・空崎 ヒナ
何時もと変わらず風紀を乱す不良生徒を制圧し、事後処理の為に本部に戻る最中、廊下で和気藹々とする風紀委員会のメンバー達。
話の内容を聞いていると、最近ゲヘナで流行っている『愛してるゲーム』という遊戯を興じているようだ。
向かい合う二人、壁際に相手を追い詰め、所謂『壁ドン』の姿勢で『愛している』と囁く。言われた側は一瞬息をのんだ様子を見せ、少しずつ頬を赤らめ、審判役の子が判定を下す。
壁ドンをした子はドヤ顔で勝ち誇り、やられた方は恥ずかしすぎて顔を隠している。それを周りの子達が囃し立てている。
「ははは、ヒナ委員長が頑張っている間にのんきな事で」
隣で共に不良生徒の制圧に出ていた風紀委員の子が私に向かってそう呟く。
他の子と違い、気兼ねなく接してくれるため、話しやすい間柄ではあるが、彼女の言う通り、他の子達にはもっと働いて欲しいと思ってしまう。
とはいえ、その言葉にも皮肉というよりは話題程度のニュアンスだったようなので、悪意は無いように感じたので『そうね。でも、まぁ……少しくらいならいいんじゃない?』と返答をする。
そんな遣り取りをしていると、愛してるゲームに興じていた子が私達に気付き、慌てた様子で頭を下げてきた。
「ひ、ヒナ委員長!」
「ご、ご苦労様です!」
私は軽く微笑みながら、応える。『今日はもう仕事はないわ。ゆっくり休んでね』と言い、先程までのほのぼのとした雰囲気を壊さないよう心掛けた。すると、『あ、ありがとうございます!』と元気よく返事をする。その様子に私は内心笑みを浮かべ、事後処理の為に執務室に戻ろうとした。
しかし、次の瞬間。愛してるゲームをしていた一人の女の子が、おずおずと私に話しかけてきた。何やら言いたい事があるようで、目線を逸らしながら口を開く。
「あの……もし良かったら、ヒナ委員長も一緒に遊びませんか?」
その提案に私は少し驚いたが、すぐに表情を戻して答えた。『いいわよ』と。すると、その子は嬉しそうに笑った。作業は遅れるが少しくらいは良いだろう。
ゲームのルールは知っている。とはいえ、やるのは初めてだ。先程の遣り取りは覚えているので、それを習えば問題ないだろう。
初手は壁ドンをして勝利を収めた子だ。私と勝負できるのが嬉しかったのか、先程までよりも生き生きとしている。
「よろしくお願いします!」
丁寧にお辞儀をするその子を見ながら、私もそれに倣い頭を下げる。そして、ゲームが始まる。
先と同じく、壁ドンをしてくると思ったが、流石に年上の私にそこまではできないのか、少し緊張した面持ちで、私の目を見てきた。彼女は深呼吸をして、覚悟を決めたようだ。私の手を両手で掴み、グッと距離を近づける。お互いの吐息が聞こえるくらいの距離で、真剣な眼差しを向けてくる。
「委員長……好きです。大好きです。ずっと前から好きでした!」
「っ―――!?」
これは、思っていた以上に恥ずかしいものがある、遊びとはいえ、此処まで面と向かって言われるのは初めてだ。
「愛しています……これからも、ずっと一緒に居させて下さい!」
熱烈なアピールに圧倒される。だが、それだけではない。私の心の中にある感情が呼び起こされる。
(……なんで、こんなに嬉しいんだろう)
私は今、とても幸せを感じている。今まで感じた事のない幸福感に戸惑いつつも、これは遊びだからと顔に出さないように心がける。そして、審判役の子がジャッジを下す。
「惜しい、次はヒナ委員長の番です」
判定は失敗。告白側の子は少し残念そうにしながら私の手を離し、深呼吸を繰り返している。余程、恥ずかしかったのだろう。
今度は私の番だ。いざとなると少し恥ずかしい。それでも、遊びとはいえ負けたくはない。先程、彼女がしてくれた事を思い出し、同じように彼女の目を見る。彼女は少し困惑したような表情を浮かべていたが、やがて覚悟を決めたのか、こちらを見てきた。
私も覚悟を決める。彼女の腰に手を回し、グッと抱き寄せる。柔らかな感触と共に、花のような甘い香りが鼻腔を擽る。腕の中にいる少女は緊張しているのか体を強張らせている。私は優しく微笑みかけながら耳元で囁くように言った。
「―――好きよ」
すると、彼女はビクッと体を震わせた後に真っ赤になって俯いてしまった。可愛い反応に思わず頬が緩む。
「貴女みたいな素敵な女の子と恋人になれたら、きっと楽しいでしょうね」
そう言いながら彼女の顎を持ち上げ、上を向かせる。視線が交錯し、私の瞳に映る彼女は林檎のように赤くなっていた。もうひと押しといったところで審判役の子が声をかけてきた。
「ヒナ委員長、ストップ! ストップです!!」
判定は成功。だが、周りからすればかなり際どかったらしい。告白された本人は放心状態だし、見物人も騒然としている。
「さて、私はそろそろ仕事をしなければならないから、ここら辺でお暇するわ。付き合ってくれてありがとう」
そう言って、私は踵を返して歩き出す。背後ではまだワーワーと騒いでいるが気にしないことにした。あのまま居れば、きっと気まずい空気になるだろうから。
「――――という事があったの」
シャーレに併設されている休憩室にて、先生を膝に座りながら、昨日あった出来事を話す。シャーレの当番を務めていた私は、溜まりに溜まった書類を二時間ほど掛けて全て片付け終えていた。
この後に予定は入っていない。なので、帰ってもいいのだが、折角ならもう少しここに留まって先生との時間を過ごしたい。何故かと言われると困るけれど、少なくとも今は帰りたくないと考えている。
先生は苦笑いしながら、私の話を聞いてくれている。こうやって彼の温もりを感じられる時間が何よりも幸せなのだ。
「ヒナは凄いね」
「……揶揄わないで頂戴」
「どうだろう。ただ、みんなが楽しそうだったのは伝わってきたよ。勿論、ヒナも」
先生は優しく微笑む。その顔を見ているだけで安心感を覚える。同時に胸の奥がキュッとなったような気がした。
「良かったら、私ともやってみないかい?」
「え、先生と?」
「うん、ダメかな?」
首を傾げて問いかけてくる先生に対して、私はどう答えれば良いのか分からなかった。しかし、断る理由もない。先生のお願いならば喜んで受けるつもりだ。
「いいわよ」
「本当に? 嘘じゃないよね?」
「嘘じゃないわ」
念を押されても変わらない事実を返す。すると、彼は嬉しそうな表情になった。まるで子供みたいだと感じる一方で、それが堪らなく愛おしいと思っている自分に気付く。
「じゃあ早速始めようか」
「うん、分かった」
そう言って先生と向かい合う様に座り直し、ルールを確認する。基本的には相手を恥ずかしさで照れさせる事が目的だ。最終的に判定を下す審判役が必要となるが、今回の場合誰もいないので自己申告になる。
つまり、どちらかが降参した時点で終わりということだ。
視線が重なり合い、互いに頷き合った後、沈黙が訪れた。数秒の空白の後、私はゆっくりと先生の首に腕を絡ませる。そのまま体重を預けるように身体を密着させた。ふわりと漂う匂いを感じつつ、耳元で囁くように言った。
「……好き」
その瞬間、私の中で感情が溢れてくる。風紀委員会の子にやった時と違い、自然と言葉が出てしまう。顔が火照っていくのを感じながらも止めることは出来ない。ただ本能の赴くままに行動するだけだ。
「大好き」
心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら続ける。これ以上は良くないと思い、一度離れようと試みるが叶わなかった。何故なら、先生が強く抱き締めてきたからである。痛いくらい強い力で引き寄せられてしまい逃げられない。それでも心地よく感じてしまうのは惚れた弱みなのかもしれない。
「先生の事が好き。他に何も要らないくらいに」
つい本音を漏らしてしまうほど、今の私は興奮しているようだ。だが、不思議と嫌ではない。むしろ清々しい気持ちさえ抱いている。このまま身を任せたいとさえ思った。
「愛してる」
最後の一言を口にした後、沈黙が訪れる。暫くの間、静寂が続いたが、やがて彼の方から口を開いた。低い声色で名前を呼ばれる。反射的に肩が跳ね上がる。恐る恐る正面を向き直すと、熱っぽい瞳で見つめられていることに気づいた。まるで獲物を狙う獣のような鋭い眼光に射抜かれてしまった私は抵抗することなど出来るはずもなく、されるがままになってしまった。
「私も、ヒナのことが好きだよ」
「――――ッ!?!!」
甘美な響きを持つ言葉を受け取った途端、全身に電撃が走ったような衝撃を受けた。思考回路がショート寸前になりかける中で必死に平静を取り繕うとするものの無駄に終わるだけであった。顔が熱い。鏡を見なくても分かるくらい赤くなっていることだろう。
「私が愛しているのはヒナだけだよ」
トドメの一撃と言わんばかりに耳元で囁かれた瞬間、完全にノックアウトされてしまった私は先生に身体を委ねる事しかできなかった。そんな私に、先生は悪戯っぽい笑みを浮かべた後、再び耳元で囁いた。
「……私の勝ちだね」
「~~~~~ッ!!」
その言葉で、これがゲームだったことを思い出した。最初こそゲーム感覚でやっていたものの、途中からは完全に本気になってしまっていたため、負けたことに対する悔しさはあるものの、それ以上に本音が癒えた事にたいする喜びの方が大きい。正直言って、幸福すぎて頭がおかしくなりそうだ。
先生は私から離れると立ち上がり、私の頭を撫でてくる。その大きな掌の感触を感じながら目を細めた。
「ねぇ、ヒナ」
「……何?」
未だ収まらない鼓動を感じながら、なんとか絞り出した声で答える。そんな様子が面白かったのか、クスクスと笑われてしまった。
「この勝負って勝った方には何がもらえるのかな?」
突然の質問に戸惑いつつも考える。勝者側への報酬なんて考えてもなかった。そもそも、このゲームを始めようといったのも先生だったし、何より後出しで賞品が欲しいなんて意地の悪い人だと思う。
「……何か欲しいものがあるの?」
そう問いかければ、先生は考えるそぶりを見せた後、再び悪戯っぽい笑みを浮かべる。こういう時は大概碌な事がないというのはこれまでの付き合いで十分理解しているつもりだけど、同時に期待してもしまうのだ。例えどんな無茶振りだろうと受け入れてしまう自信があるので尚更タチが悪い。
そんな私の心情を知ってか知らずか、先生はニコリと微笑んで私の身体を抱き寄せた。抵抗する間もなく、私は先生に引き寄せられ、そのまま唇を塞がれる。触れるだけのキスなのに、脳天まで痺れるほどの快楽を得たかのような錯覚に陥った。
先生からの唐突な行動についていけずに混乱していると、再び口づけられて意識が遠退いて行く感覚に襲われる。それを阻止しようと藻掻くが上手く力が入らないため成す術がない。
そうこうしているうちに舌を入れられ、蹂躙されていった結果酸欠になりかけてしまっていた時のことだった。漸く解放された時には既に遅く、ぐったりとして動けなくなってしまっていたのだ。
「……卑怯者」
辛うじて出せた抗議の言葉はあまり意味をなしていないものとなっていた。だって、本当は怒る気力すら湧かないほど満足感に浸っているのだから。普段だったらここまで許さないのに、今日に限っては別だ。久しぶりに沢山触れ合えたということもあり、もう全身脱力してしまっていて起き上がることも儘ならない状況になっている。先生は何食わぬ顔をして額にキスを落としてきていた。
「他の子に告白する悪い子にはお仕置きってね」
「……嫉妬しているの?」
「そうかもしれないね。たとえゲームとはいえ、好きな子が他の子に告白するのはやっぱり嫌だ」
先生はそう言いながら私の髪を弄ぶように梳かしていく。その行為一つ一つが非常に心地よいものであり、睡魔にも似た感覚を覚えるくらいだった。何より、遊びとはいえ、自分以外の誰かに告白した私に嫉妬する先生が可愛くてしょうがないと思う気持ちもある。だがそれは表に出さないように努めていたつもりだったが、どうやらバレているようだ。それならそれでいい。
「……それじゃあ、先生」
「なんだい?」
「私が他の子に現を抜かさないくらい、たくさん愛してほしいわ」
敢えて挑発的な態度を取る。実際のところ、私はすでに溺れているといっても過言ではないと思う。でもまだまだ足りない。欲張りになってしまったのだから当然といえば当然なのかも分からないけど。とにかく、もっと深く繋がりたいと望んでいる自分がいることは確かだ。ならば方法を選ぶ必要はないだろう?
だから、私は最大級の我儘を通させてもらうことにした。
たとえ迷惑を被ろうと構わない。全力でぶつかっていくのみである。それに応えてくれるという確信がある限り止まる気は毛頭なかった。
「仰せのままにお姫様」
冗談めかした口調で告げると同時に返事を待たずに唇を奪われる。何度も、何度も、飽きることなく求め、求められ、繰り返し行われていく営みによって体温が徐々に高まっていき、次第に理性の糸が切れていく。
もう止められない、止まらない。溶け合うような一体感に酔い痴れながら夢の中へ旅立つ準備に入る。微睡みの世界に入り込む刹那、瞼越しに明かりが消える光景を目にすることができたので安堵すると同時につい先程の宣言を思い出してしまい、思わず頬が緩んだ。
感想などいただけると幸いです。