崩壊した都心部の中心。
そこで今まさに光と闇の一大決戦が行われていた。
『ぐ、ぬぬぬ……まさか、この俺が……!』
傷口から滝のように血を流しながら膝をつく、半人半獣の怪人。
ビーストマン一族の狩猟、混沌の野牛ミノタウロス3世。
戦車を指先一つでひっくり返し、戦略爆撃機からの絨毯爆撃の中を平然と行進する力の化身、混沌の怪物はしかし、今や息も絶え絶えの有様だった。
『馬鹿な……お前のどこに、そんな力が……!』
「これが光の、絆の力よ!」
そしてその怪物と対峙するのは、年若い可憐な乙女。
白と青を基調としたドレスに身を包み、聖剣を手にした銀髪赤眼の少女。
セイントキャリバー・ツクヨミ。
そのセカンドフォーム。
街を守る魔法少女として一度はミノタウロスに敗れながらも、修行と決意を新たにして目覚めた新しい力で、暴力の化身を今、彼女は越えようとしている。
「皆が私に力をくれる! 暴力で相手を屈服させる事しか知らない貴方達に、私は負けない!」
『おのれぃ、世迷い事を!』
ツクヨミの言葉に、ミノタウロスは力を振り絞って立ち上がる。
もはや死に体でありながら、愛用の大斧を握りしめて仁王立ちするその姿には気迫が漲っていた。
『所詮この世に立つのは己のみ! 他人を宛てにしてどうなる! 孤独こそが、力こそが世界の真理! それを分からぬ小娘如きに、この俺が負けるはずがない!』
「違う! 私達は、皆で助け合って生きていく事が出来る!」
『戯言を! その減らず口、この手で閉ざしてくれるわ!! いくぞ、セイントキャリバー・ツクヨミ!』
鼻息荒く、ミノタウロスが斧を手に突進する。
それを見て、ツクヨミは聖剣を大きく振り上げるようにして構え、最大最強の一撃を繰り出す構えを取る。
そして一つ深呼吸。
一瞬だけ、彼女は悲しそうな目でミノタウロスを見たが……次の瞬間にはキッと表情を厳しいものへと変え、裂帛の気合と共に聖剣を振り下ろした。
「聖剣雷轟、ホーリー……キャリバー!!」
『ぐぉおおおお!?』
斬撃と共に放たれる極光の輝き。その光の中に飲み込まれたミノタウロスの体が、徐々に光に分解されていく。
『こ、ここまでか……も、申し訳ありません、魔王……様……グアアアアア!!』
その巨体が、光の中に消える。
勢いあまった閃光は、街を駆け抜け、やがて岬の公園を突き抜け、海へと散っていった……。
「私達の……勝ちだ!!」
聖剣を振り上げ、セイントキャリバー・ツクヨミは高らかに勝利を宣言した。
「以上が、ミノタウロス様の最後の戦いの様子です」
そして、異界に存在する魔軍の本拠地。
その会議室では、地球侵攻、その第一陣を務めたビーストマン軍の壊滅の様子についての報告が行われていた。
会議室に映し出される、ミノタウロスの奮戦と敗北。輝く聖剣を手にする少女の姿に、ざわざわと幹部たちが囁きを零す。
「馬鹿な……ミノタウロス殿が破れるなど」
「ビーストマン軍団はこれで全滅か……」
「ふん、所詮は暴れるしか能の無い蛮族よ。欲望のままに被害を広げるばかりで、肝心の目的は果たしていないではないか」
最もその反応は三者三様だったが。
魔軍は、魔界から派遣された各氏族、部族の連合軍である。
その目的はたった一つ。
“魔界の破滅を阻止する”事である。
今現在、魔界に存在するエネルギーが地球に吸い出されている。それによって水は枯れ、大地は乾き、空は暗雲に閉ざされている。既に魔界の民の4割は死に絶えた。もはや一刻の猶予もない。
その問題を解決すべく、調査、及び地球の戦力の把握のために、第一陣として最も戦闘力に優れたビーストマン一族が送り込まれたのだが……結果はご覧の通りである。
「まさか、地球にあれほどの戦力が存在するとは」
「魔法少女とか言ったか。表向きには正体不明、本名不明……なのだったか」
「とはいっても、国家側が把握していないはずはない。決戦兵器として国の庇護下にあるのだろう」
魔法少女。
ざわざわ、と幹部がその単語にざわめく。
当初、地球に対する侵攻と調査は簡単なものだと考えられていた。地球の住人は貧弱で意思も弱く、団結力に欠け何より愚かであった。科学技術は優れているが、それらは魔軍の中でも戦闘力に優れるビーストマン一族に通じるほどのものでもなく、侵略開始直後は何の障害にもならなかった。
自分達を阻むものはない、そう考えて好き放題に暴れるビーストマン一族……その眼前に立ちはだかったのが、件の魔法少女たちである。
とはいえ、彼女らは当初はさほど脅威ではなかった。人間としては強いが、かといってビーストマンの上級戦士には及ばない程度。最初の一人は、雑兵や下級戦士は倒したものの、出撃した上級戦士には容易く組み伏せられた。
しかし彼女らは諦めず、何度もビーストマンに勝負を挑んだ。数度の敗北を経て成長し、またある程度の期間で次世代に交代しながら、その度に魔法少女は戦闘力を増大させていく。そしてついに、現役最強のセイントキャリバー・ツクヨミなる魔法少女は、ビーストマン族最強の戦士であるミノタウロスを打ち倒すにまで至ったのである。
その事実が持つ意味は大きい。
「……しかし、どうする?」
「力だけが戦いではない。次は、是非我ら瘴気魔軍に……」
「ふん、貴様ら腐りかけに何ができる? ここは我々、呪術魔軍に……」
口々に、次は我こそが、と名乗りを上げる幹部たち。最大戦力が倒されても意気軒昂なのはいい事だが、聊か緊張感がたりないともいえる。
そんな幹部らを、少し距離を置いて後ろから見ている男が居た。
「……ふん」
職工魔軍頭目、ブラボール。
彼の率いる職工魔軍は、魔人族の中でも手先が器用な職人の集まりである。ただ単なる加工業ならばより優れた土精族がいるし、そもそも魔人族自体が強くない事もあって、その立場は悪い。
故にブラボールは頭目として鉄火場に立つために、その肉体を大きく改造している。頭部以外の大半の肉体は黒鉄のパワードスーツと半ば融合しており、晒している頭部も口元はマスクで覆っている。露出している頭部にも髪の毛はなく、代わりに霊薬を注ぎ込むチューブが繋がっている。
そこまで肉体改造をしなければ、他の魔族とは正面切って渡り合えないのだ。一般的な魔神族との差は歴然である。
それでも彼らが軍として魔軍に席を置いているのは、その仕事の細やかさ故だ。
土精族は優秀であるが故に驕りやすく、自分達基準でしか考えず、気分が乗らなければ契約を無視する事も厭わない。
一方で魔人族は貧弱だからこそ協調性を重視し、受けた仕事は可能な限り遂行し、その上で他者の事も考慮する。
魔軍の中継基地であるこの場所を作ったのも職工魔軍だ。しかし、そんな縁の下の力持ちは表だっては評価されない。一部の幹部からは平然と無視される事も日常だ。
だからブラボールは他の幹部達からは距離を取り、こうして常にひややかに喧騒を見つめているのが日常だった。
見ていると、どうやら会議の場はヒートアップし、頭目同士のど付き合いで次の担当を決める事になったようだ。司会進行をしていた魔王の側近が慌てる中、勝手に壇上に上がった力自慢同士が拳を突き合わせている。
「馬鹿馬鹿しい」
小さく吐き捨て、ブラボールは席を立った。
力でミノタウロスが負けた相手に、また力勝負を挑んでどうするのだ。
ビーストマン一族にしても、目的よりも欲望を優先し破壊活動や戦闘行為に明け暮れた結果最後には反撃を受けて絶滅した。ただ暴れて敵を警戒させただけで、目的は何も果たせていない。
「どいつもこいつも愚か者だ」
ブラボールであれば、もっとスマートに作戦を行う。極力肉体改造をしていない魔人族を送り込み、人類社会の情報を収集する。出来るだけ騒ぎを起こさず、存在を悟られないように調査を進め、魔界のエネルギーを奪っているのが何かを調べる。
最大の障害である魔法少女との交戦は出来るだけ避け、どうしても排除する必要があれば愚かな人類同士を扇動してぶつけ合わせればいい。
必ずしも魔法少女の妥当は必須事項ではない。
が、それを言った所で他の連中は理解しないだろう。彼らはいささか、戦士としての拘りが強すぎる。
「まあいい、そんな事は分かっていた事だ」
喧騒を背後に会議室を出る。
扉を閉ざすと、喧しい騒ぎは静寂の向こうに消え去った。
目の前に広がるのは、シンと静まり返った暗い廊下。自らも施工に関わった通路を、ズチャン、ズチャンと音を鳴らしてブラボールは自分の区画に引き返した。
と。
「む……」
廊下の傍らに、ぼんやりと燃える炎が浮かび上がる。その前兆を見て取り、素早くブラボールはその場に跪いた。
『……我が忠実なる僕。ブラボールよ。聞こえるか?』
「はっ、魔王様。ブラボールは、ここに」
低い声が、炎の中から呼びかけてくる。顔を伏せているが故相手は見えないが、誰が呼びかけてきているかなど分かりきっていた。
魔王。
魔軍の総司令であり、同時に今現在、狭間の要塞の中心で、要塞が次元に潰されないよう維持している文字通りの要である。
そして、数少ないブラボールを評価する上司でもある。
『ミノタウロスは破れたか……』
「はっ。そして他の幹部達は次は誰が侵略を行うか、それを決める為に力比べを始めたようです」
『……構わぬ。好きなようにさせておけばいい。……ブラボール、お前に特務を命じる』
顔を伏せたまま、ブラボールは困惑した。
特務。それは有難い話だが、いましがた会議室では次の代表を決めている最中。まがりなりにも部下達の団結をよしとする魔王らしくもない。
「お言葉ですが、魔王様。御命令は大変ありがたいのですが、魔王様の命令とはいえ私が独自に動く事は魔軍全体の不評を買うのではないのでしょうか?」
『侵略軍の采配は秘書に任せている。お前には、独自に単独で動いてほしい。勿論、他の者には秘密でな』
「潜入任務という事ですか……? いえ、そういう事でしたら。このブラボール、謹んで拝命させていただきます。して、その目的とは?」
魔王直々の命令とあらば、内容を問わず引き受けるのが当然。引き受けた上で問い返した、その任務とは……。
『手段は問わぬ。魔法少女を一人、こちらに引き込め。その為であれば、あらゆる行為を咎めたてせぬ。いいか、どのような手段を用いても、最低一人……あの魔女どもを我々の仲間に引き入れるのだ』
思った以上の無理難題だった。
それでもブラボールは恭しく頭を下げたまま、命令を受諾した。
「はっ。魔王様のお言葉通りに」
『期待しているぞ……』
声が遠ざかる。完全に気配が消え失せたのを見て、ブラボールは顔を上げた。
気が付けば額に冷や汗が伝っている。
愚痴をいう……などという非礼が出来るはずもなく。
彼は内心を纏められないまま、機械触手を伸ばして汗を拭った。
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