腕の中で失神した優一郎を見つめて水輝は深々とため息を吐いた。それから改めて佑と桂を見やる。優一郎が目を覚ましてから片付けてくれるまでここから動くわけにもいかないだろう。水輝はやれやれと呟いて床に腰を下ろし、膝の上に優一郎を抱え直した。
「で? おまえらこれからどうすんだ?」
「どうするって、家に帰るわよ」
不思議そうな顔をして佑が言う。水輝はため息を吐いてから頭をかいた。
「ああ、じゃああの家はおまえにやる。近いうちに荷物まとめて出てくから、おれ」
水輝はそう言ってちらりと優一郎に目をやった。佑に打たれた衝撃が強かったのか、優一郎はぐったりとして意識をなくしている。
「……わたしは、お払い箱ってこと?」
弱々しい声で佑が言う。水輝は目を上げて佑を見つめた。
「ごめん」
他になにも言うことが出来ず、水輝はぼそりとそれだけ呟いた。
「わかったわ。それならわたしのほうが出てく」
「いや、おまえも住むところがないと困るだろ」
おれは別にどこでも寝れるし。小声でそう付け足してから水輝は何となく佑から目を背けた。
「ううん。森に帰るから大丈夫よ」
そう言って佑がにっこりと笑う。そう言えば佑は向こうの住人だった。そのことを思い出して、水輝はそうか、とぽつりと呟いた。
「色々、ありがとう。悪かったな」
水輝は佑に目を戻してそう告げた。たぶんもう、優一郎は前と同じ目では水輝のことを見ないだろう。そのことは水輝にも何となく判っていた。
「水輝さん、強引で、我が侭で、最後まで嫉妬で迷惑かけて、ごめんなさい……」
「いや。おまえのおかげでおれは変われた……のかな? よくわかんねえけど」
水輝はそう言って苦笑した。佑が静かに立ち上がってぺこりとお辞儀をする。それから佑は桂に向き直った。
「それじゃあ桂も、元気で。いい男、見つけるのよ」
「あの、佑! 私!」
「おっまえ、愛人の一人くらい連れてってやれよ。こいつなら外でも耐えられるだろ?」
水輝はそう言って桂を指差した。佑が水輝と桂とを見比べる。
「森には電気が無いし」
『あと三日の命ですからね。佑、私は佑と知り合えて楽しかったです。さようなら。二号、あなたもきちんと挨拶を。今生の別れです』
佑が答えた後で一号がそんなことを言う。水輝は訝りを覚えて眉を寄せた。
「三日? どういうことだ」
「なんで、あなたがそんな事知ってるのよ!」
佑がひっくり返った声で叫ぶ。水輝は渋い顔をして佑の腕を引っ張った。床にぺたんと座り込んだ佑を睨む。
「……どういうことか説明をしろ」
『恋に破れた妖精は、花のように散りゆくのみ』
桂の股間から一号の声が響く。それを聞いた水輝はぴしりと顔を強ばらせた。
「……要するになにか。おれが振ったからって言いたいのか」
ぎりぎりと歯軋りをして水輝は俯いた。
『有名な伝承ですが、真実だったのですね。森から出て人となった妖精が捨てられて散って森に帰るというお伽噺は聞いた事があるでしょう? 妖精族の存在を確信した時から伝承を一つ一つ検証していったのです』
つらつらと一号が語るのを聞きながら、水輝は歯を食いしばった。脅迫じゃねえか、それ。心の底で呟いて水輝は勢いよく顔を上げた。
「じゃあなにか! はっきりさせずにのらりくらりとかわしてた方がマシだったってのかよ!」
佑の腕をつかんだまま、水輝は声を張り上げた。
『それなら大丈夫なのではないでしょうか? 言質を与えたり、妻として娶ったりしなければ何も問題ありません』
一号の説明を聞いて水輝はうわあ、と呟いた。一号の言う問題を水輝は悉く踏んでいるのだ。水輝はがっくりと俯いてため息を吐いた。
『言質を取られる前で良かったですね。それなら直ぐに転生するだけで済みますし』
「転生したら別人じゃねえか! 何か解決策はねえのか! いっそのことおれが死ぬとか!」
半ばやけくそになって水輝は喚いた。
『解決策になっていませんし、心が離れてしまったものはどうしようもないでしょう?』
「いやっ! 佑が居なくなるなんて、耐えられな……」
『二号はこの場合、部外者ですので黙っていてください』
一号が口を挟もうとした桂にぴしゃりと言い放つ。おまえらもなあ、と心の底で呟いてから水輝はふと気が付いた。
「おい。そう言えばおまえは確か佑の愛人だったよな?」
『そうですが、同性だから許された部分もあるのですよ。異性と意を染まない性交渉を持ったりしたら、それだけでダメージを受けたりするはずです。本能的に潔癖性なまでに一人の男性に愛を捧げようと行動してませんでしたか?』
一号に言われてそう言えば、と水輝は思い出した。かつて佑はとある事から水輝に他の男性との行為を強要されたことがある。その折に佑は死にかけたのだ。つらつらと思い出しながら水輝は顔をしかめた。
「でも愛人ってことは、お互い好きだったって事だよな? 同時に複数の相手に恋心を抱いていた場合はどうなるんだ?」
『私はある意味部外者ですからね。自らの責任を棚上げして他人に押しつけて済まそうとしないように』
淡々と一号が語る。水輝は仏頂面をしてため息を吐いた。
「佑が生き残れるなら、別にどんな方法でもかまわねえだろうが……。まあ、いいや。それが却下となると……」
難しい顔で言って水輝はちらりと佑に目をやった。佑は黙って俯いたままだ。
『世界ひとつ滅ぼす滅ぼさないと真顔で話せる方々が、妖精一匹程度の生死で感傷的になるのはどうかと』
「おれはそれなりに佑には愛着があんだよ。いや待て、佑。おまえ、死にたいのか? 自分で死にたいというやつはさすがに止めようがないんだが」
考えを巡らせながら水輝はそう問い掛けた。俯いていた佑がちらりと水輝を伺う。
「水輝さんが、まだ、ほんの少しでも思ってくれているなら、わたし……」
小声で言って佑がぽろぽろと涙を零し、やがて泣きじゃくる。水輝は渋い顔をして頭をかいた。
「いや。別に嫌いになったという訳じゃないが? ただ、おれは優一郎が好きだから、そんなのと一緒にいるのは不快かと思ってああ言ったまでだが」
そう水輝が言うと、佑は弱々しく首を振った。
「でも、命を楯にとって、生き延びるようなあさましい真似は、もっと嫌だから……」
そこまで言って佑がきっと顔を上げる。水輝は渋い顔をして落ち着け、と呻いた。
「何でそんな大げさなことになんだよ。つーか、おまえそれ以外にはないのか? こう、美味い物食いたいとか、楽しい遊びがしたいとか……なかったな、そいえば」
つらつらと思い出して水輝は自分で答えを出した。これまで一緒に過ごしてきた中で、佑はとにかく水輝の喜ぶことや楽しむことに関しては一緒に楽しんでいたようだが、それ以外のことは特に興味もないようだった。水輝は温い笑みを浮かべて疲れたため息を吐いた。
優一郎と佑は殺傷沙汰か消えるかの二択を繰り返している気がします……。