研究室にブラボールが戻ってくると、加奈は椅子の上で自慰につかれてすやすやと寝息を立てている所だった。抱き枕のようにボロのマントを抱きしめて寝入っている彼女を前に、ブラボールは困ったように頭をかくと、とりあえず汚い布きれを取り上げる事にした。
『ほれ。ばっちいから、返しなさい』
「んぅ……いやだぁ……」
が、アリスががっちりとマントをホールドして手放さない。困った末に、ブラボールは仕方なく清潔なタオルケットを彼女の上にかけてやった。
「むにゃむにゃ……」
『やれやれ』
幸せそうに寝入っている様子に少しため息をついて、机に向かって作業を始める。
炉に火を入れて、金属を溶かしにかかる。その間に溶かした金属を流し込む鋳型の制作だ。
作る鋳型は、ブラボールからすればひどく小さなC型の鋳型。太く大きな指で、小さな木片を彫刻刀で巧みに削っていく。
カリカリ、カリカリ、と木を削る音が部屋に響く。その隣では、炉の中でパチパチとコークスがはじけて音を立てた。
しばし、研究室は静謐で静寂な空気に満たされる。
不思議なものだ、とブラボールは言葉に出さずに内心で独り言ちる。自分の城である研究室に赤の他人を、それも不倶戴天の仇であるはずの魔法少女を寝かせているというのに、彼の心は酷く穏やかだ。
それはなぜか。
自覚しつつ、ブラボールはその感情を軟弱と切って捨てた。
『ふん。今更善人ぶるつもりか? 下らん』
「ん……」
『……む』
背後で、もぞもぞとタオルケットが蠢く気配。
暖かくなった研究室の温度に触発されてか、やがてむくり、とアリスがタオルケットを押しのけて半身を起こした。
「ふわあ……?」
『起きたか』
作業を中断して振り返ると、ぼんやりとしている魔法少女。マントを抱えたままぼっとこちらを見つめている魔法少女に歩み寄ると、ブラボールは小さく手を差し出した。
『よく寝ていたな。しかし、寒ければいってくれれば新しいタオルケットを用意したが』
「……? 何の……はな……し……?」
ブラボールの呼びかけに、いぶかしむような顔をしていたアリス。それが、状況と言葉を理解するにつれて、顔は真っ赤に、舌はひきつる。
彼女はボロボロのマントを抱きかかえたまま、その場で固まってしまう。そんな彼女の腕の中から、ブラボールはそっとマントを優しく奪い取った。
『これは流石にボロボロだな。こちらで処分しておく』
「あ、えと……うん……」
赤い顔を伏せてそっとよそ見するアリス。
「あ、あの。なんか、聞いたり、見たりした……?」
『何の話だ?』
実際は聞いたり見たりするどころかバリバリに監視していたのだが、さらっとブラボールはすっとぼけた。
正直に答えてもアリスの信頼を失うだけというのもあるが……彼自身、謎の罪悪感を抱えてもいたのである。が、正直向き合うのもなんだか恥ずかしいので、できるだけ考えないようにする。
頭の中で、精密機械のかみ合う図面を思い浮かべながら、ブラボールはこの後のスケジュールをアリスに伝えた。
『それで、この後の予定だが……』
「っ。う、うん……な、何かな。体を動かす? ちょうどいいかなー、ちょっと寝てばかりでなまってきたというか、アハハハ」
『いや、お前にはおとなしくしてもらおうか。今日も部下の査察だ、お前は私の監視下で同行してもらう。一応、捕虜だからな』
えっ、という顔をするアリスに、ブラボールは小さくほくそ笑んだ。
せっかくいい感じに頭がゆだってきているのだから、運動で健全に性欲を発散されては困る。ここはもう少し追い詰められてもらおう。
『いくぞ』
「あ、ちょ、ちょっと待ってよおじさん……!」
そういう訳で、先日と同じように訓練室に隣接された部屋から部下の様子を観察し、二人は研究室への帰路についた。
「ん……ふぅ……はぁ……」
隣を歩くアリスは、もうだいぶん出来上がっている様子だった。
狭い部屋の中でブラボールと二人きり、いやおうにでも意識せざるを得ない状況に置かれた事で、中毒状態がだいぶん進んでしまったようだ。
まあそれはブラボールも同じ。アリスから漂う甘い魔力の香りで気が散ってしまい、部下の様子を確認するどころではなかった。ただそれはアリスも同じはずであり、目論見そのものはうまくいっているという事である。
ふらふらと歩くアリスはもう視線が映ろで、息も乱れ切っている。これまでなんども足をもつれさせてこけそうになり、ブラボールが体を支えている。その際のわずかな接触ですら、彼女は小さく絶頂に達しているようだ。ただそれで欲求が晴れるかというとそんな事はなく、疼きはますます強くなるばかりなのが見て取れる。
じっとりと汗ばむ彼女のうなじを見下ろしながら、ブラボールは研究室の扉を開いた。
『さて、入れ』
「……うん……」
ぼうっとした様子で、ふらふらと部屋に入るアリス。彼女はいつものローテーションが崩れて部屋に戻ってきている事にすら、もう意識が向いては居ない。
小さく肩を抱くようにして身を震わせるアリス。この研究室には、ブラボールの魔力が満ちている……外から戻ってきた事で、そんなわずかな違いにすら、彼女の体は敏感に反応してしまう。
もう魔力漬けにする必要もない。飢えに飢えた彼女は、残留する僅かな魔力にも貪欲に反応する体になってしまっている。
そんな彼女に、ブラボールは駄目押しをしかけた。
『さて。私は用事があるから、ここで……』
昨日と同じ、一端留守にするというセリフ。
勿論、そんな用事はない。用事はないが……言われた側のアリスの反応はさっきまでぼおっとしていたのが嘘のように、迅速で必至だった。
「ま、まって!!」
踵を返そうとする彼の手を、弾かれたように伸びた手が掴む。
ブラボールは、そんな彼女を感情を見せずに見下ろした。
アリスは潤んだ瞳で彼を見上げながら、小さく肩を震わせている。その口が何度も言葉をつむごうとしてパクパクしているのを、彼は冷静さを装って見つめ返す。
『何かな?』
「……っ、あ、え……っと。その……」
『私も忙しいのでな。君がおとなしくしているならそれに越したことはない。それとも、何かな。私に、何か望みがあるのかな? 魔法少女である君が、その敵である魔族の私に。セイントミラー・アリス』
冷酷に、互いの関係を強調するように言い含めるブラボール。その言葉に、アリスがぎゅっと指に力を籠める。
『君は今、私の捕虜でもある。何が望みがあるなら、それ相応の言い方というものがあるだろう。……さて。何かな』
「……っ、あ……ん……ぅぅ……」
なおも口をパクパクさせるアリスだが、しかし手を離す様子はない。
彼女も理解している。その言葉を口にすれば、もう二度と引き返す事は出来ないと。
それでも、なお。身の内を焼き焦がす炎は耐えがたく……。
そしてついに、彼女は内なる炎に、屈した。
「お、おじ、さ……おじさん……」
「わ、たしを……私を、楽にして、ください……お願い……」
言ってしまった、そう悔恨の表情を浮かべながらも、むしろ解放されたかのようにアリスは言葉をつづけた。
それは熱のこもった、愛の告白にも似た真摯さで。
「もう、もう私耐えられない……っ。体が疼いて、疼いて……全身が、おじさんを求めてて……っ! これ以上は、もう、おかしくなっちゃう……っ。お願い、です、おじさん……ブラボールさん……っ」
その、アリスの敗北宣言に。
『いいだろう』
「あ……っ!」
『お望み通り、お前の全てを奪ってやろう』
両腕で、アリスの体を抱き上げる。そのまま壁際によると、機材の後ろに隠してあった扉を開く。
そこには、彼の寝室がある。アリスを招き入れてから一度も使わなかった場所。
ブラボールの超重量の体を受け止める特殊ジェルベッドにアリスの体を投げ出し、後ろ手に扉を閉めると、彼もベッドの上に上がり、アリスの体を両足で跨いだ。
「は……あ……っ」
『これでもう逃げられない。……何か、他に望みはあるか? 簡単なものなら答えてやるが』
ここから解放してほしい、などという願いは聞けないがな、と笑うブラボールに、アリスは胸の前で手を寄せて小さく俯き、囁くように呼び掛けた。
「……して、欲しい、です」
『?』
「キス……いい、ですか?」
じっとりとした視線を向けられて、逆にブラボールは戸惑った。
キス……接吻。その行為そのものはブラボールも知っている。唇と唇を合わせる、親愛の行為。
だが少女にとっては、それ以上の意味合いがある事を彼は当然理解している。ある意味、処女よりも重いそれを、彼女はささげるという。
ブラボールの驚いた視線に、アリスは照れ隠しのように目を逸らしながら、垂れてきたうさ耳カチューシャを手でしきりに撫でまわした。
『……いいのか?』
「う、うん……。それと、その……ブラボールさんの素顔、みたい、です……」
『まあべつにそれは構わんが……面白い物でもないぞ?』
困惑しつつも、ブラボールは素直に応じて、己の顔を隠すマスクに手をかけた。
ガチリ、と音がして、鉄面皮が取り外される。
その下にあったものは……。
『ほらな、愉快なものではないだろう?』
皺だらけ、傷だらけのブラボールの口元。ひび割れた青白い唇……しかしそれは、左頬にかけて忽然と欠けており、頬肉はごっそりと抉れている。その下に、黄ばんだ歯茎と赤黒い口腔部が見えてしまっている、それは癒える事のない損傷だった。
顔の輪郭を変えるほどの傷跡に、思わずアリスも目を丸くする。
「そ、それ……」
『昔、ある魔族に殴られてな、その時の傷だ。……顔というのは存外、細やかなパーツの集合体でな、他の部位を直すようにはいかなかった。おかげで百年近くこのありさまだ。気持ち悪いだろう?』
少女にじっと見つめられ、ブラボールは少し気恥ずかしさを覚えて右手で顔を覆った。
名誉の不肖だ、恥という訳ではないが、白く柔らかく清らかな少女の肌、それと比較するとグロテスクなのも事実。あまり見せびらかしたいものでもない。
だが。
「う、ううん……。そんな事ないよ」
『無理はしなくていいぞ?』
「本当だよ。私は、気にしないよ……」
言いながら、アリスがそっと身を寄せてくる。思わず身を引くブラボールを追ってベッドの上で身を起こした彼女は、彼の頬に両手を伸ばした。
白く艶やかな指が、ぐちゅり、と傷ついた古傷を労わるように撫でる。
「ね……キス、しよ……」
『セイントミラー・アリス……』
背伸びするように顔を近づけてくる彼女と、軽く接吻を交わす。
その瞬間、触れる少女の唇の、なんと柔らかで儚げな事か。
いや、最後に誰かと口づけを交わしたのはいつ頃の事か。記憶を探ってもすぐには思い出せない。
『(そうだ……私にとって情交とは、他者を支配し管理する為の手段であり、このようにただ触れるだけの口づけなど……親愛の口づけなど、そもそもしたことがあっただろうか?)』
全くない、という事もないはずなのだが……それは遠い記憶のベールの向こうに霞んでいる。それこそ幼かった時代、親と、あるいは近しい女衆と、戯れのようにかわしたそれが、最後だったのではないか?
胸が暑くなる。たかが口づけ一つで、みっともなく童貞のように胸が高鳴っている自分を自覚して、ブラボールは酷く動揺した。
それに追い打ちをかけるように、至近距離でアリスが花のように笑う。
「えへへ……しちゃった……。ファーストキス……」
『…………っ!』
「きゃっ」
その柔らかな笑みが、ブラボールの胸を酷くかき乱した。息を荒げたまま、彼はそのままアリスをベッドの上に押し倒す。
血走った獣性に満ちた視線で見下ろされ、アリスが息を呑む。
「お、おじさ……ん……」
『……っ、続きだ、次は大人のキスを教えてやろう』
「あ、う、うん……お願いします」
再び顔を寄せて、口づけを交わす。
だがそれは、先ほどの甘い交感ではなく、貪り、奪い、支配する為のもの。
自分でも理由が分からぬままに、『この雌を自分のモノにしなければならない』という強迫観念にも似た衝動に突き動かされ、ブラボールはアリスの唇を奪った。
触れ合った唇を押し開き、ブラボールの舌がアリスの口内に押し入ろうとする。形の良い歯並びを舌先でなぞり、隙間から押し込んで、少女の柔らかく小さな舌に強引に絡みつく。やや引け腰のそれを強引に引っ張り出して、お互いの唇の間で、うねうねと絡ませる。
粘膜同士が、互いに強くこすれ合い、ぬちぬちと音を立てた。
「ん、んぅ……むぅ……ん……っ」
キスに慣れていないアリスは弄ばれるがまま、必至になってキスに応じている。息苦しそうな彼女の様子にブラボールの心に微かに余裕と哀れみが浮き上がってきた。
一度、キスを解く。
「……っ、ぜぃ、はぁ……い、息が続かな……」
『鼻で呼吸するんだ。もう一度いくぞ』
「え、ちょっと、ま……んぅ……っ」
有無を言わせず、再び唇を合わせる。なんだかんだいいながらも、三度目の口づけはこれまでで一番スムーズに唇が重なった。再び舌が絡み合い、くちゅくちゅと音が立つ。
「ん……ふん、ふっ……ふぅ……んっ」
今度はちゃんと呼吸ができているらしく、可愛らしく小鼻を慣らすアリス。その必死な様子が愛らしくて、ブラボールはわざと、彼女の口の中を蹂躙する舌を引いた。するとそれを追いかけるように、アリスの小さな舌が伸びてくる。もっと深く、もっと深く、接触を求めて唇が開かれ、お互い食らい合うように口を合わせる。
どろり、とブラボールの開いた頬から唾液が滴り、アリスの首元に落ちるものの、彼女はそれを意にも介さなかった。夢中になって舌を絡めあい、やがてどちらからともなく唇を引く。
「あ……はぁ、ふぅ……はぁ……んっ」
『随分夢中になっていたな』
「し、知らない……っ」
意地悪な指摘に、頬を赤くして顔を逸らすアリス。だがその口元は涎でベトベト……はっとしたように彼女は慌てて手の甲で顔を拭った。
『さて。お前はどうされたい?』
「どうされたい、って……」
『服を着たままでは、続きはできんだろう? 力任せにドレスを裂かれて貪られるか、それとも自分からドレスを脱いで裸を晒すか……好きな方を選べ』
小さく歪んだ、歯も露な恐ろし気な笑みを浮かべるブラボールに、アリスはしばし悩んだ後、ベッドの上から床に降りた。そのまま、ブラボールの前で立ったまま、背中のエプロンドレスの繋ぎ目に手を伸ばす。
ぱさり、と白いエプロンドレスが床に落ちる。
続けて、その下の青いドレスも。
下着姿になったアリスは、小さく胸を両手で隠し、悪戯っぽくブラボールを罵った。
「この好きもの……」
『ならば、それに応じているお前も大分好きものだな。で? それで終わりか?』
「…………っ」
アリスは頬を赤くして伏せたまま、そっとショーツの両脇に手を伸ばした。そのまま、するすると自分の手で下にずり降ろしていく……ショーツと彼女の秘所の間に、つぅ、と銀色の糸が引いた。
完全に下までずり降ろすと、足から抜いてドレスの上に。さらに、足に履いたローファーも脱ぎ捨てて、ウサ耳カチューシャと首に嵌められた首輪だけ、という姿になる。
と、そこで小さく、伏見がちにアリスがブラボールに目を向けた。
「あの……さ。これも、取った方がいい?」
『いんや、構わん。お前のトレードマークのようなものだしな。魔法少女を組み伏せているという実感には、残しておいた方がいい』
「変態……」
言いながらも、ウサ耳カチューシャの耳を撫でながら、アリスは小さく笑う。そして、手招きするようなブラボールに従って、ベッドの上に上がってくる。
その従順で淫らな姿を見て、ふとブラボールの頭にどうでもいい事が過ぎった。
人間は、動物に首輪をつけて愛玩動物として飼うと聞いた。そして動物は毛皮に覆われてはいるが、いってみれば裸な訳で……今のアリスは正しく、人間の価値観においても“愛玩動物”なのだろうか、とそんなしょうもない考えだ。