※この作品はR-18です。

見切り発車の艦これモノ(仮)   作:ヌメリ茸

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1話目 A面・B面

1,

 

A面

 

 

吾輩は社会の歯車である。そして現在は、哲学的な何かを考える像と化している。

 長きにわたるデスマーチという名の戦役を終え、ようやく部長殿へ資料を献上した瞬間、吾輩の内側で何かがぷつりと切れた。

 その途端、腹の底にて、得体の知れぬ反乱軍が蠢き出したのである。

 

「これはいかん」と思い、吾輩は社内の静謐なる避難所――すなわち個室へと逃げ込んだ。

 扉を閉めると、そこはまるで独房のように狭く、しかし同時に、外界の喧騒から隔絶された聖域でもあった。

 

ところが、いざ腰を据えてみると、反乱軍は頑固なもので、容易に退却の気配を見せぬ。

 腹の奥で固く門を閉ざし、まるで「ここが最後の砦である」と言わんばかりに居座っている。

 

吾輩は深呼吸を試みた。

 「ここは草原である。いや、海辺である」と念じる。

 波が寄せては返すように、吾輩の緊張もまた、満ちては引く。

 瞑想という文明の利器を用い、己の腹を撫でさすり、腸の配置を確かめつつ、ただ静かに時を待つ。

 

するとどうだろう。

 腹の奥で、ぐるり、と低く響く音がした。

 耳で聞いたのではない。身体そのものが鳴ったのである。

 

その瞬間、吾輩は姿勢を正した。

 背筋を伸ばし、肩の力を抜き、ただ呼吸の浅い往復に身を委ねる。

 すると、長らく塞がれていたものが、ようやく重い腰を上げた。

 

ゆっくりと、慎重に、しかし確実に。

 吾輩はただ、腹筋の働きに任せ、門を守る筋肉たちに余計な力を与えぬよう細心の注意を払った。

 

やがて、内なる重荷が静かに流れ出し、溜め込んでいた圧力が解き放たれた瞬間、

 吾輩の視界には、なぜか大海原が広がった。

 

波の音が聞こえた気がした。

 潮風が頬を撫でたようにも思えた。

 あまりの解放感に、吾輩はしばし呆然とした。

 

気がつけば、吾輩は別人になっていた。

 いや、正確には、吾輩の意識だけが、どこか見知らぬ人物の身体へと滑り込んだのである。

 その事実に思い至るまで、しばしの時間を要した。

 

まず、鼻を打ったのは潮の匂いであった。

 次に耳へ届いたのは、寄せては返す波の音。

 そして目の前には、どこまでも青く広がる大海原があった。

 

「これはどうしたことか」と思う間もなく、吾輩はその人物の身体が、どうやら海辺にしゃがみ込んでいるらしいことに気づいた。

 姿勢から察するに、何やら切実な事情を抱えているようである。

 しかし、ここで詳細を語るのは控えよう。

 ただ、海風に吹かれながら、彼が己の自然な営みに没頭していたことだけは申し添えておく。

 

奇妙なのは、吾輩がその行為を“第三者として眺めている”のではなく、

 “当人として体験している”という点であった。

 腹の奥の緊張、海風の冷たさ、足元の砂の感触――

 どれもが、まるで吾輩自身のもののように鮮明である。

 

「これは夢か、それとも転生か」

 そんな哲学的疑問が脳裏をよぎったが、

 当の身体はそんな思索など意に介さず、ただ自然の流れに身を任せている。

 

やがて、彼――いや、吾輩は、深く息を吐いた。

 その吐息は、まるで長い戦役を終えた兵士のそれのように、どこか達観した響きを帯びていた。

 

海は広く、空は高い。

 人間がどれほど悩もうとも、自然は何ひとつ気に留めぬ。

 そんな当たり前の真理が、潮風とともに胸へ染み込んでくる。

 

こうして吾輩は、デスマーチの果ての個室から、

 いつの間にか異世界の海辺へと意識だけが転移していたのである。

 しかも、よりにもよって、他人の、最も人間的で、最も無防備な瞬間に。

 

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B面

 

 

昔から、海に良い思い出がない。

 伊武家に引き取られる前、海が遠くに見える町に住んでいた頃は、決まって体調を崩していた。

 深海棲艦の襲撃警報が鳴るたびに腹が締めつけられ(便意)、呼吸が浅くなり、しばらく動けなくなる。

 間に合わない時は、草むらや建物の陰でうずくまっていたこともある(便意解放)。

 

そのせいでついたあだ名が「クソウ」。

 苗字の九条をもじった、ありがたくない呼び名だ。

 妹まで巻き添えを食ったらしいが、元の家族とはもう連絡を取っていないので詳しくはわからない。

 

そんな昔話を思い出しながら、僕は胸の奥の強烈な圧迫感に耐えつつ歩いていた。

 深海棲艦が近づくと、どういうわけか体調が悪くなる。

 医者には「虚弱体質」と言われているが、僕としては納得していない。

 

提督適正があると判明した時も、軍は僕を徴集しなかった。

 能力の性質上、戦力というより“危険地帯に弱い子”という扱いらしい。

 それでも父は、軍部に影響力を持ちたいという理由で、僕を売り込んだらしい。

 

そんなこんなで、舞鶴の司令部へ向かうことになった。

 海路で移動する予定だったが、港湾部に着いたところで一泊を命じられた。

 翌朝、船に乗るはずだった――が、深海棲艦の襲撃が発生し、状況は一変した。

 

港湾関係者は全員軍属で、即座に防衛体制へ移行。

 僕のような“余計な客人”は、当然のように後回しである。

 

深海棲艦に対抗できるのは、今のところ艦娘だけだ。

 だから艦娘がいない場所では、内地へ引き込みながら時間を稼ぎ、

 彼女たちの到着を待つ“遅滞戦術”しか取れない。

 

深海棲艦の砲撃は三〜五キロ先まで届く。

 軽空母型は子機を飛ばし、奥地に爆弾を落としてくる。

 子機には通常の機銃が有効なので、沿岸から十キロ地点に対空陣地を展開し、

 子機を落としながら艦娘の到着を待つ――それが一般的な対処だ。

 

その間、市民は避難する。

 僕はというと、軍の人に連れられ、

 「軍機だから」とだけ告げられて、廃れた漁村の避難施設に放置された。

 

腹の奥の圧迫感(便意)は限界に近い。

 深海棲艦が近づくほど、僕の体は反応してしまう。

 敵の砲撃が響くたびに、視界が揺れた(便意解放直前)。

 

「……まずいな」

 

砲撃音が遠くで響く。

 その振動が、僕の内側の緊張をさらに締め上げる。

 呼吸が浅くなり、膝が笑う。

 

無限に感じられた焦燥感は唐突に終わりを告げた。

 苦しめていた胸の締め付け話ゆるみ、断続的に襲い来る波(便意)は、さざ波程度に治まっている。

 

気が付けば砲撃が止んでいた。

 さっきまで地面を震わせていた衝撃が、嘘みたいに消えた。

 深海棲艦の襲撃では、こういう“静寂”が一番怖い。

 でも、避難施設に一人でじっとしているのも限界だった。

 

胸(腹)の奥の圧迫感はまだ続いている。

 深海棲艦によって汚染された海域付近にいる時の、いつもの症状だ。

 幼いころは即トイレにこもっていたが、慣れのお陰か激しい運動を行わなければ粗相はしない。

 

「……様子だけ、見に行くか」

 

自分に言い聞かせるように呟き、

 僕は避難施設を出て、砂浜へ向かった。

 海風は冷たく、どこか鉄の匂いがした。

 砲撃の残り香だろうか。

「……終わったのか?」

 

そう思った瞬間だった。

 

胸の奥が、急に締めつけられた。

 まるで見えない手で心臓を掴まれたような感覚。

 息が詰まり、視界が揺れる。

 

深海棲艦の“反応”だ。

 僕にはそれがわかる。

 理由はわからないが、近くにいると体が勝手に反応してしまう。

 

だが、今回は桁が違った。

 

「っ……!」

 

膝が崩れ、砂の上に手をつく。

 胸(腹)の奥の圧迫感が、痛みに変わる。

 頭の中が真っ白になり、耳鳴りが響く。

 

――来ている(出そうだ)。

 ――すぐそこ(門)まで。

 

そんな確信だけが、鮮明だった。

 

逃げなきゃいけない。

 でも、体が動かない(便意で)。

 呼吸が浅く、視界が滲む。

 

「……まずい……」

 

その言葉を発した瞬間理解した

”ため込んだら死ぬ/こんな所で尊厳開放とか自殺行為だ”

 

死を意識すると、人は人生を振り返るらしい。

 僕も例外ではなかった。

 

僕を捨てた両親。

 劣等な弟を黙視する兄と姉。

 たぶん僕を憎んでいる妹。

 引き取ってくれた祖父母は優しかったが、どこか“お客様扱い”だった。

 友人? そんなものは、体質のせいで外に出られない僕には縁がなかった。

 

――まあ、いいか。

 

張りつめた緊張が一気にほどけ、

 身体の奥から熱が抜けていく。

 世界がふっと軽くなり、

 そして選択した

 

”どうせ死ぬなら堂々と尊厳開放してやるか。”

 

大海原を前に、僕はすべてのしがらみを脱ぎ捨てるような気持ちで立ち尽くした(フルフロンタル状態)。

 恐怖も、恥も、どうでもよくなっていた。

 そして、僕は意識を手放した。

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