した企画が上層部内の会議にかけられるようだ。
「そう……」
優一郎はくすりと笑ってみせた。すると祥子が少し頬を染めて周囲を伺う。それから祥子はこっそりと優一郎に耳打ちした。
「何だか吉良博士、今日は随分と色っぽいですね」
そう言ってから祥子が悪戯っぽく笑って研究員たちをこっそり指差してみせる。つられて研究員たちの方を見た優一郎は苦笑して頷いてみせた。どうやら彼女たちは優一郎のことをやけに気にしているようだ。
「そうかしら」
小声で呟いて優一郎はくすくすと笑ってみせた。するとちらちらとこちらを伺っていた研究員の何人かが真っ赤に頬を染めてぎこちなく優一郎から目を逸らす。
「色気って、男女関係なくある人には感じちゃいますからねぇ……。あっと。コーヒーをおいれするのを忘れてました」
慌てて言ってから祥子が立ち上がり研究室の隅に向かう。優一郎は電信のチェックをしながらのんびりとコーヒーを待った。いつものようにカップにコーヒーを注いだ祥子が席に戻ってくる。差し出されたカップをありがたく受け取り、優一郎は熱いコーヒーを啜った。
「多村さんが稼働すれば、希望者は自由に駆動試験していいわよ」
優一郎が声を掛けると作業をしていた研究員たちがはーい、と答える。澄はきっと彼女たちのいい教材になるだろう。それに澄もそれを望んでいるようだった。
やがて午前の業務時間が終わり、昼休憩になる。優一郎は早速、応接室に行って水輝の様子を見た。気配を感じたのか、それまでソファで眠っていた水輝が目を開けて瞼を擦る。
「あ、れー……? おれ、けっこう寝てた?」
寝ぼけた顔をして水輝が掠れた声で訊ねる。
「ええ。疲れてたんだと思うの」
頷いて答えながら優一郎は水輝の傍に腰掛けた。そっか、と呟いた水輝がのろのろと身を起こす。
「やべー……もう昼か。今日は仕事を受けようと思ってたんだけどなあ」
壁の時計を見上げて水輝がぼそぼそと言う。どうやら溜まったツケを支払ったり、子供のための用品を揃えたせいですっからかんになってしまったらしい。
「当分ゆっくりすればいいわよ。青藍もいることだし」
「いや、マジで貧乏だからおれ。稼がなきゃ食うにも困るだろ」
苦笑を浮かべて答えてから水輝が身体にかかっていた毛布を畳む。優一郎は差し出された毛布を受け取って首を傾げてみせた。
「どうして? わたしの稼ぎを使えばいいじゃない?」
任務を終えたばかりだし。優一郎がそう続けると水輝が何度か瞬きをして少し眉を寄せる。
「そう言えばそうか。今度は星割ったりしなかったか?」
苦笑して水輝が優一郎の頭を撫でる。どうやら水輝は優一郎と佑が同じであると漸く納得したらしい。優一郎は微笑みを浮かべてみせた。
「とても簡単な任務だったわ。情報収集のために、ハイブリッドを一人捕まえるだけ」
「へえ……。珍しく楽な作戦だなあ……。なのに二ヶ月か? やけに慎重というか……」
眉を寄せて水輝がぶつぶつと口の中で呟く。それからふと気付いたように水輝が言った。
「いけね。あいつらの様子、確かめてねえ。あの桂とかいう女、オナニーしっぱなしだっけ?」
慌てたように言って水輝が立ち上がる。だがその直後、水輝はあれ、と呟いてソファにどすんと舞い戻った。どうやら足に力が入らなかったらしい。
「大丈夫よ。青藍の世話をするように制御コンピュータに伝えておいたから」
そう言って優一郎は水輝の背を撫でた。力なく笑った水輝がそっか、と呟く。
不意に優一郎のスカートのポケットの中で通信機が震える。優一郎は通信機を取り出して耳につけた。
「はい。吉良です」
『あっ、パパー? 元気にボーイズラブしてるー!?』
一際元気な理子の声が聞こえてくる。優一郎は思わず微笑みを浮かべた。胸に手を突っ込んで素早く男性に戻ってから優一郎は答えた。
「まあ、今日はぼちぼちかな?」
『んむんむ。理子は期待しておるぞよ、あっはっは!』
豪快に笑ってから、理子がふと声を潜める。
『えっと、それはまあいいとして。あのね、お父さんのおうちでね。青藍ちゃんが一人でうろうろしてるのー。危なっかしいから、理子、代わりに行ってあげようか?』
それを聞いた優一郎は思わず目を見張った。
「わかった。お願いするよ」
『うん、じゃあねー』
そう答えて理子が通信を切る。優一郎はポケットに通信機を戻した。
「どうした? 理子からか?」
じっと黙って会話が終わるのを待っていたらしい水輝が小声で問う。
「ええ。水輝さん。どうやら、あの人形が行方不明になったようです」
「は? え、だって一号とかいうやつが制御してたんじゃ……ないのかよ」
戸惑ったような顔をして水輝が言う。優一郎は水輝の家に桂がいないことと、青藍の世話を理子が代わりにしてくれるということを説明した。水輝が眉を寄せて首を傾げる。
「もしかしてあれか? 子供の世話が実は嫌だったとか?」
「自動化した弊害が出たのかもしれませんね。青藍が無事でよかった」
そう言いながら優一郎は思案した。理子はあの家の至る所に監視カメラを仕掛けている。そのため、理子は青藍が一人でいることに気が付いたのだろう。だが確かに優一郎は一号に青藍の世話をするように伝えたはずなのだ。
エピタイは作者のもの!
ていうか、一部では判らなくなることばかりなので……。