「う……」
『お、起きたか』
ブラボールは報告書を畳み、いつものように治療用プールから身を起こしたアリスの元に歩み寄った。
ここは彼の研究室。
いつものように、行為の後に失神したアリスを抱えて戻ってきた後、彼女をプールに沈めて自分の仕事を片付けていたブラボールである。
頭を抱えるようにして視線を彷徨わせているアリスだったが、流石に三度目とあっては我に返るのも早かった。
「あれ、私……確か……!!!」
瞳に理解の色が過ぎるや否やプールの中で後ずさり両手で裸の体を隠すアリス。その顔は羞恥で真っ赤に染まって涙目だ。
「へ……変態! 異常者! 特殊性癖! それ以上近づかないで!!」
『……一応聞くが、それはどの行為に対しての話だ?』
「候補が複数ある時点で十分でしょ!?」
こっちくんな、とプールの溶液を手ですくって浴びせかけてくるアリス。ブラボールは慌てて報告書を背中に隠した。
『こら、やめろ。粗相の事ならお前が悪いんだろうが。あの後の片づけをしたのは誰だと思っている』
「そ、それは、その……いや違うわやっぱりおじさんが悪い! おじさんが無茶苦茶するから、あ、あんな、おしっこ……ごにょごにょ」
口ごもりながらもその視線は羞恥と怒りを込めてブラボールを睨みつけている。そんな簡単に言いくるめられはしないか、と内心彼は舌打ちをした。
ただ後片付けが大変だったのも事実だ。
発情しきった魔法少女の愛液と排尿が沁み込んだベッドとその匂いなんて、一般的な魔族には身に毒どころの話ではない。念のために備え付けておいた毒ガス排出用の換気扇を回転させ、休憩室を一通り清掃してもまだ残り香が残っている気がする。
多分、しばらく負傷者と医療班の間での恋愛やら性交渉やらが増加するだろうなあ、と管理者としてブラボールはちょっと頭を抱えている。人員配置とか見直す事になるから大変なのである、地味に。
『わかった、わかった。私が全部悪かった、今更の事だ。それで何か? お詫びに何かすればお前は納得するのか、セイントミラー・アリス』
「べ、別に……そういう、何かをしろって話じゃ……」
ぶつぶつ言いながらも、アリスは矛を収める様子。
ブラボールはそれ以上何も言わずに、黙って彼女が落ち着くのをまった。後半はお前が望んだからやっただけだ、とか煽る言葉はいくらでも思いついたが、今ここでそれを口にしても彼女の好感度が下がるだけである。
『落ち着いたか? じゃあ、シャワーでも浴びてさっぱりしてこい。随分と汗をかいたようだからな』
「だから、誰のせいだと……ううん、やめとく。切りがない……シャワーどこ?」
『あっちだ』
金属触手を伸ばしてうにょんと指し示す先に、アリスは少しだけ裸体を恥じるような仕草を見せた者の、あきらめてぺたぺたと裸足のままで歩いていった。バタン、と閉じる扉の向こうから、シャワワ……と水飛沫の音がすぐに聞こえてくる。
『ふむ』
一見すると、これまでと変わらぬ減らず口、憎まれ口。だが、彼女の内面は確実に変化している。
『……そろそろ頃合いか』
調教を次の段階に進める事にしよう。
そう考えながら、ブラボールは報告書に再び目を通した。
そこには先日の人間界への侵攻の顛末と、想定される魔法少女の戦力数値について記載されている。
『やはり、力押しは悪手か……』
呟き、ブラボールは一瞬だけ、扉の向こうの魔法少女に視線を向けた。
◆◆
「ふぅー、さっぱりした」
すっきりした顔のアリスが戻ってきたのは数十分後の事。しっかり髪を乾かし、新品の魔法少女衣装に袖を通した彼女は、機嫌よさそうな足取りで研究室に戻ってくる。
机でちょこちょこと工作に勤しんでいたブラボールはそんな彼女に気が付き、作業を中断して振り返った。
『うむ。シャワーはどうだった?』
「気持ちよかったー。一緒に置いてあったシャンプーもリンスもいい匂いだったし。……ってあれ、おじさん、あんなの使うの?」
小さく首を傾げるアリス。彼女の視線が自分の髪の毛一本すらない頭に注がれているのを見て、ブラボールは小さく苦笑いした。そういうのを気にする感性はとっくの昔に失われたと思っていたが、そう露骨な視線を向けられるとちょっと思う所がある。
『デリカシーがないぞ』
「おじさんにそういう配慮、いる? 私がおじさんに何されたのかわかってる??」
『それはそうだがな? まあいい』
ぺたぺた、と髪の毛の代わりにケーブルが突き刺さっている頭を撫でて、ブラボールは小さく笑った。
『この体は、普通よりも代謝が低いがそれでもシャワーを浴びたい事もある。不衛生なのはいかんしな。あのシャンプーとリンスはお前の為に、わざわざ用意させたものだ。魔界産だ、人間界ではどれだけ金を積んでも手に入らんぞ?』
「えっ、そうなの? なんかラッキー!」
嬉しそうに笑うアリス。その笑みと共に、洗剤のものをと思わしき優しい香りが漂ってきて、ブラボールは悟られぬよう小さく嗅ぎ分けた。
……良い香りだ。
だがやはり、彼女本人から漂う香りのような誘惑は感じない。
『…………』
「そっかあ、私の為にかー。えへへへ……」
『それより、早速で悪いがちょっと頼みがある。検査結果について気になる所があってな、比較用のサンプルが欲しい』
そういってブラボールはアリスに背を向けると、引き出しの中から、シャーレとヘラのようなものを取り出した。彼女にも見えるように、振り返らずにヘラをふってアピールする。
『む? シャーレに保護液が入ってないではないか。全く……どこにあったかな』
「? それでどうするの?」
『ああ。このヘラで、粘膜部分を擦って細胞を採取するんだ』
「えっ」
ぎくりと体を硬直させるアリス。そんな彼女の様子には気が付かず、ブラボールは机の引き出しをさぐって保護液のボトルを探し出すと、トクトク、とシャーレの中にそれを浅く注いだ。
『これでよし。ほれ、準備しろ』
「う、うん……」
ブラボールが振り返ると、アリスは頬を赤くしてそっぽを向いていた。
その手が、そっとスカートにかけられる。ゆっくりと、めくりあげられるスカート……その下に覗く、白く可愛らしいショーツが見える。その中央が、すでに僅かに濡れていた。
『…………むぅ』
「な、何よ。す、するなら、早くして……」
『いや。その。なんだ。……普通に、口の内側を擦るだけでよかったんだが……』
一瞬、静寂が両者の間に満ちる。
茹蛸のように顔を赤くしたアリスが無言のままスカートを降ろした。
無言のまま顔を俯かせる彼女に、ブラボールはどう語り掛けたらいいのか言葉に迷った。
『その……なんだ。すまん』
「う、うぅ、うぅうう~~~~~!」
『や、やめろ、工作機械を投げようとするな! まて、どんだけ馬鹿力出してる、それがどれだけ重いかわかって……うぉおおおお!?』
ドシャーン。
防音壁越しでも伝わってくる振動が魔人族の居住区に響きわたり、働いている魔人族たちはみな揃って、ビクッと研究室の方に視線を向けた。
「……大丈夫かしら、ブラボール様……」
「魔法少女って狂暴なんだなあ……」
数刻後。
落ち着いたアリスを伴って、ブラボールは訓練室を訪れた。
ただし、いつもの大広間ではなく、それを一望できる閲覧席に、だ。
訓練室の鏡がマジックミラーになっていて、その裏に小さな部屋がある。訓練中の人間の気を逸らさないようにするための工夫だ。
『今日はまあ、検査結果が出るまで訓練はお休みだ。代わりに、うちの連中の訓練風景でも見ていけ』
「…………ふん」
『だから、悪かった。機嫌をいい加減なおしてくれ』
顔を赤くしたまま、唇を尖らせてそっぽを向くアリスの様子に、ブラボールは困ったように頭をぺたぺたと手でたたく。ちなみに、そんな彼の右肩鎧はべこりと凹んでいた。
『お前に暴れられると困るんだ』
「……ふーんだ、私なんかが暴れても容易く制圧できるんでしょ?」
『それは事実だが、無駄に被害を出したくない』
実際問題、アリスもちゃんと実力差は把握している。ここでムキになって暴れても、ちょっと部屋が壊れるぐらいでたちまち制圧されてしまうだろう。さっきの工作機械投げだって、その気になれば阻止できたのに真正面から食らったのも、行ってみればブラボールが受けてくれただけだ。
甘えさせてもらっているだけ。
その事実をあらためて噛み砕き、機嫌は治らないままに、アリスは素直に席に腰を下ろした。
腕を組んで不機嫌です! というポーズを絶やさない彼女に苦笑しつつ、ブラボールもその隣に座る。
『(やれやれ……これで不愉快に思わないのは、私も大分この娘に絆されているという事か)』
「それで、何、おじさん。訓練見せてどうしようっていうの?」
『特に思う所はないが。まあ、魔人族の実情を見てもらおうと思ってな』
マジックミラーの向こうでは、黒尽くめの一般兵達が戦闘訓練に勤しんでいる。
赤、青、緑、金、様々な髪色の魔人族の少女が、銃を手に障害物の間を走り回り、ターゲットを射撃する。よく訓練された動きだが、しかし……。
「……ねえ。何か弱くない?」
『そう思うか?』
「悪いけど、うん。動きはいいんだけど……今の私でも、真正面からがーっと突っ込んでいって、わーっと薙ぎ払ってそれで終わりじゃないかなあ。てこずるかもしれないけど、苦戦はしなさそう」
そう。
戦術が意味を成すのは、ある程度戦力が拮抗している場合の時のみだ。この拮抗というのは、双方に相手を仕留める手段がある、という意味だ。
それが無ければ、そもそも戦術など必要ない。真正面から相手を叩き潰せばそれで終わりだ。なんせ、相手にはこちらを脅かす手段がないのだから、考える必要もない。
「なんか鉄砲もってるけど、あれから出てくるちゃちな魔力弾じゃ、私に傷一つ与えられないんじゃない? まあ、目とか狙われたらちょっとびっくりするかもしれないけど……」
『よろしい。正確な評価だ。自己評価も怠らないようで実によろしい』
「ねえ。あれって新兵なの? ベテランの魔人族ならもっと強いの?」
アリスの問いかけに、しかしブラボールは首を振った。
『残念ながら、彼女らは魔人族の最精鋭だ。もし私が人間界侵攻に繰り出した場合、彼女らが側近となるだろう』
「……もしかして。魔人族って、私が思ってる以上に、魔軍で立場が悪い?」
『理解してくれたか』
ブラボールがアリスを簡単に倒せるほどの実力者だったから、彼女は当然、他の魔人族もそれには及ばないながらもそれなりに強いと思い込んでいた。
だが実情はこうだ。確かに人間と比べれば比較にならない程強いのは事実だが、魔法少女からすれば誤差のようなものである。お話にならない。
「……ところで、ちょっと気になるんだけど」
『ん? 他にも何か?』
「なんであの戦闘員、女の子ばっかりなの?」
そう。
改めてみると、訓練している魔人族は、アリスとそう見た目の年齢は変わらない、年頃の女の子ばかりである。豊かな胸をばるんばるんさせて躍動する彼女らを見るアリスの視線が、少しずつ剣呑そうな色合いを帯びていく。
何故不機嫌になっているのか、困惑しながらもブラボールは素直に答えた。
『ああ、人間は男女の出生割合が大体近しいのだったな。魔人族はな、男女比が偏っているのだ。殆どが女性で、男性は少ない』
「えっ、そうなの?」
『うむ。だから戦うのももっぱら女性の仕事なのだ。男性が弱い訳ではないが、彼らに犠牲が出ると魔人族の出生率にモロに響くからな……。一族の頭目としては前線にはだせん』
そういう事である。男女比が偏っている事そのものは、魔族では珍しい事ではない。
人間からすれば奇異に見えるかもしれんがな、とブラボールは短く補足する。
「ふ、ふーん……じゃ、じゃあ、アレ? ハーレムって奴なの? 男性が複数の奥さんをもつのが当たり前とか……おじさんも?」
『お前は私を何だと思ってるんだ……いや、いい。そう言われても仕方ない事しかしてないからな……言っておくが、彼女らと私の間にそういう関係はないぞ? 命にかかわるからな……知っているだろう、私の肉体は強化されすぎて、相手にもそれ相応の肉体強度がないと殺してしまう』
アリス……否、加奈に最初脅しで触手を巻き付けた時がそうだ。
魔人族の女性は人間よりも頑丈だが、所詮は五十歩百歩。金属と融合したブラボールとまぐわえば、鋼の逸物に内臓を突き破られるのが末路だ。
それに耐えられる例外は、たった一つ……。
「そ、そうなの? その割には随分女の子の扱いに慣れてると思ったけど……」
『まあ……この肉体になる前、若いころは色々とな』
「……ふぅん……?」
一転してジト目になるアリス。刺々しい視線が横からグサグサと突き刺さってくるのを受け流しながら、ブラボールは訓練に目を向けた。
悪くない動きだ。
少なくとも彼女らに直接戦闘力を期待している訳ではないブラボールからすれば十分に及第点。あとで何か褒美の言葉を与えねばな、と考えつつ、しかし彼は今は傍らの魔法少女をどうするか、に考えを向けた。
正直言うと、順調すぎて困惑している。
思った以上にこの魔法少女に気を許されているらしい、という事実に、ブラボールは喜ぶよりも警戒心を覚えた。
引き合う魔力の影響、やはり恐ろしいものがある。だが今は、それを最大限利用させてもらう。
『さて。訓練も終わったようだし、そろそろ検査の時間だ』