5,
B面
少しだけ前向きになった気がした僕は、
劇場内の探索を始めていた。
といっても、出口に向かうという発想はなぜか浮かばない。
後方に扉があるのは知っている。
昔ながらの劇場の造りだ。
でも、僕の意識はなぜか“前方”にしか向かない。
だから僕は、前列の端の席の陰や、
壁の継ぎ目を指でなぞりながら、
「何か手がかりはないか」と探していた。
――その時だった。
バタァァァン!
劇場後方の扉が、
まるで蹴破られたかのような勢いで開いた。
僕は反射的に前列の座席の陰へ身を沈めた。
心臓が跳ねる。
誰だ、こんな場所に。
「吾輩の前に道は無し! 通った後が道になるのだッ!」
聞いたことのないテンションの男の声が響いた。
そっと座席の隙間から覗くと、
男は通路を完全に無視し、
座席の背もたれを“階段”のように踏みつけて
一直線に駆け下りてくる。
無地の甚平の上だけを着た、
下はモコっとした下着とサンダル履きの、
脇になにやら異様な置物を抱えた男が。
しかも、叫びながらだ。
「これが吾輩の最短ルートであるッ!」
止まる気配は一切ない。
むしろ加速している。
僕は息を呑んだ。
いや、呑むしかなかった。
男はスクリーンの前で減速するどころか、
むしろ勢いを増し――
「エントリィィィィィィィィ!!」
叫びとともに、
そのままスクリーンへ飛び込んだ。
光が弾け、男の姿は吸い込まれるように消えた。
僕は座席の陰で固まったまま、
しばらく動けなかった。
「……え?……え?……えぇ」
前向きになった気持ちは、
どこかへ吹き飛んでいった。
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A面
吾輩、大を漏らす。
トイレにも満足に行けぬ身ゆえ、オムツ装備で事なきを得た(1敗)。
入院生活初の事案である。
小の方は……あれだ。管である。言わせるでない、恥ずかしい。
溜まったタスク(意味浅)を解放した結果、どうやら精神まで解放されたらしい。
気がつけば、吾輩は不可思議な場所に立っていた。
わが身を確認する。
既に普段着と言ってもない過言ではない病院衣(上)。
アテント。
素足。
以上。
おもむろに左手で臀部を確かめた。
粗相の跡がない。
そして右手には“何か”を握りしめていた。
黒い端末。見覚えはないのに、手のひらに妙に馴染む。
顔を上げると、そこは病室ではなかった。
はるか遠くまで見渡せる白い空。
黒い床には光る線が升目を描き、
さながらデフォルトのVR空間である。
現実味がない。
しかし、夢にしては妙に“手触り”がある。
端末の画面がぼんやりと光った。
その光の中に――
見知らぬ住宅街の映像が映っていた。
端正な家屋、一本道、遠くのざわめき。
どこかで見たような、しかし思い出せない風景。
不思議に思い、顔を上げる。
すると、
端末に映っていた景色が、そのまま現実に広がっていた。
白い空は青空へ、
黒い升目の床はアスファルトへ、
無機質なVR空間は、端正な住宅街へと“上書き”された。
家屋の表札には何も書かれておらず、脇道もない。
判を押したように同じ家屋が続き、
さながらゲームの背景として描かれた“壁”のようである。
それを当たり前と思えてくることが、実に面妖だ。
だが、ここに立ち尽くしていても仕方がない。
吾輩は手にした謎端末を見つめる。
画面には、まるで当然のように“目的地”が表示されていた。
――行け、と言わんばかりに。
謎端末が指し示す場所へ向かえば、何か進展があるはず。
そして吾輩の寝たきり生活を是正するためにも、
画面内で寝たきりの高継氏を回復させねばならぬ。
吹雪嬢の甲斐甲斐しい介護を受けやがって……妬ましい。
いかんいかん、本音が漏れた。
しかし芋っぽい娘、いいよね……。
@@@
久々に自分の足で歩けるというのは、何かと心弾むものである。
そしてこの謎端末は成長したのか理由は不明だが、
吾輩の望むものがある程度叶えられることが分かった。
素足は嫌だなーと思った瞬間、
自宅にあったはずのつっかけが出現したのだ。
そう、DMMポイント1000Pを代償として!
200万ほどあったポイントは、今や80万を切っていた。
消費は緩やかになっており、端末をこねくり回して得た情報から
吾輩は“頸椎治療プラン”なるものを立てていた。
消費予定ポイントはおおよそ40万。
自己再生などの特殊能力を持つ人物をインストールすれば回復するだろう。
そしておよそ二日は余裕があるだろう――そう思っていた。
この場所に来て無駄遣いするまでは!
つっかけを出現させたとき、ふと思ってしまったのだ。
ゼーゴック欲しいなぁ、と。
ガンダムシリーズの外伝に登場するモビルアーマーである。
そのフルスクラッチ作品を作った猛者のHPを見つけ、
4万円ほどで落札できそうだったのだが、
デスマーチと入院でどうなったか不明である。
入札していればワンチャンあったかもしれぬ、と後悔していたら――
《ロード中……》
は? 何を?
と思った瞬間、
吾輩の目の前の空間に“ノイズ”が走った。
黒い線が空中に走り、
ポリゴンのような輪郭が組み上がり、
そこに色が貼られ、
質感が乗り――
ゼーゴック(推定1/144スケール)が出現した。
まるで端末が
「はい、欲しいって言ったよね?」
とでも言いたげに。
吾輩は震える手で端末を確認する。
60万ポイント程度。
減っているね。
端末をこねくり回していた時に発見した履歴ページに切り替える。
・徳用サンダル:1000P
・フルスクラッチゼーゴック:114514P
なぞのしょうそうかんが わがみをおそう!
病室では“閲覧だけ”だった端末が、
今では“生成”までやってのける。
吾輩は思った。
――実績解除……そういうのもあるのか。
そうとしか思えない。
この空間に来たからなのか、
精神が解放されたからなのか、
あるいは端末の気まぐれなのか――
真相は分からぬが、
今は生成できる。
それならば……今ここで願えば高継氏の怪我治せるのでは?
そう思った瞬間、端末に表示されたメッセージは――
《対象が範囲外です》
やはり進むしかない。
うむ、急がねば!
この調子では、吾輩のポイントが
物欲に反応して勝手に消費される可能性がある。
それは困る。
非常に困る。
端末の画面を切り替え、目的地へと無心で進む。
一本道ゆえ迷うこともなく進むと、年季の入った建物が見えた。
映画館のようだ。
掲示板にはポスターが貼られている。
怪獣映画のような構図で、
日本帝国海軍の「第二種軍装」を着込んだ巨大な男が、
軽巡棲鬼を片手で握りしめ、咆哮しながら深海棲艦を蹂躙している。
タイトルは――
『艦隊これくしょん -艦これ- 提督の逆襲』
道すがら物欲を抑えつつ考えていた。
どうやら深海棲艦をばちぼこにぶっ転がせば、
DMMポイントが稼げるらしい。
軽巡棲鬼を倒して5000万ポイント。
そしてこのポスター。
この超常現象を起こした存在は、
深海棲艦をばちぼこにしたいらしい。
吾輩、深海棲艦倒す。
ポイント(σ・∀・)σゲッツ!!
ポイントでなんでも出せる。
仕事、辞めちゃっても良いよね!
テンション上がってきたー!
こうして吾輩はスクリーンへ飛び込んだのであった。