不意に天井のスピーカーから警報が鳴り響く。はっとした優一郎は慌てて天井を仰いだ。隣に座っていた水輝が緊張した面持ちで天井を仰ぐ。
『ゲートフロアに緊急事態発生。作戦部、保安部各員は速やかに第一級戦闘態勢に移行してください』
機械的な女性の声がスピーカーから流れてくる。水輝が深呼吸をしてから勢いよく立ち上がる。
「何事だ、一体」
「わかりません。第一級戦闘態勢ということは、全ての能力制限が解除されます。ゲートフロアに転移して向かいましょう!」
「いえっさー」
優一郎の言葉に応えた水輝が転移の力を導く。二人は一瞬でゲートフロアに姿を現した。幾つも立ち並ぶゲートから少し離れた場所には小さな一枚の扉がある。騒動はそこで起こっていた。ゲートキーパーたちは悉くなぎ倒され、いち早く駆けつけたらしい保安部の連中が次々に倒されていく。
「外に続くゲートだろ? あれ」
床を蹴って走りながら水輝が手の中に宝珠を呼ぶ。優一郎は水輝に並んで駆けながら小さな扉の前に立つ人物を見極めようとした。だがその扉の周辺にはもうもうと煙が立っていて、人影くらいしか見極められない。
『非戦闘要員は速やかに避難してください』
建物の中には機械的な女性の声が響いている。
「とりあえず煙をどうにかしないとな」
そう言ってから水輝が鋭い息を吐いて抜刀する。その瞬間、剣圧で扉の周辺に立ちこめていた煙が一気に吹き飛ばされた。走っていた水輝がはっとしたように息を飲んで足を止める。優一郎はそれにならって立ち止まった。
「水輝さん? ……!」
優一郎は驚きに目を見張った。小さな扉は開いたままになっており、扉の向こうから煙が立ちこめているのが判る。その扉の前に立っていたのは佑と桂だった。
「いったい、どうして! ……くっ!」
一瞬で佑が床を蹴って優一郎の懐に飛び込み、鋭く打ち込む。身構える間もなく、優一郎は後ろに吹っ飛ばされた。再度、駆けようとした佑の前に水輝が割り込む。
「ちょっと待て。おまえ、あの扉を壊したのか」
右手に刀をぶら下げた水輝が静かな声音で佑に問い掛ける。優一郎はぐらつく頭を強く振り、身を起こした。吹き飛ばされた衝撃でゲートが幾つか破壊されてしまったようだ。
「開いただけよ。ゲートについては成り行き」
そう答えて佑が水輝を避けて優一郎に迫ろうとする。その瞬間に水輝の姿がかき消え、佑の目の前にまた割り込む。水輝は無造作に佑の腕を捕まえ、扉に向かって歩き出した。
「優一郎! ゲートフロアを物理閉鎖しろ!」
優一郎は戸惑いの目で水輝を見た。水輝は片手で佑をぶら下げたまま扉に向かってずんずんと大股で近付いていく。
「はい!」
頷いて優一郎はフロアの端にある端末に駆け寄った。
「佑っ!」
声を上げた桂が佑にすがりついて取り戻そうともがく。優一郎はそんな様子をちらりと振り返ってから端末を慌ただしく操作した。閉鎖前に駆け込んできた保安部や作戦部のメンバーがこのフロアに足を踏み入れた瞬間にばたばたと倒れていく。
「別に取って食いやしない! 暴れるな! って、噛みつくな!」
水輝が怒った声で言いながら扉に近付き、ぶら下げていた佑をすとんと扉の外に下ろす。桂が慌てたように佑にすがりつく。優一郎は急いでフロアを閉鎖し、『塔』に詰める人々に出来るだけ遠くに避難するよう勧告した。
このフロアに倒れた人々は佑や桂に打ちのめされたのではない。もっと別の理由で倒れたのだ。
「扉壊したの、どこの馬鹿よっ!」
どうやら自分たちが入ってきた扉が壊れていることに気付いたらしい。佑がそう喚き散らす。するとその横に座っていた桂がぼそりと言った。
「流れ弾が……。ロケット弾使ってきましたから」
優一郎は警戒しつつ三人に近付いた。水輝が難しい顔をして扉を検分している。
「駄目だな、こりゃ。元々、古いからなあ……」
「大丈夫。ここの汚染された空気が外に漏れないように結界はきちんと張ってきたから」
そう言って佑が胸を張る。優一郎はため息を吐いて扉の向こうに座る二人を見やった。あれだけ立ちこめていた煙はもうすっかり消えて無くなっている。
「ちげえよ、ばーか。逆だ、逆。うわー、ものの見事に全部死んだな」
うんざりした顔で言って水輝がフロアを見回す。ゲートキーパーを始め、多くの人々が床に横たわって死んでいる。彼らは扉から溢れてきたものに耐えきれなかったのだ。
「うそ……、こんな簡単に?」
驚いたような顔をして佑が扉の向こうからフロアを覗き込む。優一郎は疲れた息を吐いて額を手で覆った。たぶん、外を見たのなら佑はここの役目は理解してはいるだろう。だが目の当たりにして驚いているらしい。
「ここの奴らの身体も立派なフィルターなんだよ……うわー、駄目だ。新しいの作った方がはええな、こりゃ」
「なんでロケット弾なんか……。できるだけ穏便に帰って来ようとしたのに……」
消沈した顔をして佑が呟くように言う。そんな佑を見つめてから水輝が優一郎を振り返る。
「まあ、ここの扉は絶対に開けないようにってことになってたし……で? どうする?」
ぽんと佑の頭を軽く撫でてから水輝が屈めていた腰を上げる。
「安全な出入りを保証するきちんとした扉を造るにきまってるでしょう! 二重扉になってなかった時点でおかしいとは思ったけど、こんなに脆いなんて……」
そう言ってから佑が意識を集中させ、二重構造になったチューブ状の機密扉を作り上げる。その後、佑と桂が改めてゲートフロアに入ってくる。
「元々出入りするようにはなってねえんだよ。退け」
水輝が不機嫌な顔をして佑と桂を押し退け、フロアに立ちこめた清浄な空気をまとめて扉の向こうに刀を使って叩き込む。
「だって、外にも人居たし、不便じゃない?」
佑が不思議そうな顔をして訊ねる。すると水輝はしかめ面をして優一郎を見た。それまで黙っていた優一郎は佑と桂、それに水輝を見比べてため息を吐いた。
「佑。出入りできるのはハイブリッドだけだ。外の民はまだ耐性があるかもしれないけど、中の民は……」
そう言いながら優一郎は倒れたゲートキーパーの一人に近付いた。死んでしまったゲートキーパーの身体は既に腐敗し始めている。溶けて崩れかけた身体を見下ろしてから優一郎は三人のところに戻った。
ゲートと呼ばれる転移装置みたいなものが並んでるフロアの話です。