※この作品はR-18です。

ブルアカ短編集   作:モノクロさん

28 / 43
登場人物
・月雪 ミヤコ
依頼を受けたRABBIT小隊が返り討ちにあい実験データのサンプルとなる話です。


兎狩り

 夜の帳が下り、街灯の明かりが淡く照らす路地裏の、肌寒い闇の中。荒い息と共に負傷した肩を抑えるのは、SRT特殊学園の制服を身に纏う少女。その制服はあちこち破れ、汚れている。プレートキャリアには無数の弾痕が穿たれ、装備していたチェストリグにも被弾箇所があり、その機能を失っていた。

 

 携帯はない。撤退の最中に落としたのだろう。予備弾倉のドラムマガジンも同様に失っている。仲間とも離れ離れとなり、連絡もつかない状況だ。

 

「はぁ……っ、く……」

 

 少女は負傷した肩を庇いながら、壁伝いに歩く。こんな筈ではなかった。資金不足で困窮していたとはいえ、手軽で安易な仕事に手を出したのが運の尽きだった。

 

 違法な武器の取り扱いをしている小さな組織の調査。それが今回の仕事だった。敵戦力は雇われた不良生徒ばかりで、正面からやり合えば負ける相手ではない。その筈だったのだ。

 

 しかし、敵は不良生徒以外にも実戦経験豊富な傭兵を雇っていた。しかも、奴らは最初からこちらの動きを把握しており、待ち構えていたのだ。奇襲され、陣形が崩れたところで増援まで駆けつけてきた。このままでは全滅だと判断し、彼女達はすぐさま撤退する事を選んだのだ。

 

 それぞれがバラバラに散った後、予め決めていた合流地点に向かおうとしている途中である。

 

 幸か不幸か、一人になった事で敵から発見される事なく合流地点近くまでは本格的な追撃はされていないようだ。しかし、先程から途切れ途切れに聞こえる銃声と怒号、そして爆発音。他の小隊の誰かが交戦しているのかもしれない。

 

 助けにいかなくては。そう思い、彼女は……月雪 ミヤコは壁伝いに歩き出す。

 

「ぐぅ……ッ」

 

 肩に走る焼け付くような痛み。足取りが覚束無い。負傷した左肩は銃弾の破片が肉を切り裂いていた上に、先程の戦闘での負傷だ。弾は貫通しているが、出血が酷い。

 

「はぁ……っ、はぁ……」

 

 それでも彼女は歩く事をやめない。仲間を助けなくては。その一心で足を引き摺る。しかし、出血が酷い。意識が朦朧としてくる。視界が霞んで前が見えない。このまま倒れたらどれだけ楽だろう。そう思いながらも歯を食いしばり、一歩ずつ進む。

 

 そんなミヤコの前に、立ち塞がるように立つ者がいた。雇われた傭兵だ。その身には見た事のない外骨格装甲を纏い、片手には重厚なARを装備している。顔はフルフェイスマスクで覆われており表情が伺えないが、こちらを睨み付けているのは間違いなかった。

 

「ぐ……っ!」

 

「動くな」

 

 ミヤコは咄嗟にSMGを構えようとするも、傭兵の銃口はミヤコに照準を定めている。下手に動けば、一瞬のうちに無力化されるだろう。彼女は大人しく両手を上げて、抵抗しない意思を示す。

 

 傭兵はゆっくりと近づいてくる。このまま捕まれば他の皆に迷惑がかかる。何とか隙をついて逃げられないかと思うが、身体が言う事を聞いてくれない。最早これまでか。彼女が諦めた時―――

 

 突如、傭兵から通信音が鳴り響き、傭兵の意識がそちらに向けられた。銃口はそのままに、傭兵は通信機を起動させる。

 

「此方デルタ1……標的を一名確保した」

 

『確認した。デルタ1……申し訳ないが依頼主より追加以来だ』

 

「……内容は?」

 

『強化外骨格の性能テストだ。敵は廃校となったSRT特殊学園の生徒だ。実力は折り紙付き。性能テストには十分と判断された』

 

「……ふん、下衆共が」

 

『同意するが、依頼主の命令は絶対だ。要望には応える義務がある』

 

『標的を確実に無力化しろ。抵抗含めての性能テストだ。良いな?』

 

 通信はそこで途切れた。傭兵は大きく溜息をつくと、再びミヤコへと視線を向ける。その視線からは敵意を感じないどころか、同情のような色合いさえあった。

 

「依頼主からの依頼だ。この強化外骨格の性能テストだそうだ。悪いが付き合ってもらうぞ」

 

「…………」

 

「お前以外の標的は既に無力化した。残るのはお前だけだ」

 

 傭兵はそう言うと、改めてミヤコを見据える。殺気はないが、逃がすつもりもないらしい。彼女は覚悟を決めると、震える腕で銃を構えた。勝算はない。だが、ここで終わるわけにはいかない。それに、最後まで抗わないなんて選択肢は無いのだ。

 

「私もただ捕まるつもりはありません。抵抗させていただきます」

 

「あぁ、そうしてくれ。その方が此方としても気が楽になる」

 

 傭兵は頷くと銃口を下ろし、挑発的に両手を広げた。撃つなら撃て。暗に言っているかのように思えた。

 

 ミヤコは素早く狙いを定める。傭兵は防具越しでも分かるほどに屈強だ。恐らく一発二発程度では怯まず、そのまま突進してくる可能性が高い。だからこそ彼女は迷わず頭部を狙う。

 

「……ッ!!」

 

 トリガーを引く。放たれた銃弾は吸い込まれるようにして命中していく。しかし、マズルフラッシュが晴れた後の傭兵の姿を見て、ミヤコは驚愕した。僅かに仰け反りこそしたものの、傭兵は平然と立っていたのである。

 

「ふむ……確かに銃弾に対して有効な防御力はあるようだな」

 

「なっ……!?」

 

 傭兵は感心したように呟き首を横に振るう。ダメージなど微塵も感じさせない動きにミヤコは困惑を隠せずにいた。そんな彼女の心情を知ってか知らずか、傭兵は続けて話を続ける。

 

「だが、やはり鉛玉が当たるというのは不快なものだな」

 

 傭兵の声音には一切の感情がない。まるでただ単に事実を述べているかのような口調だ。それだけに逆にゾッとするものがあった。目の前の男は人間ではなく本当に人型兵器なのではないかと思ってしまうほどに冷たい響きを持っていたのだ。

 

「さて、次はこちらの番だな」

 

 言うなり傭兵は地面を蹴りつけ疾風のように迫ってくる。あまりにも速すぎる動きについていけず呆気に取られるミヤコに対し容赦なく拳が繰り出された。反応する事も出来ず、拳はミヤコの鳩尾へと深々と突き刺さった。

 

「ごほぉっ!?」

 

 内臓を押し潰すような衝撃に耐えきれず胃液を吐き出す。激痛によって頭が真っ白になり、呼吸困難に陥る。意識が飛びかける中、必死になって酸素を取り込もうとするが思うようにいかない。視界がチカチカと点滅し始め、何も考えられなくなる。

 

「はぁ……はぁ……」 

 

 何度も咳込みながらなんとか息を整えるミヤコ。油断すればすぐにでも意識を失ってしまいそうだ。必死に堪えながらも相手の動きを注視しようとするが、どうしても焦点が合わない。辛うじて捉えられているのはぼやけた輪郭くらいだ。

 

「どうした……その程度なのか?」

 

 いや、それ以前に与えられた強化外骨格の性能が高いのだろう。銃弾を弾く頑強な装甲。そして超人的な身体能力の付与。これならば特殊な訓練を受けていたSRTの生徒であろうと容易く屠れるという事だ。

 

 傭兵自身の技量も加味すれば尚更である。

 

 立ち上がりたくとも立ち上がる事が困難である。満身創痍のミヤコとは対照的に、傭兵は平然としており疲弊している様子が見受けられない。余裕綽々といった感じだ。

 

「……ぅ…まだ……まだ……!」

 

 それでもミヤコは負けじと踏ん張る。だが、現実は非情であった。再度構えようとSMGを持つ手に力を入れようとした瞬間、再び腹部に衝撃が走った。今度は胃液だけでなく血も混ざっている。肋骨にヒビが入ったのか激しい痛みに襲われる。

 

「ぐぶぁ……っ!」

 

「ほう……まだ意識があるのか。根性はあるな。流石は元エリート学園の生徒というところか」

 

 傭兵の称賛など耳に入らない程苦しみ悶えるしかない。既に限界を超えているのだ。しかし、彼女の中で諦めるという選択肢は存在しなかった。己を鼓舞し立ち上がろうとするも、膝をつき四つん這いの体勢になってしまう。起き上がろうとする意志と裏腹に肉体の方が限界を迎えてしまっているようだ。

 

 そんな彼女の髪を掴み上げゆっくりと持ち上げる。痛みに悲鳴をあげそうになるが何とか堪える。今の自分は獲物でしかなく、狩人は未だ遊び足りないとばかりに嗤っているようにも見える。

 

 悔しさのあまり涙が出そうになる。だが、こんなところで泣いている場合ではない。今はこの危機を脱するのが先決だと己を叱咤しながら顔を上げる。眼前には敵の傭兵の顔がある。何も抵抗できないままやられるつもりはない。

 

 軋む身体を酷使し、傭兵の顔面に拳を振るう。衝撃と共に拳に痛みが返ってきたものの、それでも構わずに振り抜いた。鈍い感触があり、確かな手応えを感じ取った直後に両手で頭を掴まれ視界が地面へと向けられた。

 

 その眼前には傭兵の膝が映り込む。思考が働くよりも先に、顔面に強い衝撃を受けた。

 

「ぶふっ!?」

 

 膝が顔面にめり込む感覚。鼻梁が砕ける音が鼓膜を揺らす。頭蓋骨が割れるのではないかと言う程の凄まじい威力に意識が飛びかける。意識が飛べば楽になれるのにそうならない辺り、自分の運命に嫌悪せずにはいられない。額から流れ落ちてきた液体が目に入って来る。恐らく血だろうと思い拭おうとするが、再び頭部を持ち上げられ、また同じ箇所に強烈な一撃を喰らってしまった。

 

「ぶぁっ!!」

 

 骨が粉砕される感覚と共に脳髄を直接殴打されているかのような錯覚すら覚える程の威力を伴って膝蹴りを叩き込まれた。呼吸が出来ない。全身が痙攣している。眼底が圧迫されるような感覚に戸惑いつつも、本能が警鐘を鳴らす。しかし、それは遅すぎた。

 

 顔が潰されると同時に壁に叩き付けられ、全身に拳が打ち込まれる。一撃一撃が致命傷になりうる威力で放たれており、肺の中の空気全てを吐き出してしまう。骨が軋む音と筋肉の断裂する音が体内から鳴り響き、内臓が破裂して口から溢れてしまうのではないかと錯覚してしまう。

 

 それでも攻撃は止まらず延々と続く。抵抗する暇すら与えられず蹂躙されるがままとなるしか道は残されていなかった。

 

「ごほっ……ぐぇ……」

 

 殴打された箇所が赤黒く変色し始めているのが分かり始める。最早どこを殴られたかすら判断できない。倒れずにいられるのも傭兵の攻撃が止まないからであり、それが終わればそのまま地面に身体を預ける事が出来るというのに。彼はそれを許さないと言わんばかりに執拗に攻撃を繰り出して来た。

 

「がはっ……あ゛……ぁ゛」

 

 ついに限界を迎えた喉から夥しい量の血液が噴き出し、地面を紅く染めていく。全身各所が激痛に苛まれているはずなのに痛みが麻痺してきたのか、それとも慣れてしまったせいなのか分からないが痛みに対する恐怖は薄らいできていた。ただただ苦しく、辛いだけであり、それ以上でも以下でもなくなっている。

 

 刹那、胸に深々と拳が突き立てられた。ミシリと骨が軋み、或いは砕ける音が聞こえる。肺の中に詰まった空気が一気に抜け出て行き、代わりに熱を持った粘液質なものが吐き出される。全身が弛緩するのを感じつつ、膝の力が抜け、ゆっくりと崩れ落ちるミヤコの身体を傭兵が支えるように抱き締めた。

 

 万力のような握力により締め付けられることによる苦痛と酸欠による意識喪失寸前になりながらも、反射的に身体を捻らせ脱出しようと試みるが叶わず結局失敗に終わり更なる拘束を受けてしまう結果となった。

 

「ぁ……ァ……」

 

 掠れた呻き声を上げるのが精一杯となりつつある彼女を尻目に、傭兵は何処吹く風と言わんばかりに語り掛ける。

 

「気絶する事も出来ず苦しいだろうが安心しろ。貴様等に慈悲を与えるつもりはない。依頼主の命令通り性能テスト終了まで付き合って貰うだけの話だ」

 

「……ァ…っ……っ」

 

 もはや答えられる余裕もなく虫の息となっている者に向けて投げかけられる言葉など慰めにもならない拷問以上の苦行であろう。故に彼にとってみれば当然の如く一方通行的に淡々と言い放てるものなのだ。

 

 だが、本人にとってはそれでも良かったのかも知れない。既に正常な判断能力を持ち合わせていない状態であれば例えどんな意味不明な内容であっても関係ないのだから。何しろ思考回路そのものを完全停止させられているわけだから。

 

「が……ぇ……っ!」

 

 ミヤコの背中に回された腕が、ゆっくりと力が込められてゆく。強靭な怪力によって四肢は抑え込まれ、指一本たりとも自由に動かすことすら出来ない。逃れる術などどこにもなかった。

 

 ギリギリと締め上げられ、ミシッと肋骨が砕ける音が聞こえた。腕の骨も万力の如く締め上げ行く中で、ついに限界を超えた骨はパキョと乾いた音を立ててへし折れる。凄まじい激痛が襲い掛かるなか、とうとうミヤコの身体が宙に浮く。

 

 傭兵の力で持ち上げられ、地面から離されていったのだ。地に足つかず、為すすべなく吊り下げられた状態になっている彼女の身体は完全に力を失ってしまっていて無力そのものとなっていた。

 

 折れた腕がさらに変形するほど締め上げられ、身体が逆弓なりに曲がっていくにつれ苦痛は増幅されていく一方。あまりの苦しみに気絶することさえ出来ず、ミヤコは開いたまま閉じなくなった目から大粒の涙を零し続けている。鼻腔からは大量の鮮血が垂れてきており床一面を朱殷へと塗り替えていっていた。そして遂には吐瀉物までも排出されてしまったことで口角にまで飛び散って汚れていってしまう始末である。

 

「オ゛ッ……ェ゛エ゛……ア゛……」

 

 嗚咽と共に徐々に徐々にとミヤコの背骨が軋み始め、メリッと小さく鳴くような音を奏でていく。それは明らかに人体では到底出すことの不可能な異常な状態だということは火を見るよりも明らかであったのだが、しかし傭兵は気に留めず更に力を籠め始める始末であったために彼女の肉体への負担は加速していくほかないのであった。

 

「オ゛ッ! ア゛……ガハッ!」

 

「ごぽぉっ!! ゲボォオーッ!!」

 

 激しい嘔吐感と共にどす黒い血塊を大量に吐き出した直後のことだ。ミヤコの背骨が砕け、内部構造を損壊させられてしまう。脊椎の神経系統は切断され、全身至る場所に激痛を与えられた彼女は悲痛極まりない叫び声を挙げる。

 

 口と潰れた鼻からダラダラと止めどなく血潮を垂れ流しながら全身を痙攣させる。その様は酷く哀れなもので見る者の憐憫を誘うこと請け合いではあるが、しかし傭兵は全くと言っていいほど気にした様子を見せない。

 

 ミヤコの口からは泡だった血液が漏れ出している。眼球は充血し膨張しており、瞳孔が拡大している。視界がかすみ始めたのか焦点があっていない。おそらくもう長くは持たないだろう。

 

「フー……フゥゥウ……ゴブェッ」

 

 唇の端から血を滴らせ喘ぎ声にも似た呼気を漏らす彼女は意識を半分消失しかけた状態で虚空を彷徨い、懸命に生きようとしているようである。しかし、それも時間の問題であった。

 

 身体を痙攣させ、舌を伸縮させながら何かを喋ろうと必死に藻掻いてみせるものの最早何一つ伝えることは出来ず終わりを迎えようとしていた。それでもなお生きようとするその姿勢は並々ならぬ生命力を秘めているといえたが、残酷にもその生命活動は呆気ない幕切れを迎えた。

 

 傭兵がさらに力を込める。すると、『バキンッ』と盛大な音とともに背骨が完全に壊れていき、ついには胴体部分自体が根本的に捻じ曲がってしまい原型すら留めないほどの惨状を晒すこととなったのだ。

 

 その後すぐに断続的に訪れる不自然な痙攣運動を見せ、糸の切れた操り人形のように弛緩させてぐったりとしてしまう彼女の躯はもはや微動だにする事もなかった。

 

 生命活動の停止。即ち死亡である。頭上のヘイローはボロボロと崩れ落ち、消えてなくなった。傭兵は力なく項垂れている亡骸を見つめ静かに言った。

 

「強化外骨格……データは良好だ。依頼人に報告しておくといい」

 

 そこには最早一片たりとも温もりというものを感じさせない声色と共に依頼主に実験データを報告する事を促すのみとなったのであった。こうしてかつて優秀と謳われた者たちもまた淘汰されていく運命にあることを教えられる一幕となったのである。

 

 その後、囚われた他のメンバーも同様の手順で実験データを記録され、無残に処分されたのであった。




感想などいただけると幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。