『結論は出たようですね』
抑揚のない一号の声が告げる。水輝は深々とため息を吐いてうなだれた。
「生きたいと思うなら協力もするが、そうじゃないならおれは知らん。一番になりたいと無理を言われても困る」
「水輝さん。これを」
そう言って佑が透明な塊を差し出す。怪訝に思いながら水輝は顔を上げた。
「なんだよ、それ」
「優一郎の、水輝さんに対する想いよ。奪っていたのは、わたしだから。返さないと」
佑がそう言って水輝の腕に抱かれて気を失っている優一郎を見る。水輝は黙って優一郎をしばし見つめてから顔を上げた。
「それはおまえのものだ。持っておけ」
苦笑を浮かべて水輝は言った。すると佑が困惑した顔をする。
「えっと、わたしが、自由に処分していいってこと?」
「優一郎はこのまま理子と普通に結婚生活してた方が幸せだろ? おれと一緒にいるとまた変に混乱させちまうだろうし」
だからもし要らないならどっかに捨てとけ。水輝はそう言って肩を竦めた。
「わかったわ」
そう言って佑がえいっ、と優一郎の方に向かってそれを投げる。こら、と顔をしかめて水輝は飛んできたそれを片手で受け止めた。
「判った判った。おれが始末しとく。それでいいか?」
佑が首を横に振る。
「優一郎に、戻して。最後の我が侭だから……」
上目遣いで佑が水輝を見つめる。水輝は手の中の塊と優一郎とを見比べた。
「あー……。そのうち……考えるってのじゃ駄目か? どう考えても今は戻さねえ方がいいと思うんだが」
「おねがい……します」
ぺこりと佑が頭を下げる。水輝は手を軽く捻り、握った塊を小さな宝石に変えた。首に掛かった自分のネックレスに触れると瞬く間に宝石がペンダントヘッドに変わる。これでよし、と呟いてから水輝は佑に目をやった。
「じゃあ、またな」
そう言って水輝は片手をあげた。
「水輝さん、いつまでもお元気で」
そう告げた佑の身体が花びらに変化し、つむじ風に巻かれたように回った直後、風に乗って散ってしまう。水輝は黙ってその様を見つめてから桂に目をやった。
「あんたはどうする? 何なら好きなところに送ってやるぞ。今なら転移し放題だし」
桂がふらふらと立ち上がり、佑が消えてしまったところに手をついて号泣し始める。水輝はため息を吐いて桂から目を離した。腕に抱えた優一郎をぼんやりと見下ろす。もしかしたらこんな風に抱えていたら気持ち悪いかも知れない。水輝は静かに床に優一郎を横たえた。
「後始末でもするか」
水輝はフロアに散らばった大勢の死体を眺めてから力を寄せた。放たれた青い炎が転がっていた死体を根こそぎ焼き尽くす。
やがて優一郎が目を覚ます。桂はまだ床に伏せて泣き続けている。水輝は身を起こした優一郎に静かに歩み寄った。
「死体は片付けて良かったか?」
「腐敗が早いですからね。衛生面から考えても早く処理したほうが」
そう言いながら優一郎が眉をひそめる。どうやら死体の燃える匂いが鼻についたらしい。悪い、と低い声で告げて水輝はゲートフロアに立ちこめた匂いを消し去った。
「あとは何かすることがあるか?」
「とりあえず。ここ以外の場所へ移りましょう」
そう言って優一郎が壁際の端末に近付いて操作する。すると物理的に閉鎖されていたフロアが開放された。水輝は桂に歩み寄って腕を取って強引に引き起こした。
「悪いな。ちょっと移動させてくれ」
断りを入れてから水輝は桂の手を引いて歩き出した。
「どこに行く? セキュリティ考えたらおまえのところが無難か?」
『とりあえず、わたしがコントロールを握ります。当分、使い物になりそうにありませんから。ただ』
桂の股間から一号の声が流れる。水輝は優一郎に促されるままにエレベーターに向かって歩き出した。
「ただ、なんだよ?」
『今日、初めて二号を羨ましいと思いました。泣いて悲しむことができる二号を』
「そっか」
小声で答えて水輝は桂を連れてエレベーターに乗り込んだ。優一郎がボタンを押し、エレベーターがゆっくりと上昇する。三人は足早に優一郎の研究室の奥の応接室に向かった。優一郎に促され、水輝は桂と並んでソファに腰掛けた。
「水輝さん、お疲れさまです」
「いや、別におれはなにもしてねえし。それで? 他に何かすることとかあるか?」
ないならそろそろ帰りたいんだが。水輝は仏頂面で言ってソファの背もたれに深く寄りかかった。二人の向かいの席に腰を落ち着けた優一郎がため息を吐く。
「家に戻られるんですか?」
「子供の世話しなきゃならんだろ。何ならお前も来るか?」
優一郎に答えてから、水輝は桂に問い掛けた。
『はい』
「結局、僕は弄ばれて振り回されただけで、元の鞘に元通りってわけですね」
一号が答えた後、優一郎が嗤いを浮かべて言う。水輝は渋い顔をしてため息を吐いた。
「なに訳のわかんねえこと言ってんだ。ちなみに佑は死んだからな」
水輝はきっぱりと言った。
「水輝さんのほうこそ訳のわからない事を言わないでください。佑を選んだのに」
「だから、佑は死んだっつってんだろうが! おれが殺したんだよ! 文句あるか!?」
そう怒鳴りつけてから、水輝はため息を吐いて頭をかいた。
「ま、そういうことだから適当に処理してくれ。話が終わったならおれは行くぞ」
そう言って水輝は腰を上げた。
「ちょっと待ってください。水輝さんが佑を殺したってどういうことですか?」
それまで浮かべていた嗤いをおさめ、優一郎が訝りの表情で問い掛ける。水輝はちらりと桂を見やってから優一郎を見た。
「気に入らなかったから殺したんだよ。なんかまずかったか?」
「まあ、佑の事だからどうせすぐ復活するでしょうし、問題無いでしょうけど、彼女が僕から奪ったものがあったはずです。あれはどうなったんですか?」
「なにが? おれは知らねえぞ、そんなもん」
水輝は仏頂面をしたままですらりと言葉を返した。優一郎が眉を寄せて水輝を見上げる。水輝はため息を吐いて肩を竦めた。
「もういいだろ? ほら、行こうぜ」
声を掛けて水輝は桂の腕をとった。
「待ってください! 僕のために取り返してくれたんじゃないんですか?」
「何の話だよ」
笑い混じりに言って水輝は桂を引き起こした。
「だったら、何のためにわざわざ佑を殺したんですか?」
「おまえな。おれに期待し過ぎ。気に入らなかったからに決まってんだろ? それ以外に何か理由が要るか?」
水輝は桂の手を握って歩き出した。慌てたように立ち上がった優一郎がドアの前に立ち塞がる。水輝はドアの手前で足を止めてため息を吐いた。
「返してください。持ってらっしゃるじゃないですか?」
「何かの見間違いだろ。ほら、退けよ」
水輝はぞんざいに言って優一郎の肩を押し退けた。
「それは僕の……水輝さんっ!」
水輝は優一郎の声を無視して応接室を出た。研究員の面々にお邪魔しましたー、と声を掛けて足早に研究室を出る。水輝は桂をちらりと振り返って苦笑した。桂は黙々と水輝について歩いている。
家に戻って代わりに青藍の相手をしてくれていた理子に礼を言って追い払った後、水輝はリビングのソファに座って伸びをした。
「つかれた……激しく疲れた……」
ぐったりとソファにもたれた水輝の足許で青藍が嬉しげに笑う。桂はベッドで自慰をしている最中だ。よほどストレスが掛かっていたようだから、当分はベッドを出ることは出来ないだろう。部品などの必要なものは明日にでも『塔』で揃えてくればいいだろう。そう考えながら水輝は青藍を膝に抱き上げた。
子連れになった水輝w