「さて、どうしたものか……」
翌日。
人間界、人間達の街に佇むブラボールの姿があった。
勿論、常の鎧姿ではない。彼ら職工魔軍独自の調査によって得た情報から、この世界における人目を惹かない、平均より下の埋没的な青年の姿に偽装している。
今のブラボールは、ちょっと筋肉質な金髪の外人といった見た目だ。白いシャツに青いジーパン、腕には安物の時計。
特に目を引く訳でもない上に、この国の人間は外人を見ると少し距離を取る性質があるという事を踏まえた万全の体勢だ。
言語に関しても翻訳魔法が成立しており、また身分証明書も用意済み。財布の中には、この国の硬化。こちらも職工魔軍の技術を尽くしてコピーしたものだ。
もっとも、どちらも完全にコピーはできなかった。身分証明書はともかく、唯の硬化にさえ一部はすさまじい金属加工技術が使われている。貨幣鋳造は国家事業であるとはいえ、これだけの技術が使われていれば悪貨もそうそう出回る事はできないだろう。
なんだかんだで、技術力については恐るべきものがある。いや、他にも社会システムなどにも多く素晴らしい点がある国なのだが、悪い面がそれを凌駕しているというか。
「まあ何ごとも悪い面の方が目立つものだがな……しかし」
目立たないようビルの影に佇みながら周囲を見渡す。
先日まで、ビーストマンが暴れまわっていたにしては、平穏そのものだ。魔軍の事情を一般人が知るはずもなく、ただ呑気なのか、危険を承知なのか、あるいは自らの身に降り注ぐとは想像もしていないのか。
「ふ。どうでもいい事か」
小さく苦笑いし、ブラボールは考えをめぐらした。
彼の目的は魔法少女を引き込む事だ。それが可能かどうかは別の話、魔王自らの命令である以上、愚直に実行する以外の道はない。
しかし、その為の筋道が全く立たない。
まず行うべきはその魔法少女との接触だが……彼女らは変身魔法でその姿を変化させており、またバックアップに回る国家権力がその正体を隠しているのが判明している。
過去には戦いに敗れ、その正体を晒す事になった魔法少女もいるが、彼女らは基本的に既に引退済み。現役の正体は不明なままだ。
「暴れれば向こうから出てくるが、それではただ単に敵と敵になるだけだ。引き込むためには、可能な限り平和的に第一次接触を行いたい所だが……」
そもそも、一応別の魔軍が侵略指揮をとっている今、存在を露にするのも不味い。
となると、担当の連中が暴れた対応に魔法少女が出てくるのを待ち、その後を追って正体を突き止める所から始めるべきだろうか。
しかしその場合、間違いなく護衛の国家戦力との戦闘になる。実力を出せば障害にすらならないが、可能な限り隠密に、正体を伏せた上でとなると難易度が跳ねあがる。
「難しいが、やるしかないか……」
不安を抱きながらも決意を決めた時だ。
とん、という小さい軽い衝撃が、ブラボールの足を襲った。
「うん?」
「……………」
驚くでもなく視線を向けると、そこにはよそ見をしながら歩いてきたのであろう人間の子供の姿があった。子供もまた、ブラボールの太い脚にぶつかってきょとんとした表情で、彼の顔を見上げている。
その顔が、くしゃりと歪むのを見て、ブラボールもまた焦った。
「い、いや、待て、私は確かに厳つい顔かもしれないが、決して悪い男では……」
「び……びえええーーーー!!」
「ああ、泣くな、泣くな!」
人目もはばからず大声で泣きだし始める幼子。周囲の人々の奇異の視線を浴びて、ブラボールはあわあわと慌てた。
隠密行動を心掛けた直後からこの始末。おまけに泣く子供が相手とあっては職工魔軍頭目も形無しである。
「ほ、ほら、落ち着いて、な? 男の子がそう泣くもんじゃない」
「びぅええええ~~~~~~!!」
「あ、ああ、ごめん、声が大きかったか!?」
すっかり困り切り、弱り切りのブラボール。
最もその様子は、「人のよい外国人が子供に振り回されている」様子以外の何者でもなく、すわ有事かと見つめていた周囲の大人はなぁんだと興味を失って離れていく。
知らぬは当人ばかりなり。
あと、よく知らない第三者である。
「そこの人ぉ! 小さな子に何をしてるんですか!」
「うげ」
よく通る、活力と正義感に満ちた若い少女の声。
ブラボールが顔を上げると、通りの角から一人の少女が肩を怒らせてこちらに向かってきている所だった。
魔人族基準でも年頃の、繁殖適齢期……にはやや若い人間の雌。肩で切りそろえた黒髪に、意思の強そうな黒い瞳。少しばかり暑くなり始めた日差しによく似合う白いシャツとスカートに、細い小枝のような手と足。
化粧っ気はないものの、素材としては光るものがある。もう少しお洒落をすれば、通りすがった男は皆放っておかないだろう、そういった少し物足りなさも魅力のうち……そんな女の子である。
そんな少女がノシノシ近づいてくるのを見て、ブラボールの意識はちょっと遠くなった。
間違いなく面倒くさい状況に突入している。
「ま、待ってくれ! これには事情があってだなあ!」
「問答無用! 一緒に交番まで来てもらいますよ!」
「勘弁してくれぇー」
自分の胸位までしか背丈のない少女にやりこめられる外国人の大男。
その奇妙な光景を間近で魅せられた幼子は、泣くのも忘れてきょとんとした顔でそれを見つめていた。
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