※この作品はR-18です。

見切り発車の艦これモノ(仮)   作:ヌメリ茸

3 / 8
3話目 A面・B面

3,

 

A面

 

 

目を覚ました。

 先ほどの夢は、妙に鮮明である。

 赤い海、どんよりとした空、そして――スパッツ。

 最後に見たあの姿は、おそらく艦娘であろう。

 敵とはいえ女人である。

 吾輩が何やら不埒な行為を試みたと誤解され、

 蹴り飛ばされたのかもしれぬ。

 人類の叡智の探求が、あのように誤解されるとは嘆かわしい。

 

まあよい。所詮は夢物語である。

 なかなか爽快な――などと、まんじりと思考を巡らせていたところ、

 ある重大な事実に気がついた。

 

ここはどこだ?

 

会社の仮眠室はこんなに広くないし、

 何より腕に管が刺さっているわ、

 何やらピッピピッピとうるさい機械が横で鳴っているわで、

 うむ、まごうことなき病室である。

しかも、見上げた天井は見知らぬものであるからして、

 あの名台詞を発するべきであろう。

 

――知らない天井、である。

 

いつか言ってやろうと思っていた語録の一つを消化できた吾輩は、

 満足げにベッド周辺を見回した。

 

まず目に入ったのは、ナースコールのボタンである。

 病室において、これは実に重要な存在だ。

 目を覚ましたら呼ぶ。

 異常を感じたら呼ぶ。

 これは病院生活の基本である。

 

そして今まさに、吾輩は“異常”を感じていた。

 

体を起こせないのだ。

 有体に言えば、腰から下に力が入らぬ。

 

吾輩は元の体に戻っているのか?

 

あまりにリアルな夢であったため、

 もしやと気になってしまったのである。

 見慣れた掌であり、

 あの夢の御仁のごとき丸太の腕ではない。

 顔を触っても、もちぷよな頬ではなかったし、

 何より腹の贅肉が無い。

 確実に元の体なのであろう。

 

だが、万が一、吾輩に背格好が似ている

 “じょにーでっぷ似のイケメン”であった場合、

 吾輩の人生設計を見直す必要がある。

 魑魅魍魎、強敵渦巻く婚活市場に身を投じずとも、

 素敵なお嫁さんをGETできるのではなかろうか、と。

 

そんな妄想をしていると、

 コールに応じて看護師さんが現れた。

 爽やかな笑顔のイケメンである。

 

――そういふ者に私はなりたい。

 

いや、話が進まぬな。

 

「そこなイケメン殿。吾輩、足が動かぬのだが、少々確認してもらえぬだろうか」

 

訝しげな顔を一瞬だけ見せたイケメン殿は、

 すぐに爽やかな笑顔を再装着し、布団をめくってくれた。

 

うむ、見慣れたすね毛だ。

 病院衣の上だけを着せられ、

 下は看護の都合で簡易的な保護用肌着が装着されている。

 

――なるほど、医療用の簡易パンツ・・・であるな。

 

吾輩がそうひとりごちる。

 イケメン殿は作り笑いを張り付けたまま、

「そうですねぇ」と面倒くさそうな声色で相槌を打ちつつ、

 吾輩の足を持ち上げたり、軽く触れて反応を確かめてくれた。

 

触れられている感覚はあるが、どうにも力が入らぬ。

 その旨を告げると、イケメン殿は

「先生に診てもらいましょう」と言い残し、

 床を戻して速やかに去っていった。

 

@@@

 

二日待たされた末、ようやく精密検査なるものを受けた。

 結果は、原因不明の下半身不随であるという。

 医師は難しい顔をしていたが、吾輩としては、

 難しいのは顔よりもこの先の人生である。

 

そんな折、同僚が見舞いに来た。

 彼は病室に入るなり、妙に畏まった顔をした。

 嫌な予感しかしない。

 

「……あのな。会社でお前、ひどい事になっているぞ……」

 

吾輩は天井を見つめた。

 知らない天井より、こちらの方がよほど恐ろしい。

 

「なんかさ、課長が言いふらしてるんだけど……

 “あいつ、トイレで怪しい行為をして倒れたらしいぞ”とか

 “変な声出してた”とか……」

 

吾輩は静かに目を閉じた。

 課長という生き物は、どうしてこうも余計な創作意欲に満ちているのか。

 

「で、その……尾ひれがついたらしくてな。

 今、社内では“そっち方面に目覚めた人”って呼ばれているんだが……違うよな?」

 

同僚は畏まった態度を崩し、半ば茶化すように言った。

 悪気はないのだろうが、悪気がないというのは時に最も厄介である。

 

吾輩は深くため息をついた。

 深海棲艦より、会社の噂話の方がよほど精神に悪い。

 人間とは、実に恐ろしい生き物である。

 

――会社に戻りたくなくなったのだが。

 

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B面

 

 

気がつくと、僕はこじんまりとした映画館の中央に座っていた。

 薄暗い場内には人影がない。

 なのに、小声で会話するようなざわめきだけが、どこからともなく聞こえてくる。

 言葉の意味はまるでわからない。

 人の声を真似した騒音――そんな印象だった。

 

なんだここは。

 

不気味だと思った。

 普通なら席を立つところだが、不思議とその気になれない。

 むしろ「ここに座っているのが当然だ」と、どこかで思い込んでいる。

 

唐突にブザーが鳴り、場内が完全な闇に沈んだ。

 スクリーンに光が当たり、映像が流れ始める。

 

頭部が異形と化した存在が、軽快な音楽に合わせて踊っている。

 新手の深海棲艦かと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「劇場内での映画の撮影・録音は犯罪です」

「法律により十年以下の懲役、または壱千万円以下の罰金が科されます」

「不審な行為を見かけたら劇場スタッフまでお知らせください」

 

頭部がパトライトに成り代わっている異形が現れ、

 先ほど踊っていた“怪しい存在”を取り押さえる。

 

「NO MORE 映画泥棒」

 

なんだこれは。

 深海棲艦よりよほど怖い。

 

そして場面が切り替わった。

 

スクリーンには赤い海と白い砂浜。

 その海岸で、だらしなく太った体をさらけ出し(フルフロンタル)、

 しゃがみこんでいる男が映っていた(尊厳開放中)。

 

そこで思い出した。

 

――あれは僕だ。

 

自棄になり、あのような真似をしでかした後――

 気がつけば、僕はこの不可思議な映画館にいた。

 

自分の身体を見下ろす。

 服を着ている。

 スクリーンを見る。

 全裸で尊厳を投げ捨てている僕が映っている。

 

……何も感じない。

 自分のことなのに、どこか他人事のようだ。

 

スクリーンの中の僕が動いた。

 尊厳を解放した物質に尻もちをつき、

 慌てて海へ洗いに行ったのだ。

 

ありえない。

 

赤く染まった海は深海棲艦による汚染が高く、

 高度な訓練を受けた将官でさえ精神に異常をきたす。

 船上で活動している者ですら、長時間の接触は危険だ。

 

唯一、汚染海域で問題なく活動できるのは艦娘だけである。

 彼女たちの艤装には“加護(かご)”と呼ばれる特殊な防護機能があり、

 あのコスプレめいた衣装を身につけて初めて発動する。

 深海棲艦の瘴気を遮断し、精神汚染を防ぐ――

 まさに人類の切り札だ。

 

だが、スクリーンの僕は――

 よりによって潜っている。

 

あれは本当に人間なのか?

 

海中で遭遇したイ級を、

 謎の推進力で頭突きし、追い立てている。

 海岸で艦娘たちを追い詰めていた深海棲艦らしき存在――

 下半身がイ級のような異形で、上半身だけが女性の姿をした“あれ” を、

 まるで相撲の稽古のように圧倒していた。

 

本当に人間なのか?

 

そして、倒した深海棲艦の女性に近づき――

 何かしようとした瞬間、画面が乱れ、上映が終わった。

 

……爽快だった。

 

艦娘頼みでしか撃退できない深海棲艦を、

 力士の技と謎の投げ技で圧倒したのだ。

 現実ではありえない光景だが、

 胸の奥に残るのは妙なすっきり感だった。

 

僕の体調不良の原因も、スクリーンの映像で理解できた。

 尊厳を解放した物質に尻もちをついたとき、

 その物質が異質なオーラを放っていた。

 それが僕の身体に吸い込まれ、

 残ったのはただの“物質”だけだった。

 

恐らく僕は、深海棲艦が撒き散らす瘴気のようなものを

 吸収し、凝縮してしまう体質なのだろう。

 

思い返せば、体調を崩すのはいつも

 深海棲艦が接近していた時か、

 汚染海域が海流に乗って近づいた時だった。

 

ならば、なぜスクリーンの向こうの僕は

 何事もなく動き回れていたのか。

 さらには、あの強敵であった上半身の深海棲艦に

 組み付き、投げ技まで仕掛けていたのか。

 

冷静に思い返せば、

 スクリーンの彼――僕は、

 深海棲艦と同じような“強者のオーラ”をまとっていた。

 

自分の体質。

 スクリーンの彼の僕。

 新手の深海棲艦。

 そして、この場所と映画泥棒。

 

考えることが多すぎて混乱していたが、

 それでも胸に残るのは、やはり爽快感だった。

 

人類の脅威を、あそこまで鮮やかに圧倒する存在。

 

恐らくあれは、噂に聞く――鬼無双。

 

力士って、すごい。

 

僕はしみじみとそう思った。

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