実のところ、睡眠薬は加奈によく効いては居たが、完璧なものではなかった。
深い眠りとは程遠い、うたたねのような状態。
意識は多少曖昧なものの、彼女はぼんやりと、夢を見ているような心地で自分の状況を把握していた。
「(なんか……揺り籠みたい……)」
水溶液は暖かく、束縛はきつくはない。呼吸に苦しさもないし、不透明な液体の中に寝かされている事への不安感や不快感は殆どない。
むしろリラックスして、加奈は揺蕩う溶液に体を預けた。
思えば、ここにきてから色々、とんでもない事が起きてばかりだ。こうして、意識があるままゆっくりするのは初めてかもしれない。
そこまで考えて、加奈はちょっと顔を赤らめた。
「(……すごかったな……)」
二度にわたる、ブラボールによる凌辱。レイプといってもいい、明らかな不同意性交だったが、加奈からブラボールに対する不快感や敵意のようなものは自分でも驚くほど少なかった。
自分でももうちょっと彼を嫌ってもいいんじゃないかと思うのだが、不思議なほどに彼に対する隔意は沸いてこない。
それは、彼が少なくとも加奈の事を手荒には扱わないからか、それとも、あるいは……。
与えられる快楽の甘美さによるものか。
「(いやー、私ってこんなにチョロかったのかなあ……大人の人って怖い……)」
加奈も年頃の少女だ。自分では怖くて気持ち程度にしか慰めた経験がなくとも、周りには一足早く年上の彼氏相手に初体験を済ませた者もいて、当然興味を持って耳を傾けた事もある。
ロマンチックに、そして大人びて聞こえた男女の睦言……しかし、今となっては、加奈からすればそれらはお飯事にしか思えない。
確かに、ムードや雰囲気は足りなかったかもしれない。一方的だったかもしれない。
だが、聞いた限りではきっと、皆はあんな経験をした事はないだろう。
体の芯が煮えたぎるような、息が焦げ付くような、燃えるような情欲が自分の体の奥底からこんこんと溢れだしてくるあの感覚……。
そしてそれを焼き尽くすような、一方的に柔肌を揉みしだかれ、押し付けられ、弄ばれるがままに快楽の極みに達する経験など、きっと皆知らない。
だって、知っていたら正気でいられるはずがない。
「(…………おじさん……)」
思い返すだけで、体の芯が熱く火照る。
二度の情交は、忘れようがないほど加奈の体に深く刻み込まれている。彼の言葉は嘘ではなかった。一度目だけでも信じがたいほど気持ちよかったのに、二度目はもっと気持ちよかった。それでいて、彼はまだ加奈の処女には手を出していないのだ。
少しだけわかる。
彼は、最高の……あるいは最悪のタイミングで、加奈のそれを奪うつもりなのだ。
もう二度と、絶対に、加奈が彼に逆らおうだなんて思えないように、徹底的にその価値観を破壊するために。今はその準備段階に過ぎない。
それが分かっていても加奈は逃げ出せない。逃げ出す事は出来ない。
首につけられた首輪の戒めが、ぬるい水溶液の中で肌に冷たく響いている。
「(声……聴きたいな……)」
相手はそうは考えていないとしても、物理的に不可能だとしても、純粋に加奈はそう願った。
その願いが、何かに届いたのだろうか。
加奈の感覚が、声ならぬ声を聞き届けたのは。
『(どういう事だ……?)』
「(? おじさんの声……)」
分厚いガラスの壁、満たされた溶液に阻まれて、外の音や声など聞こえるはずもない。なのにその声はクリアに、はっきりと加奈に確かに届いた。
その声はどこか焦ったような、不安そうな色を帯びている。
『(それではまるで、生物兵器ではないか。加奈の体は、一体どうなっているのだ……?)』
それは、間違いなく加奈を案じるような声だった。
内容の不穏さはちょっと気になるが、加奈としてはそれよりも、ブラボールが彼女の事を案じて心を乱している、という事実の方が大事だった。
「(私の事……心配してる……?)」
『(加奈には言わない方がいいだろうな。とりあえずは、詳細がわかるまでは……)』
「(おじさん……)」
魔法少女の体の仕組みを調べると言っていたから、その過程で何かおかしな事が見つかったのかもしれない。
考えてみれば、この姿も力も、よくわからない事ばかりだ。本当に、この力が加奈にとって害がない、という事だって言い切れない。
現実に魔法少女という存在が出てくる前、創作の世界にたくさん魔法少女の作品があった。むしろそれらがあったからこそ、自分達のような存在は魔法少女と呼ばれている訳だが……その中には、目を覆いたくなるような、悲惨な設定の作品だってあった。
この不可思議な力に、代償が全くない、というのも、それはそれで不思議な話だ。
ブラボールの声からするに、すぐにどうこう、という訳ではなさそうなので、それは素直に安心する。
「(ふふ……それにしても、魔法少女は敵だー、とかいいながら、そうやって心配してくれたりするの、やっぱりおじさんは優しいね……)」
普段、加奈に語り掛ける時は「セイントミラー・アリス」だなんて硬い言い方をするのに、本人に聞こえてない所では加奈呼ばわりとか、実に彼らしい。
出会った時からそうだった。
彼は立場を別にすれば、本当にやさしいし、頭もいいし、それでいてちょっと抜けた所もある。あばたもエクボというのか、完璧超人よりもよっぽど好印象だ。
だけどいやらしく触れてくる時の彼は高圧的で、絶対的で、容赦がない。
きっと、この後もまた、加奈の事を彼は抱くのだろう。
加奈の知らない快楽を体から引き出す彼は、抗いがたい暴君のようだった。あるいは、未知の世界に導いてくれるピーターパンだろうか。
黒い巌のような、鋼鉄のような彼がピーターパン……加奈は自分のしょうもない連想に、揺蕩いながらくすりと笑った。
そして思う。
「(ああ……私、いつまで正気でいられるんだろう……?)」
ブラボールの言った、こちらでの二週間が現実でのたった半日……その時間のズレを考えるだけで眩暈がしてくる。
まだ二日目なのに、このありさま。彼は二週間もかからないかもしれないと加奈を嘲笑ったが、今となると否定できない。
「(おじさんは……どう思ってるの、私の事。ただの、心の弱い小娘? それとも、何か……代えがたい価値を見出してくれるの? 私は、魔法少女である事意外で、貴方にとって何か価値があるの?)」
不安と期待。
切なる願いを問いかけてみても、それに答えてくれる声はない。
“囁き”も、今は聞こえてはこない。
完全に闇と静寂に閉ざされた中で、加奈は小さく、体を身じろぎさせた。
それが原因だろうか。
不意に眠気が強さを増す。睡眠ガスが増加されたのかもしれない。
強烈なそれに抗う事は出来ず、ぷつり、と加奈の意識はそこで闇に閉ざされた。
「(おじさん……)」