ブラボールがアリスを連れて行ったのは、人払いをした訓練場だった。
飾り気のない鉄の床、鉄の壁、鉄の天井。ところどころさび付いて、凹んでいる、使い古した感じのある空間を、きょろきょろとアリスは物珍しそうに見渡している。
「何ここ、体育館みたい」
『我が職工魔軍の訓練場だ。セイントミラー・アリス、お前には今からここで私と戦ってもらう』
「え?」
きょとん、とするアリスの前で、ブラボールは右手を頭上に突き上げた。闇が収束し、スレッジハンマーの形をとると彼の手に納まる。
鈍く輝く、殺意の形に固められた鉄の塊を前に、ひく、とアリスが頬を引き攣らせる。
「あ、あの? 話が見えないんですけどー?」
『まずは小手調べだ。お前の戦闘力を見せてもらう。この魔軍要塞の中で生きていけるだけの力があるかどうかをな』
「私魔法少女は初心者なんですけど!? おじさん、魔人族とかいうので一番強いんでしょ!? 大人気なくない?!」
カチューシャのうさ耳をピンと立てての糾弾に、ブラボールは淡々と言い返す。
『弱い者には手加減ができん。初心者と弱者の戦いなど、トラブルになるのが火を見るより明らかだ。私が相手をするのが一番安全なのだよ、お前にとっても』
「……ムッカー。まるで私じゃおじさんに全く勝てないって言ってるみたいですけど」
『みたい、ではなく事実だ。お前程度に土をつけられるほど、私は弱くない』
ぽんぽん、とハンマーを手で軽く叩いてかかってこい、と挑発するブラボールに、アリスは顔を怒りで真っ赤にしてコンパクトミラーをパチンと開いた。
「上等だぁ! その減らず口聞けないようにしてあげるんだから!」
『いいからかかってこい』
「ムッキィー!」
そんな流れで、魔法少女と錬鉄の魔人の戦いが始まった。
先手を取ったのはセイントミラー・アリス。彼女はコンパクトを掲げて、その鏡面を輝かせる。
「セイントミラー・ショット!」
『む』
次々とコンパクトから放たれる魔力弾。銀色に光るそれらの射撃を、ブラボールはその場から動く事無く、直撃弾だけをハンマーで弾いて防御した。牽制のつもりだったのか、他の数発は彼にかすりもせずに周囲の床に着弾する。
『ノーコンか?』
「フンガー! 馬鹿にするのもいい加減してよね!!」
挑発ではなく率直な感想だったのだが、アリスはそうは受け取らなかった。
忽ち、さっきの数倍の数の射撃が撃ち込まれてくる。今度は正確に自分を狙ってくるそれらを、ブラボールは容易く弾き返しながら今度は自分から接近した。
「き、効かない?! うそでしょ!?」
『リアクターの支援がなくともこの程度、どうという事はないわ』
しかし馬鹿に出来たものでもない、とブラボールは内心で呟く。少なくとも、魔人族の一般戦闘員では一撃でダウンは確定だ。やはり、魔法少女侮るべからず。
『ふん!』
「わわわ!」
そういった心情を表に出す事なく、接近したブラボールはハンマーを敢えてオーバーアクションで振り下ろした。見え見えのテレフォンパンチに、アリスは大仰な回避行動で距離を取る。
強烈な一撃が床を割り砕いて振動させる。脚を取られたアリスは思わず転びそうになる。
「キャッ!? あ、危な……っ」
『どうしたセイントミラー・アリス! そうやって尻を振って逃げまどうだけか?』
「ああもう、イチイチ腹立つ言い方!」
ブラボールの挑発に、アリスは振り返りながらコンパクトを両手で翳した。鏡面が輝き、光の中から何かを取り出す。
「ジャバウォックソード! てやあ!」
『む』
取り出されたのは、真っ赤な剣。そのおどろおどろしい雰囲気を放つ両刃剣は、青と白を基調とする清廉なセイントミラー・アリスの雰囲気に合っているとは言い難い。
両手で剣を握りしめ、ブラボールに突撃してくるアリス。
反射的にハンマーを振り返そうとした彼はその手を意識して止め、代わりに機械触手をムチのように振るってアリスを迎撃した。
『ふん!』
「なんの!」
振り回される触手を、アリスは正面から迎え撃った。様になっているとは言い難いへっぽこな太刀筋だったが、しかし切れ味は本物だ。火花を散らして両断された機械触手を目にして、ブラボールは微かな苦痛と驚愕に目を見開く。
『なんと……』
「えいや! まだ、まだぁ!」
続けて振るわれる触手が、一本、また一本と切り落とされる。大した反応速度だ。
『だが、まだまだ』
ガコン、とブラボールの背中の魔工具が稼働する。駆動アームで持ち上がったのは、溶接作業などに用いるトーチ……それは同時に、魔炎を噴射する殺戮兵器でもある。
ブオオオ、と真っ黒な炎がセイントミラー・アリス目掛けて噴射された。
「わわわわ!?」
炎を前に、慌てて退避するセイントミラー・アリス。その後を追う様に炎が巻き散らかされ、床が轟々と燃え上がる。忽ちの内に火炎地獄となる周囲から、アリスは慌てて距離を取った。
「あ、危なかった……」
十分な距離をとって安心したのも束の間。
燃え上がる炎の壁を突き破り、ブラボールは彼女へと突撃した。
炎は単なる目くらましだ。それにひっかかり、まんまと油断した彼女の隙を、彼は逃さない。
そしてそのまま有無を言わせず掴みかかると、彼女を床に引き倒す。
抵抗しようとしたアリスの眼前に、まだチロチロと小さく炎を揺らすトーチが付きつける。
それで終わりだ。
敗北を理解したアリスが、息を呑んで力を抜いた。
「う……」
『……まあ、こんなところだ。初心者にしては、よくやったという所か。流石といっておこう』
「え……ほ、本当?」
組み伏せられたままの状態で、アリスは上目遣いで喜色の混じった声を上げた。
「もしかして、私、才能ある?」
『ああ。もっとも、実戦だったらこれでお終いだ、次はない。才能があっても芽生える事無く、お前の命運はここで潰える訳だが』
「う゛っ」
しょんぼりとウサ耳を萎れさせるアリスに、ブラボールは小さく笑ってその上から身をどかした。傍らに膝をつき手を差し出す。
『ほれ』
「ありがと……わわっ」
握り返す小さな指を引っ張って起き上がらせ、そのままの勢いで抱き寄せて抱え上げる。
ちょっと力を入れればへし折れそうに見える細い体を両手で抱きかかえ、ブラボールは上機嫌に告げた。
『今日の訓練はここまでだ。初日からあまり詰めるのもよくない。部屋にもどるぞ』
「そ、そう? まあそうだよね……ところで、私の部屋とか、そういうのは……」
『ある訳ないだろう。一応、お前は私の虜囚だぞ。安全面でも機密的にも、研究室で寝泊まりしてもらう事になる』
まさか、配下の魔人族と生活をさせる訳にもいかない。当然の処置だ。
「え、ええー。じゃあ私、24時間毎日おじさんに監視されるの……?」
『言っておくが、ベッドで寝たりできると思うなよ。お前が意識を落とせるのは、気絶した時だけだ』
「ほ、ほりょぎゃくたいだぁー」
アリスは足をじたばたさせて暴れるが、その程度の抵抗ではブラボールの腕の中からは脱げだせない。
残念ながら、魔族には捕虜の扱いを定めた協定のようなものはない。そもそも捕虜なんて取る事自体が少ない。敗者に待ち受けているのは辱めか、肉か、そのどちらかの運命である。
『くく。そんな口を叩いていいのか? お前の運命は、私の気分次第でもあるという事を忘れるなよ?』
アリスの体を抱きかかえる指に力を籠める。するする、と伸びてきた機械触手が、触れるか触れないか、というタッチで、アリスの肢を膝裏から太ももまで撫でて、スカートの下に潜り込む。
「っ、あ……」
『少し休ませてやろうと思ったが、元気がありあまっているようだしな。戻ったら続きと行こう』
「や、やぶへびだぁー……」
悲嘆の声を上げて顔を押さえるアリス。
だが、ブラボールは確かにかぎ取っていた。
薄く汗を発する彼女の体臭、その中に、甘ったるい発情の匂いが混じっているのを。
一度刻まれた刻印は、決して消えない。
マスクの下で小さく笑いながら、ブラボールはアリスを研究室へと連れ帰った。
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