・空崎 ヒナ
・聖園 ミカ
先生が来なかった世界線でゲヘナとトリニティの関係が悪化して戦争になった話
硝煙の臭いが微かに漂う。
戦場は静寂に包まれていた。聞こえるのは、荒い呼吸音のみ。
銃身は赤く熱せられ、足元には黒い翼を生やした生徒達が横たわり、その傷口からは止めどなく血が流れ出ている。
『正義実現委員会……全滅しました』
何処かから聞こえてくる通信に耳を傾ける。黒い翼を生やした生徒達……トリニティに所属する正義実現委員会。本来、トリニティの治安維持の為に設立された組織は、ゲヘナと対立する中で一番槍として駆り出され、そして壊滅した。
たった一人の生徒によって……彼女もまた、正義実現委員会と同じく、ゲヘナの治安維持の為に設立された風紀委員会の長。ゲヘナのみならず、キヴォトスにおいて最強と称された風紀委員長の空崎 ヒナ。彼女の手により、正義実現委員会は壊滅したのであった。
「……これで、トリニティは正義実現委員会とシスターフッドを失った。私達も風紀委員会の大半を失ったけど、トリニティは残すところ救護騎士団のみ」
淡々と、これまで屠ったトリニティの支柱となりえる組織を呟く。
ヒナと同じくトリニティで最強格と称された正義実現委員会の委員長である剣先 ツルギやシスターフッドを取りまとめていた歌住 サクラコの両名がこの争いで散った。
無益に命を奪い、この争いを長引かせてしまった。風紀委員会のメンバーも、大半がこの争いで散ってしまった。政争から戦争に至り、双方共に多くの命が散ってしまった。
これも全て、ゲヘナとトリニティの長きにわたる対立が生んだ結末。その時が来たのだと……ヒナは自身の代でそのツケが来たことに虚しさを感じた。
何もかもが面倒だ。ヒナは銃口を声のする方角へ向けると、引き金を引いた。
「がっ……!」
短い悲鳴が聞こえ、そして静寂が訪れる。これで、ヒナが任せられた地区の掃討は完了した。後は撤退するだけだが、彼女と共に出動した他の生徒達の姿がない。
残存する敵戦力がいないか確認の為に散開させてはいたが、連絡が一向に来ないことに疑問を感じる。
まさか伏兵にやられたのか?
そう思い、捜索に向かおうとした時だった。
「あはっ⭐︎やっと見つけた」
聞き慣れない声にヒナが警戒しながら振り返ると、そこにはトリニティの少女の姿があった。
天使を思わせる翼とピンクの髪色。その姿に、ヒナはトリニティの重要人物が頭をよぎる。
「……ティーパーティーの美園 ミカ」
「へぇ、私の事知っているんだ⭐︎」
「トリニティの主要人物は粗方把握している。それで、私に何か用?」
「うん、ナギちゃんが貴女のせいでトリニティが酷い事になってるって言ってたから、私が貴女を始末しに来たんだ⭐︎」
そんな軽い口調で物騒なことを言い放つ美園 に、ヒナは銃口を向けながら距離を取る。
「……そう。なら、やってみれば?」
「うん、それじゃあ行くね⭐︎」
ヒナの言葉を受け、ミカは地を踏み締め、ヒナへ向かって肉薄する。速い。ヒナが引き金を引くよりも前に、ミカはヒナの眼前に迫ると同時に、拳を握りしめ、ヒナの腹部に一撃を叩き込んだ。
「っ……!!」
その衝撃にヒナは後方に吹き飛ばされる。何とか受け身を取るも、こうも容易く一撃を入れられたことに驚きを隠せなかった。
「へぇ……今の一撃で倒れてなかったんだ」
ミカは、ヒナが無傷ではないにしろ倒れなかったことに驚きを隠せなかった。ゲヘナの風紀委員長。その肩書きは伊達ではないらしい。
「でもまぁ、たったの一発で終わるなんてつまらなかったから結果オーライって感じかな? それじゃあ、今度はもっと強めで行くね」
そう言って再びミカは地を踏み締める。そのスピードは先程よりも早く、またしてもヒナに肉薄する。だが、今回はヒナもただやられるつもりはない。迫り来るミカに対し、ヒナは銃身を棒術の如く操りながら攻撃を受け流しつつ、反撃を試みる。
しかし、ミカの攻撃は途切れることなく続けられる。
「ほらほらどうしたの? ゲヘナ最強って肩書きは誇張だったのかな?」
挑発的に笑うミカに対し、ヒナは冷静に観察を続ける。確かにミカの攻撃は速い。それにパワーもある。並の相手であれば既に倒れているであろう攻撃だ。しかし、攻撃の仕方は単純で読みやすい。ならばこちらも同じようにシンプルな方法で対応すれば良い。
大振りの一撃に合わせて躱すと同時に懐に入り込み、腹部に向けて蹴りを入れる。確かな手応えを感じ、ヒナは追撃しようとするとミカはすぐに体勢を立て直し、ヒナから距離を取った。
「イタタ……今のはちょっと効いたかも」
戦場の中で互いに睨み合う。ミカの顔には笑みが浮かんでいるがそれは余裕から来るものではなく焦りによるものであった。ヒナとの力量差を感じ取り、勝機があるうちに決着をつけようと判断したのだ。
故にミカは先手を打つべく、地面を強く踏み締める。次の瞬間、二人の間合いが一気に詰まり、再び激しい攻防が始まった。遠距離に持ち込まれればMGを所持しているヒナが有利。接近戦で優位を保とうとするミカは素早い動きで翻弄しようとするが、ヒナはそれについていく形で攻撃を捌いていく。
ミカも必死に有効打を与えようとするが、ヒナに届くことはない。それどころか徐々に押され始めていることに気づく。最初の一撃からまともに攻撃が入る様子がない。寧ろ、最初に油断していたからこそ、奇跡的に一撃を入れる事が出来たのかもしれない。状況を打開すべく、ミカは更に速度を上げて連続で攻撃を繰り出す。
そのどれもがヒナに命中することはなかった。逆にカウンターで腹部に拳を打ち込まれてしまう。その威力は凄まじく、あまりの痛みに思わず膝をつく。それでも尚立ち上がろうとするミカに対し、ヒナは冷たい視線を送っていた。
「貴女の攻撃は単調すぎる。見切ってしまえばどうということはない」
そう言いながら銃を手放し、己のアドバンテージを捨てる。いや、銃を手放した事で同じ土俵に立ち、その上で完膚なきまでに叩き潰す算段なのだろう。自身より大きな銃器を手放した事で身軽となったヒナは、目にも留まらぬ速さでミカの懐に潜り込み、腹部へ拳を叩き込む。衝撃が筋肉によって守られていた筈の臓腑を震わせる感覚に襲われ、身体から危険信号が発せられる。それでも意識を保ち続けることしか出来ない。
一刻も早く離れなければという焦燥感に駆られるものの、肉体は言う事を聞いてくれない。ただ震えることしかできないミカに対して、ヒナはただ無感情に拳を叩き込んでいく。腹部だけではなく胸部や頭部にまで打撃が放たれる。その度に身体中に痛みが走り、意識を飛ばしそうになるも、すぐに現実に引き戻されてしまい、再び痛みに襲われる。
「がはっ……おぇぇぇぇぇぇ!!!!」
胃液が逆流し、口から吐き出される。それでもなお、ヒナの攻撃は止まない。ミカの胸ぐらを掴み上げ、その鳩尾に膝蹴りを叩き込む。ミカは声にならない悲鳴をあげ、胃液と唾液を吐き出しながら身体をくの字に曲げながら地面に倒れ伏した。
最初の余裕は何処にもなく、ミカはただ苦痛に耐えることしかできない。反撃をしようにもヒナに有効打を与えることが出来ず、逆に一方的に打ちのめされる始末。ヒナの冷酷無比な攻撃に、ミカは恐怖心を抱き始めた。このまま殺されてしまうのではないか……そんな不安が頭をよぎり始める。
「最期に言い残す事はある?」
「っ……!!」
ヒナの問い掛けに対して、ミカはただ首を横に振る事しかできなかった。それを確認したヒナは、ミカに馬乗りになり拳を振り上げる。
「さようなら」
ヒナは無慈悲にも拳を振り下ろした。鈍い音と共に骨が軋みをあげ、ミカの顔面が陥没する。鼻はへし折れ、歯も何本か折れたのだろう口から大量の鮮血が溢れ出ていた。
更に拳を振るう。何度も、何度も何度も……ミカの顔は徐々に赤黒く変色していく。それでもなおヒナの拳が止まる事はない。やがてミカの身体から力が抜け、完全に動かなくなったところでヒナはようやく攻撃の手を止めた。
「はぁ……はぁ……」
肩で大きく息をし、呼吸を整える。もうこの場に敵がいない事を確認すると立ち上がり、周囲を見渡す。辺り一面に屍が転がっている光景を目の当たりにしたヒナは、再び溜め息をつく。
「本当に面倒……早く帰りたい」
そうぼやきながらその場を後にする。この戦いにより、トリニティは正義実現委員会とシスターフッド。そしてティーパーティーの一角を堕とされた。ヒナは廃墟と化した戦場を歩き、ゲヘナへと帰還するのであった。
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