検査。
その言葉を聞いた瞬間、加奈の心のうちに湧き上がってきたのは微かな畏れと、持て余すほどの期待だった。
表向き、なんでもない様子を装ってブラボールの後に続く……が、きっと彼は気が付いているだろうと彼女は思う。
早くなる呼吸、汗ばむ肌。きっと顔も少し赤い。
口数も露骨に減っている……しゃべりかけて誤魔化そうと考えても、きっと今度は逆にしゃべりすぎて変になる。それなら黙っていた方がきっとマシだ。
「(だってきっと……全部、あの人の手の中なんだ……)」
きゅぅ、とお腹の奥が甘く疼く。それが何なのかも、今の加奈は知っている。
きっと普通に生きていれば知る事の無かった多くを、ブラボールは教えてくれた。知らなかった方が良かった事を。
治療室に近づくと、ほんのり甘い香りが漂ってくる。シャンプーや石鹸の匂いとは違う、砂糖みたいな甘ったるい香り……。鼻の奥にひっかかってざらりとするその匂いは多分錯覚だ。きっと実際にはそんな香りはなくて……ただ、加奈がそう感じているだけ。
「ブラボール様、アリス様。どうぞ、こちらに」
『うむ。ではアリス、検査服に着替えてコチラに来い』
言われるがままに更衣室で服だけ変身を解き、用意された検査服を手にする。
……違う。これは検査服なんかではない。
これは拘束服だ。ドラマか何かで見た、狂暴な犯罪者を身動きできないように拘束するあれだ。検査の為なんかじゃない……それが分かっていて、加奈はそれに袖を通す。
「(私……自分で自分がこんな子だなんて、思いもしなかったなあ……)」
溜息のような諦観と共にベルトを締める。それと同時に、ドクンと胸が高鳴った。
なんとか動揺を抑え込んで、彼女は治療室のポッドの前に戻る。
「着替えました……」
「では、アリス様、こちらに」
張り付けたような笑みを浮かべるブラボールの部下に導かれて、ポッドの中に体を預ける。立ったまま手足が拘束され、酸素マスクが取り付けられる。
『今日もいつもぐらいでいいか?』
「あ、うん。はい……」
睡眠ガスの濃度を決めて、ポッドが閉ざされる。
こぽこぽこぽ……緑色の溶液が内部に満たされて、視界も聴覚も閉ざされる。
聞こえるのは自分の心臓の音だけだ。それが早鐘のように早く打ちなされているのを、加奈自身もよく自覚している。
「(これが終わったら、きっと……)」
彼女が性に疎かったのは事実だが、それはもう過去の話。3度目ともなれば、これがただの検査ではなく、検査を名目にした辱めである事ぐらい理解できる。
何をされているのかまではよくわからないが、これが終わった後の体の疼き、体の内側で荒れ狂うような性欲の高ぶりは尋常ではない。
文字通り、エッチな事をする事しか考えられなくなってしまう。自分がその為だけに生きている生き物になってしまったかのような……。
そして、そんな衝動を根こそぎ吹き散らすような、激しいブラボールからの責め苦。拷問一歩手前の苛烈なまでの愛撫……それを思い返すと、忽ち腰が甘く蕩ける。
「(また無茶苦茶にされちゃう……やめて、許して、ってどれだけ懇願してもおかまいなしに……失神するまで、何度も、何度も、何度も……ああ……っ)」
考えるだけで、背筋が泡立つ。
あれほどの快楽がこの世に存在するだなんて、彼女は考えた事もなかった。それも彼に抱かれる度に、それはより深く、激しく際限なく強まっていく。
次はきっと、もっと気持ちいい……。
いや、恐らくは、きっと、次こそは……。
「(私、期待してる……。魔法少女なのに、人々を守る存在なのに。魔族の男の人に、気持ちよくされるのを楽しみにしてる……ううん、違う、相手がおじさんだから、ブラボールさんだから……)」
彼の事を思うと、快楽への期待とは別に、暖かくて柔らかな気持ちが胸に沸いてくる。
確かに彼は酷い事を加奈にするが、それとは別に話すと楽しいというか馬が合う。そもそも、出会いのきっかけからして、彼が本質的には善良な人物である事は疑いようがない。
悪人が、今から侵略する世界の見ず知らずの子供を助けるために、その命を打算抜きで投げ出すだろうか。そこに何かの計略があったのではなく、ただ、目の前の命を見捨てられずに、生存の保証もない中で自分を盾に出来るだろうか?
加奈は確かに聞いたのだ。純粋な、混じりけの無い、ただ命を守ろうとする彼の決意を。
「(そうだ……私の、能力は、多分……)」
視界も聴覚も閉ざされた中で、意識を研ぎ澄ます。早くも餓え始めた躰の欲求を出来るだけ意識の外に追いやり、ポッドの外の気配に集中する。
すると、聞こえてくる。
空気の振動とは違う、言葉にならぬ声が、途切れながらもはっきりと。
『(……少々、脈拍が早いな。睡眠ガスの濃度を上げるか? ……いや、いいか。流石に彼女も自覚があるようだな)』
「(ブラボールさん……)」
聞こえてくるのは、ブラボールの声。容赦なく加奈をどう苛め抜くかを考えるその言葉は、きっと口に出している訳ではない。
恐らく、だが。
加奈の、セイントミラー・アリスの特殊能力は、読心能力だと考えられる。思えば最初の変身のきっかけ、あれもブラボールが口にしなかった心の叫びが聞こえた事がきっかけだ。
それ以降も、時折声ならぬ言葉が聞こえる事があった。
もはや疑いようがない。しかし、それを加奈はブラボールには黙っている。
「(だって、それを告げたら、きっと……)」
恐らく……ほぼ間違いなく、ブラボールは加奈から距離を置く。策略家にとって、自分の心を読むような相手が一番恐ろしいのは言うまでもない。それが分かれば、ブラボールは加奈を降そうという計画よりも、セイントミラー・アリスという恐ろしいイレギュラーの隔離を優先するだろう。
それは。……嫌だ。
だから、その事実を告げるとしたら、もっと後。ブラボールが加奈の事を完全に自分のモノになった、絶対に裏切らないと確信したその時だ。そうであれば、きっと彼は加奈をむしろ、有効に活用してくれる事だろう。
「(いいよね、別に。だっておじさんだって、本当の事を秘密にして私にひどいことをしてるんだから……おあいこだよね……ふふ……んっ)」
不意に股の奥がぬるりとして、思わず加奈は足をもじもじと擦り合わせた。
途端に集中力が切れたのか、ブラボールの声は遠く聞こえなくなる。もともと、まだ能力は使いこなせてはいない。視界も聴覚も閉ざされた状態で精神を集中させて、それでようやく途切れ途切れに聞こえてくる程度に過ぎない。
「(もうちょっと、聞きたいな……これから、私をどうするのか、とか。どういじめてくれるの、かな)」
再び意識を集中させる加奈。だが、そうして聞こえてきた声は、今度はブラボールのものではなかった。
「(全く、どうしてブラボール様はあのような魔法少女にご執心なさっているのかしら……)」
聞こえてきたのは若い女の声。
検査に協力している若い魔族のものだ。まだ能力を使いこなせていないせいで、思ったのと違う人物にピントがあってしまったようである。
「(妬ましい……私に魔法少女のような力があれば、あの方に抱いていただけるのかしら……)」
聞こえてくる女魔族の内心の声は、ブラボールへの称賛と、加奈に対する嫉妬に満ちていた。
どうやら、ブラボールが相手を殺してしまうから女を抱いていない、というのは本当の事らしい。
「(ああ、妬ましい、妬ましい、妬ましい……! たとえ胎を突き破られて殺されるとしても、あの御方と一晩を共にさえ出来れば本望なのに……ああ、でもそれもまた、あの方のお優しい所なのよね)」
そうして内心語られる、ブラボールの業績。加奈も、彼が魔人族の偉い人、というのは分かっていたが、当の魔人族から見たブラボールは想像以上の偉人だった。
かつては流民、難民、もしくは奴隷のような扱いを受けていた魔人族、その立場を大きく好転させたのが他ならぬブラボールなのだという。自らの肉体を改造し、他の魔族と渡り合う力を得たブラボールの下で魔人族は自分達を組織化、軍隊化し、力で上回る他の魔族相手に生存圏を勝ち取ったのだという。時には、恐るべき他種族の頭目と渡り合い、力で及ばずとも知恵と機転で勝利をもぎ取ってきた、魔人族の生きる大英雄。
それこそが、錬鉄の魔人ブラボールなのである。
その事を改めて認識した加奈の胸に、妙な満足感……あるいは、優越感とでもいうべきものが過ぎった。
そう。
それだけ多くの美しい魔族が一心に思いを寄せても応えないブラボールが、自分にはその獣欲を剥き出しにしている。自分だけが、彼の欲望を受け止める事ができる。
「(いけない、そんな事考えちゃ……でも……)」
頭では、理性では、そんな事を考えてはいけない、とわかっている。だが分かっていても、加奈の“女”は、その喜びに悶え震えた。じゅん、と体の奥が重たく疼く。
「(ふ……んぅ……)」
と、そこで抗いがたい眠りの衝動が加奈の意識を霞ませ始めた。心の覗き見に精神力を使ったからだろうか、それ以上抗う事も出来ずに、彼女の意識は眠りの闇の中に堕ちていく。
「(目覚めたら……その時は……)」
その時が、恐ろしいのか待ち遠しいのか。
眠りにつく刹那の間に、その答えは出せそうになかった。