アリスが意識を取り戻したのは、ブラボールが一通り運動場で鬱屈を発散し、さらに作戦報告書を何冊か読み終えた頃の事だった。
ざばば、と治療用プールから頭を抱えて身を起こすアリス。
ぼんやりとした様子で周囲を見渡す彼女に、ブラボールは小さく声をかけた。
『うむ。お目覚めかな』
「……? ……おじさん? …………っ!?」
ぼんやりと機械的に見つめ返す碧眼が、ややあって焦点を結ぶ。その直後、アリスは自分の体を庇うようにしてばっとプールの中で飛びのいた。バシャバシャ、と狭い風呂桶のようなプールの中で溶液が激しく波打ち、飛沫を散らした。
その水飛沫から片手で顔を庇いつつ、ブラボールはさも傷ついたように片眉をひそめて抗議した。
『なんだ随分な反応だな』
「な、ななな、何が随分よ! それは私のセリフでしょ、い、いいい、一体、乙女の体を何だと思って……!!」
『それも随分今更の話じゃないか?』
先の調教について随分と腹を据えかねている様子のアリス。自分だって楽しんでいただろうに、という言葉は流石に控えて、ブラボールは淡々と彼女の怒りを受け流す。
そうしているとアリスも落ち着いてきたようで、彼女は渋い顔でプールから這い出してきた。納得したというよりも、意識が明瞭になってくるにつれ行為の最中の自分の痴態に考えが及び、恥ずかしくなってきたのだろう。ちらちらと部屋の片隅に置かれた鏡を見る視線の動きが物語っている。
やれやれ、とブラボールがタオルをぽたぽたと雫を垂らす彼女に差し出すと、ふんす、と乱暴につかみ取って髪を吹く。
「変身解除……変身」
『便利なものだな』
「絶対こういう使い方想定されてないから……っ」
髪と肌を拭うと、一瞬だけ変身を解除して再び魔法少女姿に。皺ひとつない卸したてのような白いエプロンと青いドレスを身に纏ったアリスが軽く頭をふると、ちりりん、とその首元で鉄の首輪が音を立てた。
気まずげに視線を逸らす彼女の横顔を見ながら、ブラボールはぱたん、と作戦報告書を閉じて机に置く。
『まあいい、目が覚めたらなら訓練場にいこう』
「え?」
『そろそろ体を動かしたい頃だろう? せっかくだ、お前の魔法少女としてのバトルスタイルについても指南してやる』
ブラボールの言葉は、彼女にとって予想外のものだったのだろう。
小さく目を見開いた後、半眼で訝し気に見つめてくる露骨なまでの疑惑な態度に、ブラボールはくく、と小さく笑った。
『随分と信用がないな』
「あたりまえでしょ。一体何考えてるの、おじさん」
『どうやら、ありとあらゆる行為がお前を辱める行為の前振りだと思われているようだが、残念ながらそうもいかない。本当に今度は、そういうのは関係ない話だ。単純な話、自分の力も把握していないニュービーを取り込んでも意味がない。少しはセイントミラー・アリス、お前の戦力UPに貢献してやろうという訳だ』
ちなみに半分嘘である。
これもまた、アリスを屈服させるための仕込みの一つ。だが、彼女の力を引き出したいというのも事実だ。
葉を隠すなら森の中。嘘は真実と半々にするのがコツである。
そしてアリスはあっさりとそれに騙された。
「……そういう事なら、いいけど……」
『決まりだな。早速訓練場へ行くぞ』
「はーい」
ついさっきまで、ブラボールが鬱屈を発揮してドローンを壊しまくっていた訓練場。
今は綺麗に片付けられたその場所に連れてこられて、アリスはきょろきょろと周囲を物珍し気に見渡した。
「……ここ、いつも人がいないけど、魔人族ってあまり戦わないの?」
『んな訳ないだろうが。特別に人払いしているだけだ。それよりほら、始めるぞ』
ぽんぽん、とスレッジハンマーを手でたたいて促すブラボールに、アリスも表情をキリっとさせてコンパクトを手にした。
「今日はどうするの?」
『まずは軽くアドバイスだ。これまでの魔軍の、魔法少女との交戦記録と照らし合わせた上で言うと、お前は恐らく直接的な戦闘力よりも何か特殊な力に優れたタイプだ。それが味方の強化なのか敵の弱体化なのか、あるいはもっと別の何かなのかは分からないがな』
「え、でも光線とか剣とか出るよ?」
こんな風に、とジャバウォックソードを取り出すアリスに、ブラボールは首を横に振る。
『そんなもの基礎能力だ。少なくとも射撃型にしてはミラーショットとやらは随分と弱いし、近接型にしてはお前はパワーがない。私程度に組み伏せられて抵抗できないようでは、他の魔族に勝ち目はない』
「ええと、じゃあどうすればいいのさー」
『まずは自分を知る事だ。そして、手持ちの札の使い方を理解する事だ。例えば、ミラーショットだったか。あれを一発私にちょっと撃ってみろ』
言われて、アリスは素直にコンパクトを掲げた。ピカッ、とコンパクトが輝き、複数の魔力弾が放たれる。その大半はブラボールの周囲に命中し、直撃コースだった一発は容易く彼のハンマーで跳ね返された。
『やはりな』
「やはりって何、ノーコンって事?」
『そうではない。まず、お前はその射撃技を使いこなしていない』
いいか? とブラボールは指を立て、アリスに言い聞かせた。
『複数魔力弾を展開するには必ず意味があるはずだ。それが本命を誤魔化すための囮なのか、あるいはその全てをコントロールして当てに行くのか、あるいはショットガンのような散弾なのか。お前は今の所、そういったイメージを曖昧なままに、なんとなくで射撃しただろう。そんなもので魔族が倒せるものか。大事なのはイメージ、どう運用するかという確固たる考えだ。まずはそこからやってみろ』
「う、うん。分かった……ええと、じゃあ……」
思ったよりも素直にアドバイスを聞き入れて、首をひねりながらコンパクトを手にするアリス。
その周囲に再び魔力弾が展開され、ズババババ、とブラボールに向かって飛んでくる。
『ほう?』
その全てが時間差で射出され、かつ一発一発がブラボールを狙ってくる。狙いは甘いが、手数でカバーしているといった所か。ブラボールはハンマーを振るって撃ち返すも、最後の一発は間に合わず、やむなくサーボアームを使って防御した。
それを見て、アリスが小さくガッツポーズ。
「やたっ」
『飲み込みが早いな。今のは悪くない』
「えへへ、でしょー」
コンパクトとソードを持つ手を腰の後ろに回して、照れ照れと笑うアリス。自慢げな彼女に、ブラボールは機嫌が良いならそれでいいか、と軽く流した。
『次は私も自由に動く。合わせてやってみろ』
「へへーん、まっかせなさーい!」
『やれやれ』
軽く嘆息するも、ザッと駆けだすブラボール。それを見てアリスも一転、表情を真剣なものにして迎撃に入る。
「セイントミラー・ショット!」
『ふん』
連続で放たれる魔力弾を、しかしブラボールは防御すらしない。駆け抜ける彼の横を、魔力弾はまるで自ら外しているかのように通り過ぎていく。目を丸くするアリス。
「ええ、なんでぇ!?」
『年季が違うという事だ!』
絡繰りとしては至極単純、ブラボールはその足さばきや、意図的なフェイントでアリスの未来予想を外しているのである。無意識レベルで未来位置を予想して射撃しているのは良い所だが、無意識故に意識してそれを修正できていないのは減点だ。
『ふん!』
「わわわっ」
容易くアリスの近くまで接近したブラボールがハンマーを振り下ろす。アリスは情けない声を上げながらギリギリの所でそれを回避する。
「こ、このーっ!」
このままでは埒が明かないと判断したか、ソードを手に切りかかってくるアリス。それをブラボールはあえてハンマーではなく、機械触手を振り回して迎撃した。
「てやあ!」
『ふむ』
腰が入っていないへぼへぼな太刀筋……だがそれは、頑丈なはずの機械触手をまたしても切り飛ばす。前回と同じ展開に、ブラボールは疼痛を堪えて眉をしかめる。
再び振るわれる機械触手……だがアリスが迎撃する瞬間、敢えてブラボールは触手を一瞬引き、インパクトのタイミングをずらした。
ガキィ、という激突音。
「あ、あれぇ!?」
衝撃で手からすっぽ抜けて飛んで行ったソードと、自分の手の間で視線を往復させるアリス。その隙だらけの様子を逃さず、ブラボールは触手を伸ばしてアリスをぐるぐる巻きにして締め上げた。
「うべぇ」
『まだまだだな』
やはり、まだまだ戦力としてはカウントできん。
ブラボールは締め上げられてあっさり伸びたアリスを前に、小さくため息をついた。
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